ウフィツィ美術館が、現代にあるあらゆる美術館の原型・モデルであるということは知られている。だが、図書館のモデルはどこなのか?といえば、ラウレンツィアーナ図書館である。
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フィレンツェのサン・ロレンツォ聖堂はまるで、古代ローマのバシリカのような複合公共施設である。都市の中の街、公共の場である。

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ラウレンツィアーナ図書館は、それまで写本を有することができた層から、書物を公開性へと導いた。設計はミケランジェロであり、ステンド・グラスが美しく、書見台のデザイン、床のテラコッタの模様もミケランジェロが行った。階段入り口は水が流れるような設計で、三層構造である。プロティノスの一者流出を思わせる。善、知、美に基づいた設計を私は感じる。この内部は、フラッシュをたかなければ、撮影できる。入り口にいる係りの女性が教えてくれる。床はテラコッタを保護するため、歩く場所はカーペットが敷かれている。その上を歩いて見学することができる。

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写本を集めたので有名なのは、ニッコロ・ニッコリだった。
彼は、独身主義を貫き、自己保存よりも写本をあつめ、読みたい人・写したい人には惜しみなく貸しあたえた。彼の死の際に、どれほどの写本がだれにかされているかもわからなかったくらい、といわれている。
こうしたエピソードに深い感銘を覚える。
なぜなら、所有の原理、所有を目的とする価値観や世界観、人間観とまるで違うからだ。私が、ルネサンス・リナシタ期のユマニストに惹かれるのはそういった「他者性」である。これは自己保存をこえた行動理念のように想うのだが・・・私が扱いたいこと、書きたいことはこういった、公開性・公共性と他者性の表れとしてのルネサンスである。

ウフィツィ美術館が現在の形でのこっているのは、メディチ家の女性がまるごと市に寄贈したからである、そうでなければ、私たちは、おそらく、ウィーンなどでボッティチェリをみなくてはならかっただろう。

彼女もまた何が最も大切かわかっていた。
彼女の像は、メディチ家礼拝堂の一階、階段のそばにある。
私はその前で尊敬の念を抱く。アンナ・マリア・メディチ。彼女は「メディチ家の財産はフィレンツェの財産」といいってすべてを寄贈した。(「フィレンツェ・ルネサンス 4」 p.113)

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そして現在もその場所で、美術は国外流出の危機を乗り越えて、私たちの前に公開されている。


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現在一部工事・修復中のウフィツィ美術館。内部から外の風景は撮影可能です。