マルシリオ・フィチーノが、ルネサンス美術を知る人にもそれほどは知られていないのはなぜだろう・・・日本ではもっぱら美術は絵画を指すからだろうか。

ピコはフィチーノよりは名前が知られている。『人間の尊厳について』の冒頭には、アダムに呼びかける文がある。それに続く部分も、人間とは何か、生物学としての人間に留まることが多い現代において、ピコの提言は的を得ていると思うのは少数派なのだろうか?

「それぞれの人間が育むものは、成長してそれぞれの人間の中に自分の果実fructusを産み出すでしょう。
(1)もし植物的なものvegetaliaを育むならば、その人は植物になるでしょう。(2)もし感覚的なもの sensualia を育むならば、獣のようになるでしょう。 (3)もし理性的なものrationaliaを育むならば、天界の生き物(星辰)caeleste animalになるでしょう。 (4)もし知性的なものintellectualiaを育むならば、天使、あるいは、神の子 angelus et Dai filiusになるでしょう。 そして(5)もし彼が、もろもろの被造物のいかなる身分にも満足せずに、自らの一性untitasの中心へと自ら引きこもるならば、彼の霊 spiritusは神と一つになり、万物を超えたところに「孤独な闇」solitalia caligoに置かれて、万物の上に立つものとなるでしょう。」(ピコ・デッラ・ミランドラ『人間の尊厳について』p.108)


万物の上に立つとは、近現代後期の「人間中心主義」の理念とは異なる。現代は自然や宇宙を功利主義や快楽主義の延長の所有物としてみなしている面がある。所有し、支配することよりも、ルネサンスの宇宙観は人間と他の調和を本質としている。自らを認識し、自らの外部を認識することがここには明確に現れていると私には思える。

「もし腹を満たすことに夢中になって地上を這い回っている人をあなたが見るならば、あなたが見ているのは潅木であって人間ではありません。もしカリュプソのもののような妄想の空しい幻惑の中で盲目になり、そっとくすぐる魅惑に誘われて感覚に身をゆだねている人をあなたが見るならば、あなたが見ているのは獣であって人間ではありません。もし哲学者philosophusが正しい理性によってすべてを識別するのをあなたが見るならば、あなたは彼を尊敬するでしょう。(略)もし純粋な観照者contemplatorが身体を無視して精神の内奥 mentis penetraliaへと退くのをあなたがが見るならば、この人は地上の生きものでも天界の生きものでもありません。この人は人間の肉をまとった「より崇高な神的存在」augustius numenなのです。」

ピコはカルデア人の言葉を引用する。
すなわち、<<人間は、さまざまで、多様で、しかも定まらない本性を持つ動物である>>


そしてこのような本性(physis)を「われわれは、自分がそうありたいと欲するところのもの」id quod esse volumusになるという条件の下に生まれついている、とピコは言う。


彼の人間の尊厳とは、万物の上の、自然や動物の優位性を誇張するためのものではない。人間は、生まれたときから人間ではない・・・つまり、ヒトという動物ではあるが、どのように「在りたいか」と望まなければ、何者にも近づけないことを示している。自分探しなどという言葉が、まことしやかに流布するが、自分は「創る・造る」ものである、世界もまた構築されているのであり、常に再構築の過程であると認識されなければならない・・・
ならない、というのは、私がそう望むということ以上に、他者(動物、自然、つまり私と私に直接関わるもの以外、いやすべては連鎖と複雑に関係しているのだが)との共存と継承のためには必要なのである。


ピコは、31歳でその生涯を閉じた。フィチーノが著書を書き上げた日に、フィレンツェを訪れた。ボローニャ、フェラーラ、パドヴァ、ヴェネチアで学び、ヘブライ語、アヴェロス派のエリア・デル・メディゴから影響を受けた。ミランドラからパヴィアにむかい、再びフィレンツェに来る。パリへ赴き、ローマへむかい、「提題」を出版する。しかしこれは異端的とされた。一時パリで幽閉される。ロレンツォ・デ・メディチらの尽力で自由になった。
1493年、11月17日、シャルル8世の軍がフィレンツェに入ったとき、31歳で亡くなる、秘書による毒殺であったと言われている。・・・・・

人は悪意や羨望など理知とかけはなれた言動によって、強制的に亡くなることがある。マザッチオは27歳でなくなっている。彼も毒殺であったといわれている。しかし私たちは、ピコやマザッチオの遺したものを読むことも見ることもできる・・・私は作品や言葉に対峙するとき、継承してきた人々によって、これらが時間や言語を超えて届くことに感嘆と尊敬の念を抱く。

人間の尊厳について (アウロラ叢書)
著者:ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラ
販売元:国文社
発売日:1985-11
おすすめ度:4.5
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