



- 十歳だったちょこちゃん
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10歳で亡くなるというのは、ものすごく短い寿命だと思います。
ちょこは、ペットショップに返品されてきた子です、それを弟が処分されるならかわいそうという理由でひきとりました。家にはにこ、コッポラ、くろさんがいました。しかし弟はおそらく一度も散歩にも連れて行ってません。
主に退職した父親になついていましたが、私が実家にかえってくると毎回とびついてはなれませんした。
この間の正月のそうです。
父親は亡くなったちょこちゃんを動物病院に知らせるときに、去年の予防注射をしてないからもっと早く死んだことにしよう、と私の目の前で言いました。
どういうことなのだろう・・・耳を疑ったしそんなことをすべきではない。
飼い主の義務を怠っているのは父親や母親など人間のほうなのですよ。
それに、その日のうちに埋められてしまう。
こういう心性が、児童虐待や動物虐待の根底にあると思うのです。
多くの人間が、動物を「所有」しているが「本当に義務を果たし命として大切にしているような飼い主はほんとうにいるのだろうか。
団塊の世代といわれる彼らの考え方は、動物に対しても、子どもにたいしてもこのように義務や責務というが希薄です。
実家に弟夫婦が同居しており、もともと自分が一番ちいさなこどもとして実家にいたちょこちゃんは、居場所がなくなってしまったのだろうと思います。
自分のいるべき場所がないと感じていたのでしょう。
だから私がいくとあんなにも喜んでいたのかもしれません。
動物はかわいい。しかし動物の可愛さに甘えてぞんざいに扱う人間に同時に接することになるので、心のそこから哀しくなり、わが国の法制度の旧さ、想定の甘さにきわめて失望する。
ちょこは2月16日に亡くなりました。
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