
イコノロジーとしてのファサード鑑賞。
マカオのセントポール天主堂跡のファサードをイコノロジー、図像学として観ていた。
よく言われるこのファサードの特徴は、漢字が掘り込まれている唯一のファサード、徳川家康(キリシタンを弾圧した)への抵抗 この二点。
私が注目したは左右の図像モチーフでした。
15世紀から運命は車輪あるいは球体から、「嵐の中を進む帆船」へと変わる。
このことはジョヴァニ・ルッチェライがマルシリオ・フィチーノへ送った手紙に問題意識が表れている。
「果たして人間は「運命」にいかにして立ち向かえるのか」
マルシリオの思想は均衡であって詳細はヴァーブルグが引用している通りなのだが、中世とルネサンスの違いとしては「知力と実践を用いることで、ある程度の運命には対峙可能である」と解釈していることだ。
話をファサードに戻すと、ルッチェライたちが信じた「運命の克服」は帆船として向かって左側へ描かれている。
では反対側はどうか。
そこにあるのはメメント・モリ 「死を忘れるな」=アダムの死であり、人間が死すべく必然のもとにあるという古代からの警告文だ。可能と不可能なものの対比は、すべての時代に表れるわけではないので興味深い。
近代社会は中世(封建制)とルネサンスの克服の結果としてあるはずなのだが、自由意思についてはそれほど重視されてきたとも言い切れない。
(例えば今日の日本でいえば、運命論は占いなどでより人の心と関心を占めている。しかも無自覚に。朝にこれほど占いの結果を放送している国もないのではないか。このことは多くの人々が自分のことを自分で選択して決めるということを好まないかあるいは知らないかの何れかとしていると云える)
ファサードの頂点に描かれるのは何か。聖霊のハトであり、そのもとに智者・告知者としての天使が描かれる。
人間の本質を示す、アダムの死(メメント・モリ)と運命(避けようと努力すれば回避可能な運命)がその下に左右に展開している。




ガイドや一般的な解説書では書かれていないと思うので、これからもしマカオに行く人がいて、この世界遺産に行く方がいたら、ちょっと注目して貰いたいと思い写真を掲載します。
ルッチェライ家とマルシリオ・フィチーノの書簡応答を読み直したくなったり、東アジアの教会建築について調べたくなりました。
香港とマカオへ行ってきて、この内容を最初に書こうと思っていたのですが時系列的に後になりました。


マカオへ向かう時の船では強いスコールになりましたが、この場所につくころには晴れ間が。
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