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前回掲載した部分について、碑文の写真を追記します。


終戦記念日は赤い日としてカレンダーにその日の意味を記載する必要があると私は昔から思っている。

レーヴィによれば、終戦は休戦にすぎないのだ。
またレヴィナス、全体性と無限でも、人の「顔」が認識されなくなるとき、他者性によって、いつでも私たちの「顔・個人・名前・それにつらなるものすべて」ははく奪されることは、しばしば現代でも行われる。
効率化・・・患者名ではなく、番号でそれがすべてきめられるとおり、名前を呼ばれず、番号で処理される事柄、
・・・だからレーヴィは、強制収容所的なものは、世界からまだなくならず、社会の正反対ではなく、「局限化」であると指摘する。

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私の祖父は自分の体験を語るタイプだったが(ゆえに私は多くの事柄を幼少時から聞いていた。同じ家に住んでいたのだから(そして私は社会学でいえば、父親不在のまま育った世代に相当する。)
祖母は東京で受けた空襲(自宅が焼かれて上野へ逃げたことは聞いている)はそれ以上は語りたがらない。
レーヴィも同じく、語るタイプと、もう忘れることに決めた とする二つのタイプがあること、そして息子たちは自分の話を聞こうとはしなかったこと述べている。

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プラトンは、戦勝であってもそれは最善のこととはいえない、と法律で書き、それはやむを得ないことの一つであるべきであると言っている。

「平和」「戦争」これらは、そのイメージや言葉そのものよりも複雑である。

そしてこれはペシミスティックになりすぎてはいけないが、単純にもとらえられないし、大多数の場合は忘れているからこそ難しいのだ、と私自身は思っている。


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早朝から仕事場で作業していました。
その前に朝お線香をあげ、すべての死者たちと死すべきでなかった人たち、今生きている人が不当な力や暴力によって傷つくことがないようにと願った。

しかし願いや祈りだけでは変わらない。


その意味で書き残しておきたいと思います。


余談ですが・・・
(私は、死者に対してすぐに「ご冥福をお祈りします」という一言でその人の死と生き方、生きてきたこと、活動などを表してしまうメディア(特にテレビのそれ)の常套句や紋切型の言葉に違和感を覚える。私たちはコマーシャルの間に生きているわけではない。もっと言えば、日本の「世間」では誕生、結婚、死という極めておおっざっぱな感覚でしか生命や生活を考えておらず、その合間合間に、進学とか受験とか就活とか(婚活などという言葉は世の末である)マイホームとか、老後やセカンドライフなどというようなものが介在はしているが、あまりそれぞれが深く考えられたり、問われたりしない。生命をただ引き延ばすことが幸福ではないのと同様に・・・)