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RING展にいったとき、目の前の東京文化会館の工事とその工事パネルにあった、昭和36年竣工時の写真に思わず立ち止まった。

工事現場の向こうに広がる、焼けただれた街並み。

祖母は入谷にすんでおり、空襲時は上野の山へ逃げたものだと繰り返し聞いた。
今も存命なのでいろいろな話を聞くことが可能だ。


写真をみていると大規模音楽ホール、それもオペラを視野にいれた大ホール落成や反響板の設置の写真は、なかなか感無量なものがます。
上野へいく際にはしばし壁に掲示された写真を観ることをおすすめします。
現在3階から5階まであるホールがすべて階段しかないということをどうクリアするのかも含めて、期待。


blogmugra

昭和30年以降生まれの、まさに戦後の中で今の地位を築いた人たちによる右傾的発言が信じられないのはこうした背景を認識すればこそ。
彼らはせいぜいこのとき3歳か4才である。
そして自由は自分たちのみ(狭い仲間意識)の特権だといまだに思っている。
彼らはすぐに血なまぐさい暴力行為を口にする。
それならば彼ら自身が最前線にたつものかと追えば、そうではないのだ。
今でもそうだが、すぐに犯人探しに躍起にやり、その犯人を「当てた」と高らかに主張する。
(なぜか彼らには推論は欠如しており、すべてはあたりはずれの延長で語られる)
翻って自分には責任はなかったのか、落ち度はなかったのかと聞かれれば激昂する。

多く学生たちや20代前半の人にいいたいのはそういった言説からは距離をとるようにしてほしいというほかない。
彼らはいつも、道連れを探している。
嫉妬深い、表面上性別が男性というだけの、自爆のための道連れを探しているだけの戦後バブル季の怨霊のようにみえるである。50代後半から60代前半の彼らがやろうとしていることや主張にどれほどの責任感があり、実際彼らが可能な責任をとれる行動とは何か、具体的に示されたことがあっただろうか。
後半は完全に蛇足だが、慎重さを大人になっても持ち合わせていない人々が多くなったと感じるが所以。