都美術で1/24から3月まで開催している「アーツ&クラフツ展」。
観に行ったのは1月末ですので少々間が開いてしまいましたが、鑑賞の感想・気が付いたことなどを中心に。

展示としては、エントランスを抜けたコーナーの、モリスの壁紙を使った部分と椅子の展示から中世復興+モダンデザイン先駆け(という位置づけをしたのは後の時代であるのだが)としてのアーツ&クラフツ展らしさが出ていた。
絵画ではやはり、バーン=ジョーンズの「生命の木とキリスト」
この絵画では通常のモチーフの描き方をされていない部分が多くしかし、主題自体は、磔刑のキリストと洗礼者ヨハネ、マリアと幼子イエスとヨハネであるという部分が面白い。ここからは伝統的な歴史画解釈・手法と比較して、バーン=ジョーンズがどうこの主題を描いたのか、そのオリジナリティの部分を私なりにかいてみます。

まず、磔刑のキリストは磔刑の古典的姿をとっていながら(両手を広げて脚はまげ、顔は伏せられている)、ラテン十字架ではなく、曲がりくねった枝をもつ木に磔になっている点。ゲルマンでは樹木を神聖なものとみなし、北方では世界の生命の源を世界樹が支えているという思想(神話でもある)があるが、それをバーン・ジョーンズは取り入れたのだろう。第2に、マリアは伝統的な衣装をみにつけておらず、明らかにガリラヤ・ベツレヘムの人の姿でかかれていない。衣は、ガリア人かゲルマン人の衣服に近く、髪もベールを被ったり結われているのではない、明らかに北方的な独自的解釈をくわえた描き方をされている。マリアの傍らには、茨(イエスが、裁かれ十字架につけられるさいに、「ユダヤ人の王」として蔑まれて被せられた受難の茨の冠のモチーフと思われる)と百合(純潔をあらわし、受胎告知の際にかならずガブリエルが手にしている百合)などが象徴的にえがかれているのは、イコノロジー的にすぐにわかるところです。第3に、イエスと洗礼者ヨハネは髭が描かれておらず、青年の姿をしている。そして、ビザンツ的影響を思わせる中世的な青年の姿で描かれている。
ローマの教会のモザイクの下絵としてかかれている絵画だが、ラテン・ローマの地の宗教主題に、強いゲルマン的要素を加えて描いていることに気がつくだろう。
(バーン・ジョーンズの意図としてはどの辺りにあったのだろうか。)
ともかく興味深いテーマだった。
民族や場所によって、思想・文化の変容がみられることはよくあることだが、その例としても絵画としても意味深い作品だと思う。
あまり観ている人もいなかったので、ゆっくり観ることができた。

これは会場にあったバーン・ジョーンズのステンドグラスとも、ラファエル前派にも共通することなのだが、ビザンチン美術の影響をとりこんで復興させている美術運動なので、天使や聖人は中世的青年の姿で描かれている(そして大抵初期の天使のように武装している姿をしていて女性的イメージはない)

ステンドグラスは、後ろから照らしている光が蛍光灯なのがじつにもったいない。
ステンドグラスも、教会のクーポラから差し込む光も、天上崇拝と太陽の光に超越性を感じ取るという舞台装置(演出)としても効果を発揮していたものなので、ステンドグラスの色は、太陽光の暖色系の光でないと本来的な美しさがでないように思う。
期待していたのでちょっと残念な展示方法だった。

また、ゲオルギウスの象徴的な解読としては以前記事に書いたが、龍を打ち倒す=異教を廃絶するという意味がある。キリスト教のような一神教からみると、すべての宗教は異教あつかいなのだが、とりわけこの場合はギリシア・ローマの神話・文化を指す。このあたりは、古代史をやっていると複雑になるテーマだが、とにかく中世では、そういった意味合いが強く、そのため、ブリテン島からローマを追い出すという意味で、龍を打ち倒すゲオルギウスがイングランドの守護聖人ということになる。

その意味でやはり、ギリシア時代まで15世紀に遡って原典から研究しなおしたルネサンス期の自覚的な部分と、ビザンツに受け継がれていたギリシア的な要素が重要に思われる。歴史的に、武力的には勝利りながら文化的には受容し、模倣のなかから新たな様式・制度・スタイルを確立していけた文化や国は格段に進歩するのだが、その意味ではケルトとゲルマンはギリシア・ローマとそれ以前の多神教時代の文明を受容しなかったということに、二つの大きな意味がある。

タピストリーも、たとえばヴァチカンのタピストリーの間などにいくと膨大なコレクションが見られるが、それを復興させた見事な作品が展示してある。
それから、汐留の展示のときにも目をひいた、ウォルター・クレインの作品がよかった。

期待していたウィリアム・モリスのサマセット・マナーの再現コーナーは、ただ家具があるよりは..という程度で、カーテンやカーテンレールもごく普通の木製のものを使ってしまっていて、イメージ再現にしてもあまり参考になるものではなかったように思う。

ギフトコーナーでは、モリスの壁紙をつかったしおりなどが売っていて良かったです。「いちごどろぼう」のティーマットとテーブルマットが美しかったので購入。
ローラのクリフトンの家具に、花瓶などを置くのに使うつもりです。

都美術のミュージアム・ショップの中にもモリスのグッズがうっていて、V&Aのハンカチなども売っていました。けっこう、都美術のミュージアム・ショップは展示にあわせてた良品を置いていますよね。

先週は休日に某バレエフェスティバルの照明あわせなどがありました。
ここの所の寒さと冬型の天気でやや風邪も悪化してしまいました。カリス成城で、ソーンクロフトのデトックスのコーディアルを購入。実につらい季節です...


追記しておくと、モダンデザインの祖といわれるモリスですが、モリス当人は中世・ゴシック、機械と機能に従属する人間社会の在り方に対する、人間の手仕事と伝統的美術と芸術の復興と独自のマルキシズムの活動としてアーツ&クラフツの運動をしたのであって、「モダン」を追求したわけではないということでしょう。
つまり、新しいことは旧時代に培われた技術や知識を吸収しながら新たな展開を試みることだということです。そしてそれがイギリスでは「中世」の復興であって、象徴主義の運動まで拡大するならばそれは、東方の旧い文明と伝統と文化への志向だったわけです。たとえそれが、ビザンツ帝国を通じての解釈で直接の出会いでないとしても。(象徴派のインドとはアレキサンダーが観ていたインド観と同じであるとう指摘があります)

例えば、ヴァツラフ・ニジンスキーが、「牧神の午後」でやはりモダンを志向したときに、彼がパリ滞在中にルーヴルでみたギリシアの壷絵がインスピレーションになったという点と同様に、旧いものを志向してそれに近づこうとするとき、現代性との地点が現前してくるということにも通じています。
そしてニジンスキーの古代的なプロフィール(横顔)で描いた牧神とニンフの世界や「薔薇の精」が、当時パリにいたコクトーらにインスピレーションを与えていったように、アートを通した「運動」というのはそういったインスピレーションの連鎖なのだと思う。

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モリスについての過去記事*1

アーツ&クラフツについての過去記事*2


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