ブリティッシュカウンシルより、お知らせが来ましたので拙Blogにも掲載します。
三陸復興国立公園指定記念「種差 ―よみがえれ 浜の記憶」
image: 2013年3月、種差海岸を歩くリチャード・ロング(提供:青森県立美術館)

TANESASHI|Remembrance of the Shore

2013年5月、「三陸復興国立公園」に指定された青森県八戸市の種差海岸。この地にゆかりのある芸術家の名品の展示のほか、英国を代表するアーティスト、リチャード・ロングが参加し、種差の文化を次世代へとつなげる現代アートの形を探ります。
ロングは、約50年間にわたり世界中の山や草原、海岸を歩き、そこに残したわずかな痕跡を作品としてきました。本展では、彼が2013年3月28日〜4月3日にかけて種差海岸を歩いた体験にもとづく新作を美術館に設置。世界的なランドスケープアーティストが種差の自然と向き合って作りあげる記念碑的な作品を展示します。

【会期】 2013年7月6日(土) - 2013年9月1日(日) 
【休館日】 2013年7月29日(月)
【会場】 青森県立美術館
【お問い合わせ】 種差展実行委員会(青森県立美術館内) Tel 017-783-3000 (代表)

三陸復興国立公園指定記念「種差 ―よみがえれ 浜の記憶」公式ページ
http://www.aomori-museum.jp/ja/event/45/


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「芸術」とは何か・・・?

この問いは、私が取り組んでいた「美」とは何か?すなわち「饗宴」(シンポシオン)における美の概念から、「神名論」での美の定義等につながるテーマです。何をもって芸術と呼ぶのか、例えば何かを表わせば、「芸術」なのか、または「美術」との違いはあるか、「アート」とは何か・・・それらのためにも、おそらく「芸術」にもまた、ある程度の「定義」は原則必要になるのだと思っている。つまり、「意味」のないものを、「意味ありげ」に見せることは芸術とは言えない。では何をもって「芸術」と言えるのか、それは「芸術」らしさを装ったり、宣言すればいいものかといえば、多くの人はそうではないと感じているはず。

それは、「であったときに、それ以前に忘却していたものごと、記憶、感情を、想起させるもの」ではないだろうか。・・・と私は考えている。そう、つまり・・・、それらに出会うことで、甦らなければならない。

我々の死は必然だが、それらはもし忘却されれば、二度死ぬだけだが、もしも記憶され、再び人々の中に思い起こされれば・・・再び生命を得る。
作品とは、文字であれ、音であれ、形であれ、生命の間をつなぐものであって、それらを断つものではないと私は思っている。

そんな思いとともに掲載させて頂きます。