2017年の新年は例年の3月ほどと言われるほど穏やかな天候だった。2日に少し散策してはやくも春の気配を植物の芽吹きに感じ、ルクレティウスの「事物の本質について」の一節を思い出した。
「アェネーアスの子孫(ローマ人)の母、人間の、また神々の喜び、ものを生みふやす愛の神(ウェヌス)よ、あなたは天空の滑らかに流れる星の下に、舟の通う海にも、ゆたかに実る大地にも、生命をみなぎらして下さるし、ありとあらゆる生物の類が懐胎され、生れいで、太陽の光を仰ぎ見るのは、これみなあなたのおかげであるから、あなたから、女神よ、もろもろの風は逃げ去るし、空の雲も、あまたから、またあなたの入来する春から逃げさる。また巧みな大地が、うるわしい花を送り出すのも、あなたのためであり、あなたのために海の波は笑い、また空も和らぎ、光をまきちらして光りかがやく。
即ち、春の季節が姿をあらわし、ものを生む春風(ファオーニウス)の息吹が開放されて、勢いづいて来ると同時に、まず第一に空飛ぶ鳥どもは、あなたのことを、女神よ、あまたの力に心の底からかきたてられて、あなたの入来を告げ知らせる。・・・・・」(第1巻より 1-49 岩波版 P9)
一巻の書き出しから、朗々と春と生成の神秘と歓喜が読まれた後にものの本質について原子論や生成、存在について書かれる書物だが、ボッティチェリの<春>(プリマヴェーラ)のテーマはルクレティウスの「事物の本質について」を現わしているということでも著名なラテン語文学である。
P. Michael Brown
Liverpool Univ Pr
1997-10
アルベルティの「絵画論」でも冒頭は再生(リナシタ・ルネサンス)の宣言のように、古典古代における自然について、諸学芸と学問について詠まれるところから始まる。
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【 ・・・ 二つの物があたかも環と鈎とで連絡させたかのように、相互に接着し合った状態を保ち得ることもあるが、此の磁石と鉄との場合に生ずる・・・ 】 を現代的に説明する道具としての数学(オイラー等式)の基の数の言葉ヒフミヨ(1234 ・自然数)が、平面(2次元)からの送りモノとして眺めると、円環(〇)と鈎(△▢)との[連絡]に[オイラー等式]を、思い浮かべる・・・
分化の日剣の舞やヒフミヨに
この物語の淵源は、2冊の絵本で・・・
すうがくでせかいをみるの
もろはのつるぎ (有田川町ウエブライブラリー)