
「フィレンツェの支配者たちの理念は、商業における実用主義と学識に裏付けられた
教養主義の融合から生まれているのである」(図録p.150)






本展 28<バーリの聖ニコラウスの奇跡>(1425年)に注目してほしい。
フランチェスコ会と複式簿記 聖フランチェスコは清貧を唱えたがフランチェスコ会では真なる清貧とは何かを巡り議論があり、現実的に無駄を省くことを考えるために複式簿記が生まれた。本展20 「フィレンツェの「公益質屋」の金庫」も社会反映の表れであろう。公益質屋は、イタリア各地に開設されていった。生活に逼迫した人々のために担保貸しを経営上の必要経費のみに相当する低い利息で運営されていた。
フランチェスコ会と複式簿記 聖フランチェスコは清貧を唱えたがフランチェスコ会では真なる清貧とは何かを巡り議論があり、現実的に無駄を省くことを考えるために複式簿記が生まれた。本展20 「フィレンツェの「公益質屋」の金庫」も社会反映の表れであろう。公益質屋は、イタリア各地に開設されていった。生活に逼迫した人々のために担保貸しを経営上の必要経費のみに相当する低い利息で運営されていた。
レジュメより一部抜粋、アカデミア・プラトニカについて、および「饗宴註解」「公会議」以前と以降では絵画は大き役割を変えていく。
時間と体力の限界の中、自分のところの研究チームでの講座を行ってきました。
レジュメをpdfにするところまでをし、記録だけでもと思いましたがまずは写真から。
忘れないうちに記録記事を、明日中には・・・と思っていたがもう明日というか明け方ですね・・・
少々、この状態で一端保存させて頂きます。
参加者の方にはあらかじめ3題の課題を出していたのですが、皆様が図録を買っていて、感動しました。
この日の企画は、日常的な専門が工学、光学、国際文化、ドイツを主とする哲学とフランス現代思想など必ずしも美術史、思想史、Art、イタリア等を専門とされていない方に、できるだけわかりやすく趣旨を説明する、補足するなどが講座の目的でした。卓話はドゥ・マゴで行ったため、参加者で以前パリとベルギーに1年半留学していた方が、「パリ第4大学とか、パリのCafeの本来的な雰囲気を思い出した、という感想は疲れている中に実施したことですが、こちらも嬉しかったですね。
記録とは別に自分の覚書として。
もうだいぶん、会場のグッズやFirenzeの工芸品などミュージアムショップの品が少なくなってきているので、まだの方は早めにいかれたほうがいいかと思います。
私は、あと1回、完全なプライベートで、できれば娘には見せておきたい。私はFirenzeでの調査を2回行っていますが、子ども(当時はいまよりもっと)おいてはいけませんので一緒にFirenzeには2度滞在しているのです。
娘もサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂やサンマルコ修道院が大好き、Firenze、イタリア大好き人間ですが、彼女が一番好きな国外の都市はアテネとのことです。
コメント
コメント一覧 (2)
私も、Bunkamuraザ・ミュージアムに『ボッティチェッリとルネサンス』展を見てきましたので、ご丁寧なご説明、ご感想を興味深く読ませていただきました。日本でボッティチェリの作品を見る機会は少ないですが、今回は欧米各国から今まで類がないほど数多くのボッティチェリの作品が集められ、初期から晩年までの彼の作品を比較しながら観られることができ、大変良かったと思いました。師フリッポ・リッピの絵画からボッティチェリの絵画へ流れが分かり、大変勉強になりました。
私もこの美術館展で鑑賞したボッティチェリの絵画の感想と、フィレンツェ・ルネサンス絵画の盛期ルネサンス絵画の違いなどについて考察などをブログに整理してみました。一読いただき、ご意見やご感想などありましたらコメントいただければ幸いです。
昨日(招待券をたまたま頂きまして)4回目のボッティチェリ展に行ってきました。
リッピからボッティチェリ、またフィリピーノ・リッピへの継承もボッティチェリの作品を観る愉しみですね。
Firenzeにまた行きたくなります。ブログ拝見させて頂きますね。
Firenze滞在時のドナテッロ、ミケランジェロ等彫刻・建築、マザッチョなどのフレスコ絵画についても書いていますので、ボッティチェリの<受胎告知>を観られまして興味がありましたらそちらもぜひご参照くださいませ。