池袋劇場通りスタジオ、オープンクラス、高橋竜太さん(先生)のレッスンに参加(娘)、私も今日は見学させてもらいました。バーレッスンから、回転、バランス、動きの作り方の速さと丁寧さ、見ていて感動。
しかもリラックスしてレッスンしながら集中力が高まっていたりすごくいいクラスです。
高橋竜太さん(先生)が伴内を踊る日も、翌日の氷室さんが伴内を踊る日(この日は竜太さんは現代の場面でブレイクを踊ったり討ち入りシーンでいろいろやります!(と聞いているので)もう7月あたりからずっとチェックしている演目です。(ボリショイとともに)
フランス語によるベジャール・Kabuki 紹介映像を発見・・・
(それほどには見どころをちゃんと構成しているとは思えませんが・・・)
それだからこそ、ダイジェスト版や、誰かがこういう評を書いているから、有名だからとかではなく!
自分の眼でその舞台を観て確かめてほしいと思うのです。
観なければ何も語れない。
来年は、パリ・オペラ座で数十年ぶりに上演されます、日本に住んでるのに見ないなんてもったいない。
ぜひ両日見てもらいたい演目です。
私は二階堂さんの顔世も、両日の宮本祐宣先生も気になるので両日行きます。
シルヴィ・ギエム オン・ジ・エッジ [DVD]
出演:シルヴィ・ギエム
販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック
(2009-12-16)
販売元:Amazon.co.jp
上の映像ではアクラム・カーンとどうやって「聖なる怪物」(このタイトルも訳としては微妙ですが・・・)を作られたか、東京バレエとギエムによる「白鳥」、「エオンナガタ」、ボレロ公演時の映像には高橋竜太さん(先生)も映ってます。肉体と精神、人間の恒常性・・・・とは?
私は考え、それをまとめているのですが、それを現象させられることが素晴らしい。
玉三郎(tamasaburo)と菊之助
この演目は、私の日舞をやっている恩師(のお師匠様は人間国宝の方なのです)が数年前に浅草公会堂ですべて通して踊ったの特別思い入れもあります。ベジャールは玉三郎とも親交があったし・・・
実は日舞でも玉三郎級の人は、180度開脚できて当たり前なのでした・・・・
以外と知られていない気がしますが、だからこそあるレベルを越えた人というのは3日リハーサルして、3か月かかることをおそらくすぐに通じ合えるのでしょう。すごいことだ・・・
EONNAGATAは「ダンスのあるスペクタクル」なのだから完全映像化してほしいものです。
語られることが本当で、録画されたらもうそれは違うものだという意見(これはグールドとルービンシュタインも語っている)もあるが、技術的に残せるのならば、偶有性のために数年後に見る人のために残してほしい。
プラテルとルグリの「眠り」が残っていないのも、マラーホフやジル・ロマンが演じた「ローゲ」が残っていないのも・・・やはり残念なので・・・
ベジャールのKABUKIを違う、という方もいるけれど、私は歌舞伎座や新橋演舞場も演目や出演者によっては観に行きますからいずれ京都南座にも行きたい)、むしろベジャールのkabukiをみると、歌舞伎の「仮名手本忠臣」(人気演目すぎて本来の歌舞伎+外伝が多いのですこれがまた)を観たくなるのが不思議なのです。当然、封建制下では検閲があったので実名は変えてある。しかしそれでも劇作はされていた。むしろ「ある抑圧」があるから優れた劇作が生まれるのかどうか?それはまた別の問題ですが・・・
私見では、「忠臣蔵」のエッセンスはより、ベジャールのほうが普遍化されていると思います。
朝、納富先生の講座を受講したので、先生が書かれている一説を引用させていただきたい。
「しかし、詩人はシャーマン(巫女)ではない。詩人は基本的には神の言葉を語りながら、それを技術によって仕上げる腕を競っている。詩作において神からのインスピレーションと技術(テクネー)は両立しており、優れた創作はそれらを一体で実現した。」(「言葉で創造する哲学−古代ギリシアにおける精神の展開−」『精神史における言語の創造力と多様性』
精神史における言語の創造力と多様性
著者:納富 信留
販売元:慶應義塾大学言語文化研究所
(2008-04)販売元:Amazon.co.jp
私が素晴らしいバレエ、舞台をみるとき、このインスピレーションと技術が両立していることが多い。
(on the edge でギエムがローラン・イレールとリハーサルする場面での「マノン」(On the edgeに特典映像に収録)、またクランコの「オネーギン」、フォーキン「薔薇の精」もまたすばらしい舞台のときは、アレッサンドラ・フェリの「マノン」の「沼地」・・・素晴らしく音楽的な「チャイコフスキー・パ・ドドゥ・・・など素晴らしいバレエは動く詩のよう。)
優れた創作はそれらを一体で実現した、そして限に、実現できる人がまだこの地上に生きている。
そしてこうした技術に根差そうと心から打ちこむ人の生き方は「美しい/Kalon/立派」と私もまた思うのです。
この週末は本当に私の中で切れ目がなかったのですが、学友の方にもお会いできてよかった。
チャコットに行く前には、写真家の塚原恭ちゃんにおすすめのブラシ(チャコット)をプレゼント。
しかもリラックスしてレッスンしながら集中力が高まっていたりすごくいいクラスです。
高橋竜太さん(先生)が伴内を踊る日も、翌日の氷室さんが伴内を踊る日(この日は竜太さんは現代の場面でブレイクを踊ったり討ち入りシーンでいろいろやります!(と聞いているので)もう7月あたりからずっとチェックしている演目です。(ボリショイとともに)
フランス語によるベジャール・Kabuki 紹介映像を発見・・・
(それほどには見どころをちゃんと構成しているとは思えませんが・・・)
それだからこそ、ダイジェスト版や、誰かがこういう評を書いているから、有名だからとかではなく!
自分の眼でその舞台を観て確かめてほしいと思うのです。
観なければ何も語れない。
来年は、パリ・オペラ座で数十年ぶりに上演されます、日本に住んでるのに見ないなんてもったいない。
ぜひ両日見てもらいたい演目です。
私は二階堂さんの顔世も、両日の宮本祐宣先生も気になるので両日行きます。
![シルヴィ・ギエム オン・ジ・エッジ [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51jbxXp6wEL._SL160_.jpg)
出演:シルヴィ・ギエム
販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック
(2009-12-16)
販売元:Amazon.co.jp
上の映像ではアクラム・カーンとどうやって「聖なる怪物」(このタイトルも訳としては微妙ですが・・・)を作られたか、東京バレエとギエムによる「白鳥」、「エオンナガタ」、ボレロ公演時の映像には高橋竜太さん(先生)も映ってます。肉体と精神、人間の恒常性・・・・とは?
私は考え、それをまとめているのですが、それを現象させられることが素晴らしい。
玉三郎(tamasaburo)と菊之助
この演目は、私の日舞をやっている恩師(のお師匠様は人間国宝の方なのです)が数年前に浅草公会堂ですべて通して踊ったの特別思い入れもあります。ベジャールは玉三郎とも親交があったし・・・
実は日舞でも玉三郎級の人は、180度開脚できて当たり前なのでした・・・・
以外と知られていない気がしますが、だからこそあるレベルを越えた人というのは3日リハーサルして、3か月かかることをおそらくすぐに通じ合えるのでしょう。すごいことだ・・・
EONNAGATAは「ダンスのあるスペクタクル」なのだから完全映像化してほしいものです。
語られることが本当で、録画されたらもうそれは違うものだという意見(これはグールドとルービンシュタインも語っている)もあるが、技術的に残せるのならば、偶有性のために数年後に見る人のために残してほしい。
プラテルとルグリの「眠り」が残っていないのも、マラーホフやジル・ロマンが演じた「ローゲ」が残っていないのも・・・やはり残念なので・・・
ベジャールのKABUKIを違う、という方もいるけれど、私は歌舞伎座や新橋演舞場も演目や出演者によっては観に行きますからいずれ京都南座にも行きたい)、むしろベジャールのkabukiをみると、歌舞伎の「仮名手本忠臣」(人気演目すぎて本来の歌舞伎+外伝が多いのですこれがまた)を観たくなるのが不思議なのです。当然、封建制下では検閲があったので実名は変えてある。しかしそれでも劇作はされていた。むしろ「ある抑圧」があるから優れた劇作が生まれるのかどうか?それはまた別の問題ですが・・・
私見では、「忠臣蔵」のエッセンスはより、ベジャールのほうが普遍化されていると思います。
朝、納富先生の講座を受講したので、先生が書かれている一説を引用させていただきたい。
「しかし、詩人はシャーマン(巫女)ではない。詩人は基本的には神の言葉を語りながら、それを技術によって仕上げる腕を競っている。詩作において神からのインスピレーションと技術(テクネー)は両立しており、優れた創作はそれらを一体で実現した。」(「言葉で創造する哲学−古代ギリシアにおける精神の展開−」『精神史における言語の創造力と多様性』

著者:納富 信留
販売元:慶應義塾大学言語文化研究所
(2008-04)販売元:Amazon.co.jp
私が素晴らしいバレエ、舞台をみるとき、このインスピレーションと技術が両立していることが多い。
(on the edge でギエムがローラン・イレールとリハーサルする場面での「マノン」(On the edgeに特典映像に収録)、またクランコの「オネーギン」、フォーキン「薔薇の精」もまたすばらしい舞台のときは、アレッサンドラ・フェリの「マノン」の「沼地」・・・素晴らしく音楽的な「チャイコフスキー・パ・ドドゥ・・・など素晴らしいバレエは動く詩のよう。)
優れた創作はそれらを一体で実現した、そして限に、実現できる人がまだこの地上に生きている。
そしてこうした技術に根差そうと心から打ちこむ人の生き方は「美しい/Kalon/立派」と私もまた思うのです。
この週末は本当に私の中で切れ目がなかったのですが、学友の方にもお会いできてよかった。
チャコットに行く前には、写真家の塚原恭ちゃんにおすすめのブラシ(チャコット)をプレゼント。
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