1DAY-25HOURS デザイン・フォー・ライフ

from ousia@web 高嶺(Takane)によるデザイン・フォー・ライフ. テキストと写真で綴ります.

タグ:イタリア

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ルチャーノ・デ・クレシェンツォ
而立書房
2008-02-25


本書についてのあらましは前回、シチリアの詩を引用した記事でもすこし触れたのに先にすすむ。
私はあることが気になっており、些細なことかもしれぬが、現状にある程度関わる面も少なくないように思うので書き留めておく次第。




もともと我が国における「イタリア蔑視」のような風潮はあった、・・・と思う。小学生の時、定年退職や夫婦旅行の旅行定番として「ロマンチック街道」なる文字と高額な金額が新聞広告に載っていた、しかもドイツ、オランダ、スイスなどがメジャーな旅行先だった。その他の文化欄も同様、朝日新聞にかぎらず(祖父が朝日をまあそれ以外の新聞も購読していたのだが)「イタリア人の食事は3倍、スパゲティーはスープ替わり、よく食べてとにかく陽気、ややうんざり」のような論調のコラムが多かった。80年代半ばまでであろう。 実際はイタリアや都市国家の多様さローマからつづく堅実さなどを日本人が知らなかっただけなのだが。
これに対して、ドイツは東西ドイツもニュースやベルリンの壁、周辺ソ連の話題もあり、シリアス一辺倒だった。文化といえばドイツ、ウィンナーソーセージの廉価版が肉の代名詞のようだったし、私の両親もまだ信仰が抜けない模様。音楽もとにかく、ドイツみたいな方も(いまだにいる・・・音楽がドイツのロマン主義以降、オケを指揮する指揮者と大編成のオケのみが「西洋音楽」であろうかのような義務教育もあれば、やはり教育TVではオケの放送なのだ。 因みにわたしは古楽と弦楽七重奏がすきです。
とにかくドイツの影響が強く、イタリアに対していいねLIKE!がついてきたのはこの15年から20年くらいではなかろうか。1990年にNHKが大型本を出版した。(この本は絶版だが、すばらしい本なので一家に一冊くらいそろえることをお勧めする。)

本題。 なぜ現代の日本では、かつてのWW2におけるドイツ軍を賞賛してイタリア軍やイタリア兵士を「へたれ」と呼んで、ねたにしているのだろうか。そういう気持ち、他意がなくとも、済まされないフィーリングである。。
一般的に、''イタリア軍が弱い"からすぐ負けたと嘲笑する話題はネット上でも、ある層の会話でもことかかない。

二つ理由がある。それはおそらく、「枢軸国」という名前で世界史パロらしきものを描いていた方の作品がメジャーになり(どのようにメジャーになったはわからない。内容もそれほど詳しくない。)そのタイトルが、「ヘタリア(へたれのイタリア)のように通称になってしまっていることである。
このおかげで、もはや、世界史好き、世界史研究者、世界史は趣味、趣味が世界史で旅行も趣味、単なる異文化好き、オタクな世界史好き(ただし好きなことしかしたくない。)がまず立場をさぐられることになる・・・・ 


最初にいっておこう。 
最後の一兵になるほど、戦うべきか、名将は引き際をこころえないのか。
近代国家においては、また戦争に慣れている国ほど、市街戦などもってのほか、負けそうになれば降伏、多大な犠牲を出してまで降伏勧告を受け入れるものである。 それをしないのは余りにも、近代以降の経験からいえばナンセンスだ。
それを、、、。
正直なところ、国民を飢えさせ、降伏すべきときに降伏せず、補給もせず、国民財産を守れず、原子爆弾を2回落され、主要な街を空爆に何度もあわせてもなお、降伏をしなかった(ここではあえて、降伏の条件になったことはかかない)国が、イタリア軍に対して「へたりあ」といってせせら笑ったり、ネタにしたりという風潮はいかがなものかと思う。
そして、ドイツ軍に対しては、あろうことか総統閣下とかドイツな世界一〜とか1週まわってドイツの過去の克服や68年裁判などをしらないまま、ドイツ軍かっこいいのような風潮がまた軽くでてきたことに憂慮を覚える。
なお個人的な考えと憂慮から上記にはいくつか例として挙げた内容はまったく個別的な見解である。


さて、さらに本題。しばし、引用してみよう。

「親愛なる技師さん(carissimo ingegnere)これは政治の意見じゃなくって、国際政治の問題なんですよ!とサルヴァトーレが続ける・・・いいですか、ナポリ人はみなイタリア共産党に投票するしかないし、それからすぐNATOを脱退して、ロシアと友好条約を結ぶ必要があるのです」

するとバッサラクアが尋ねた。「でもサルヴァトー、どうして君はロシアがアメリカより強いと思うのかい?」

「アメリカとロシアがどちらかが強いかどうかはどうでもよいのです。でもドット―、ちょっと考えてください。第三次世界大戦が勃発したら、そして私たちが皆捕虜になったら、どうなるかを。−−−こう言いながら、サルヴァトーレは両手を挙げて降伏の真似をした。第三次世界大戦が勃発したとして、も私たちがアメリカと同盟を結んでいれば、私たちはどちら側の捕虜になるでしょうか?ロシアに決まってます。間違っていたら直してください、第一に寒くて、凍えるほど寒いシベリアのような気候には耐えられない詩、第二に、必要な食糧もありません、実際こんな寒さじゃ、凍死しかありませんよ。ところが、私たちがロシア側についていれば、事情は全く別です。この場合は、アメリカ人によって自動的に捕虜にされ、すぐにアメリカに送り込まれるでしょう。アメリカでは主のご加護のおかえで、多少商売でもして、言葉も覚えることができ、物事の成り行きで、戦争が続いても、私たちにはよい職がみつかるでしょうよ!」(第1章 サルヴァトーレ P.17)


・・・・いかがだろうか。
3年か4年前に読んだときから多少世界情勢が大きくかわっているので、あまり間にうけてほしくないのだが問題はそこではない。我々は、いつもこんな発想をするだろうか?悲観論になればまだしも、生産性のない話をしながらジョークの一つも飛び出さず、あまつさえ、主義主張がちがうもの同士が、意見を交換するような場ももうけることがないくらいの、前近代国ではないだろうか...ある人がAと言ったら、他の人が「そりゃまたどうして?」という話にもならない。アムリッツァではないが「わが軍には食べ物もなく」とか沖縄で少女たちが手りゅう弾で自殺したことは、国際的、戦争史のなかでも飛散な出来事である。そもそも、近代国家の歴史が浅いあげく、近代的な戦争や国家国民を巻き込んだ戦争など、近代以降19世紀20世紀の悪夢の賜物なのだ。
その中で、「ヘタリア」とか「ドイツ軍がいい」というような意見はあまりにも・・・。
だいたい捕虜になってアメリカへいったら、主のご加護と物事のなりゆきで、職はみつかるし言葉も覚えるでしょう、と(ジョークでも)我々に云えるだろうか。(いや、ない;)

このイタリアにおけるたくましさ、戦争のために全員が死に傷病者になり、・・・以外に日本における軍事あるいは文学的(文学ではないが軍事マニア作品(やわらかめ)ロマン主義は根深いのではないか、と思っている。

続く。多少なりとも、ルチャー氏のこのエッセイの文体になれてきてくれた方はまた次回もお読み頂きたい。










ルチャーノ・デ・クレシェンツォ
而立書房
2003-11-25



著者:ルチャーノ・デ・クレシェンツォ 訳者:谷口 伊兵衛
文芸社
2012-11-01


ルチャーノ デ・クレシェンツォ
近代文藝社
2012-08-31


ルチャーノ デ・クレシェンツォ
而立書房
1995-05

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2016-07-21-12-43-31

公開されて間も無いころから中禅寺、奥日光にいくと立ちよっている。
建築と日光杉や石材を用いた内装、別荘としてつかわれていた当時の食器、大使写真、二階のプライベートルームにdenと面影が残っている。
また一階屋内テラス、二階からの風景もこのうえない静けさで気に入っている。


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当時のテーブルウェアも。

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竜頭の滝。

日光は中禅寺から戦場ヶ原、湯滝、湯ノ湖あたりは自然遺産だと思う。

同行者がドライブ好きだとサイクリングや軽いトレッキング、カヌーなどはできない!時間に縛られず、ゆっくり歩いたりしたいもの。。

今回は定休日にかさなり、シェ ホシノさんでランチができなかったのが残念でした。

このブログ内に、イタリア大使館別荘記念公園についての記事はいくつかあるはず。



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第43三話参照。 ・・
「聖イシドルスはこう書いている。 コンスタンティノープルの皇帝が戴冠されるその日に、ある習慣が古くから行われていた。この最大の栄光の時に、ひとりの石工職人が四色の大理石の見本をもって、自分の墓石(つまり皇帝の)にはどの色が気に入ったか尋ねたという。
つまりこれは、皇帝の頭の中に死の意識を刻み込むことで、この世での皇帝の栄光を制御し、皇帝を謙虚な存在にさせることを狙ったものであった。

Memebnto, homo, quia pulvis et in pulverem revertevis.

「人間よ
忘れるな。人間は、土から生まれ、また土に還っていくのだ。」

(『地獄と煉獄のはざまで』 石坂尚武 p.456)

ルネサンス研究会(7月初頭)に出席刷するまえには、春先4月頃に献呈していただき頂戴した石坂先生の著作を読んでいた。このことは、今日的な世俗権力、公権力に近しい人には有効である教訓、例えば話だと思う次第









ルネサンス研究会から帰るときに持参していた本書を、まだ未読であるという研究者の先生が観たいということで電車を待つ時間お貸しした。
ぜひ夏期休暇なども利用して本書から当時の心性、変わらぬ心性、鑑みるべき心性と例え話をみてみてはどうだろうか。献呈していただいた石坂先生には感謝いたします。





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説教段。かなり丸彫り彫刻の前段階がみえます。

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未完のピエタ。ミケランジェロ。
こちらは未完ながら近くでほぼ一人占めできるくらい。
何時間も見てしまう。

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アルノ河の氾濫のときに被害をうけた、ドナテッロの木製の、マグダラでマリア。砂漠荒野で改悛をする姿のリアリティ。迫力。
修復され、洗礼堂から大聖堂付属博物館にうつされている。


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ヴェッキオ宮殿。

パリでの洪水の報、毎日伝えられる写真で、やはり以前に被害をうけたフィレンツェ アルノ河氾濫について思いださざるをえない心境です。

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2016-04-01-13-25-16




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石坂尚武先生から、新著を頂戴いたしました。イタリア学会、ルネサンス研究会では昨年同志社大学での研究会にも出席させていただきました。

私の専門は前期ルネサンス、Ficino(フィチーノ)とFirenzeにおけるプラトン受容で、やはり転換期における変化や分析、人の意識・心性の変化を"あらわれ"から分析して考察しようとしているので、御著書をいただけてとても有難い心もちでいっぱいです。

煉獄概念と新プラトン主義・プラトン主義受容後がなにをもたらしたか。
写真も多く、大切に読ませていただきます。

https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784862852311

知泉書館から紀伊国屋書店のサイトでみると4月5日発売になるようです。


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丁度、雪柳が庭にこんなふうに咲いている日の午後に、郵便でうけとりました。
2016年のルネサンス研究会は7月です。





石坂先生はルネサンス文化史がご専門。
娘さんはバロックオーボエの奏者です。石坂先生より、近日中にこのBlogでも掲載の許可をいただいています。


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2016-03-28-15-05-46

PUKKAはいつも飲んでいるハーブティのうちのひとつ。数種類アソートになっているものを買いました。
凄く疲れているときはリバイタライズやほっとしたいときはLOVE、すっきり仕事しなくてはなにかアイディアがまとまらない...などはリフレッシュ、疲れたからもうリセットします・・というときはPUREとかリラックス、というように自分で勝手に選んで(お茶の配合リーフハーブをみて)使っています。

テラクオーレのハーブティは缶にはいったときから使っていまして。
今はこのパッケージ。

ダマスクローズの本物のローズハーブティはとても寝る前や、今日は休む!と決めたときなどにゆっくりいただきます。上の写真はビューティーミックス。まだのんでません。
ダマスクローズは、Color of Lifeの初日に、石丸さち子さんに差し入れさせていただきました。
(御礼のメッセージにきがつくのが遅くなってしまいました)

そういえばvoiceで会場で紹介してもらったファンの方もテラクオーレ好きだといってました。
またダマスクローズのハーブティは補充しなくては。

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皆声; 龍真咲 真風涼帆 美弥るりか 月組Voice 
   

  

おお試しに検索したらAmazonでも売っていますね; 出先から帰るときの成城石井やカルディや自由が丘ガーデンなどで買って帰っているというのに!
お近くにない場合はどうぞ。



全種類ありそうですね。。おそるべしAmazon.




  

テラクオーレもありました。。。なんでもありますね...

でも私はテラクオーレは実店舗または公式オンラインサイトで買っています。
ギフトにすることも多い(自分が使っていていいと思えるものを贈る派)
バラのカードをお求めいただいた英さんにおためしで差し上げたのもテラクオーレです。

http://terracuore.com/

自分のためのポータルリンク。

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2枚目の写真に金具が写ってますが、ローラアシュレイのチェスト・オブ・ドロワーズですね
アイビーも新芽がでています。アイビーも小さいポットから育てました。けっこういいアーチやフェンスに絡まっております。友達のかたアイビー欲しい方、お近くならさしあげます(笑)
でもだいたいアイビーはあります;と断られる;
ばらの蕾の写真は次回に。
フランス語綴り間違えないように。まだ風邪?で頭痛と体がいたく喉鼻が・・・リアルにハーブティをいれます。

四月二日か...亡くなった祖父の誕生日ですね.


ブログネタ
2015年の抱負は? に参加中!
ブログテーマ:2015年の抱負ということで、短く抱負を。

1 おくらいりになってるピレボスについてまとめる。
  
2 名古屋帯を結ぶ。(全然練習できてない)

3 語学。イタリア語、ラテン語。フランス語復習。外語学校に通おうかな....と去年も思っていました。

イスタンブルに行きたい。書道か華道を少し学びたい。


写真はトルナブォーニベアッチの冬のテラス。

そして2015年春には、古典文学と神話、寓意、イコノロジーやアトリビュートについてのコラムを担当させていただいた書籍が出版される予定です。
2014年の半ばは、文献表の整理、暮れは赤入れ作業をしていました。







ローマ人の名言88
山下 太郎
牧野出版
2012-01








ピレボス (西洋古典叢書)
プラトン
京都大学学術出版会
2005-06




それとは別に、元旦に実家にいったときに、硫黄島へいき内地戦闘になる前に帰ってきたという祖父がずっとつけていた日記を整理することを、祖母と父から許可を得たので、整理したいと思う。


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清水寺からの遠景古都。


「記憶の場」としてのリソルジメント

リソルジメント(risorgimento)のリは「再び」あるいは「復元」の意、ソルジメントは(立ち上がる)あるいは「興る」という意味の動詞ソエジュレ(sorgere)が名詞になったもので、合わせて「復興運動」「再興運動」と訳される。その実態は19世紀イタリアのナショナリズム運動である。

「記憶の場」としての「第三のローマ」

イタリア半島に住む人々にとって、「ローマ」はたんなる都市の名前ではなかった。たとえローマから遠く離れた所に住む人であれ、ローマという言葉がイタリアを、イタリアという言葉がローマを瞬時に想起させるように・・・(中略)

「通りの名前にみる「記憶の場」

通り、広場、橋などにリソルジメント運動やイタリア王国の成立にかかわる名前が付けられた目的は、イタリアが統一国家を樹立するにいたった歴史を再記憶化し、それを集合的心性として国民にすりこむための小宇宙をつくりだすことだった。)トポーニミ、オドーミニと呼ばれる。

・・・・

「ローマ連合」は、1779年のローマ市会議の選挙で絶対多数を占めることはできなかったが、勝利をおさめた。それは、ローマのブルジョワジーの多くがネーリ(黒色)と呼ばれた強権主義者に接近し、「ローマ連合」を支持し、グリージョ(灰色)になったともいえる。
 これに対して、民主主義者、急進派、フリーメーソンなどの反教主義者は、小学校における宗教教育の排除要求、ジョルダーノ・ブルーノの銅像の建立、ピーア門入場を記念する9月20日の盛大な式典を通じて(略)カトリック勢力と灰色になりつつある穏和派の分断をはかった。(P66)」 ブルーノに関する資料をみるとカンポ・フィオーリのブルーノ像が自然的にあるように書かれているが、以前から疑問だった。同時代に作られた像と異なるのは何かしらの意図があって作られるからである。ブルーノに関しては、カトリックが、ということよりも彼を訴えたヴェネチア貴族の良識の欠如が問題だった。しかし神の名のもとに裁判が行われる政教一致が問題だった。理性と信仰の分離は近代化の条件であり、血縁地縁と法の分離もまた必要条件だが、はたして現代の国内でこのことはどれくらい認識されているか。 ところで、ローマのリソルジメントがナショナリズムの実態を持つとすれば、フィレンツェのリソルジメントは市民規範としての再統一に根ざしている。このことはフィレンツェにおける戦中の反対運動にも表れているように思われる。 日本には戦中の反戦表明を都市ごとに行った例は観られないと言われる。つまり、一度全体性が表層すると末端までそれに覆われ、日々の生活が機能しなくなるまでそれが続けらるのだろう。 日本の近代史が不明瞭なのは何か蓋然と語られ、実態に迫れないためではないか。 〈黒船〉が来たから大政奉還にいたる選択がされたわけではないのではないか。恐らくもっとそれ以前に限界あるいは社会的には実態は変化していたのではないか。事の発端を、外部からの強制、他に求めるのは変化に対する無自覚よりも無責任を求めるためではないか。黒船とかGHQが、と雑に語ることで済ますならば、詳細がわからない。出来事を分析できなければ、変化する方法も維持する方法も解らないままではないか。 単純に歴史は比較できないが、近代化と戦国の歴史については、ドイツ、イタリアと差異を観てみることは有益だ。ドイツは過去の克服として歴史や民族問題を顧みて、自らの裁判、2000年代に入ってからも多くの映画を作成している。日本は失われた20年という時を費やして何を得たのだろうか。

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ジャック・カロ展観てきました。

ローマ時代のカトリック主題から、フィレンツェ時代、ロレーヌ時代、反動宗教改革、戦争、風景、アウトサイダーと時代と場所、主題別のセクション構成で見ごたえがある。

エングレーヴィングの技術、遠近法、建築、町並み、風景、動物のデッサンも狂いがなく、寓意表現もデザイン性が高い。

思ったのは、明るさがあること。デューラーなどに比べて、版画のイメージよりずっと明るさがある。それは明瞭さからくるのかもしれないし、過不足ない技術の高さからかもしれない。

フィレンツェ時代の町並みには、アルベルティが描いたあの無機質な町並みがとりいれられている。バロックとルネサンスの間、絵画から音楽とスタンツェ、後のオペラの先駆けになる文化が反映されている。

反対に、ロレーヌ時代には遠近法を使いながらも、人物配置は重要人物は大きく描くという、マザッチョ以前の表現になっている。享受する側が、遠近法のリアリズムではなく、中世的な認識方法をしていたためではないだろうか。
ただし、アレゴリーはギリシア風で、ヘルメスなどが描かれる。それが中世の七美徳のように配置されている。


平野啓一郎のセレクション企画にデューラーがあるので比べてみてもおもしろい。

以下、印象に残った作品。

サン・ロレンツォ教会の内部装飾
二人のザンニ
アルノ川の祝祭(扇状)
ド・ヴロンクール殿、ティヨン殿、マリモン殿の入場

連作<七つの大罪>
日本二十三聖人の殉教
福音書記者聖ヨハネ

水辺の散歩道
ルーヴル宮の見える光景


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反動宗教改革は、対抗宗教改革と記載されていたが、たしかに対抗宗教改革のほうが言葉としてあっているかもしれない。


6月15日まで。

マニエラな気質で描かれ、バロック的な演出、構図を持ち、ルネサンス時代に見出だされたリアリズム、洗練されたカトリシズム、風刺と風景の共存とでもいうべきか、とても見ごたえがあり、文化世相も伝わる展示。

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有(ある)と非有(ない)これらについて一つの例を。というのは、意味や価値というものが酷く一面的になっている、と思われるため。

以下、「中世哲学史物語」聖アンセルムスの項の説明ページから引用。

−−私は思い出す、オーディションのためにチネチッタ映画撮影所にやってきた美しい少女に、有と非有との違いを説明しなければならなくなった日のことを。

「で、きみは何をしたいの?」
「女優か、ヴェリーナ(テレビ・アシスタント)の仕事をしたいです」
「じゃ、君が女優になりたいのは、有のためなの、それとも非有のためなの?」
「有のためです、女優になるためです」
「オーケー。じゃ、女優の有がどういうことで、女優の非有がどういうことか説明してあげるよ。きみが女優をやり、有名となり、雑誌の表紙にきみの写真が載り、サインをしたり、テレヴィに客として出演したり、たくさんお金を稼いだりしたいのなら、いいかい、こういうことはすべて、女優のノンエッセレ、つまり見せかけなのだよ。」

今日ではエッセレのように仕掛けることで、背後にいるさまざまな人びとが(実践にはかかわらない)利益を得るシステムになっている、とでもいうべき、かもしれない。
今日では、見せ掛けが本当のように思われている。

現に見せ掛けで得るものが、いかほどのことか。
だがこの見せかけですら、容易には動いてはいかない。ノンエッセレなしの生き死にがむしろないかのように思えることが・・・問題なのではないだろうか、と思うことがある。

ともあれ、上の対話は以下のように続く。

「じゃ、有とはなんですか」
「君の目の前にいる人が笑ったり、感動したりするのに気づくとき、君が内心に感じるもののことさ。だってね、そういうときにきみは”ほんとうに”女優になったこと、つまり、きみのものではなくて作家のものだった感情を、観衆という他人に伝達したことを悟るのだからね。しかもこの気持ちは世のあらゆる職業にも役立つだろうし、ひょっとして、無職の人びとにも役立つだろうよ。」


あらゆる生には有がある、召命とはこうした意味のもとにあるのだと私には思われるのだが、基本的な構造が近代に基づいているにもかかわらず、中身は不合理であることがままある。要するにシステムだけが近代化しているように「見せかけて」あることが問題なのではないだろうか。

そして仮に、「エッセレ」を実現している人がいたとしても、それを無視するか理解できずに、見せ掛けを追ってしまうのではないだろうか。

ルチャーの意見や、サン・デグジュペリが書いたことは正鵠を得ているのだが、「生きなければならない」と絶対化された人間は果たしてこの矛盾をどう位置づければよいのか。
ことは楽観的とか悲観的といった問題ではない。

しかも有をに近づくほど・・・、ノン・エッセレの立場にはもはや戻れない。
これが多くの人がもつジレンマなのではないだろうか。

(もはや、気晴らし程度では済まされない問題となってくる。そして、それほど気に病むことでもないとか、大したことではないとか、楽しみが足りないとか言われることのほうが・・・ダメージが大きいのではないだろうか)

実践とテオリア、探求は本来は切れていないはずである。切り離されたときに、それらはまた有機的な繋がりを失い、「ことば」自体も・・・「物質」もなくなるのではないだろうか...つまりより「有(ある)」をもとめるべき立場の人が実のところ「非有(ノン・エッセレ)」を目的としていることに無自覚になりそれが「あたりまえ」となるとき、「得ていた」と思われたことが「失われて」いるということがおきているのではないか。


http://love.blogmura.com/tment_tbe/10931/wcnslwc2tfh5

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ドナート、ドナテッロの魅力について「明確」に語ることは果たしてできるのだろうか? 多くの優れた、長い間人々を魅了する作品は、語りつくすことができないがゆえに、常に多くの人の目をひきつける。

ドナテッロの「ダビデ」あるいは「メルクリウス」はドナテッロの魅力に満ち溢れている作品である。
「聖ゲオルギウス」、「踊るプットー」、「ユディットとホロフェルネス」の魅力のすべてを一つに集めて、なお余りあるようなブロンズ彫刻である。
360度から観られることを念頭に造られた彫刻は、一つの作品、一つの主題に、多元的な思索と視点を包括している。
ここで多くのことを語れないが、例えば、アンソニー・ヒューズが指摘したように、「私たちは作品の裏側に私たち自身を観たがる」という傾向がある。

たしかにその通りなのだが、しかし個々の解釈をすることを、見る側は臆することはない、と私は思う。
それは、作品にとって、観る側の人々の目は前提であり、観る人が何かを受容すること(受け取ること)がその作品が「生きつづけている証」なのだから。
ただし、観る側、つまり私たちは作品に対して謙虚に、沈黙の中で対峙しなくてはならない。作者と作品が無言で放つ言語や意図を受け取るために、鑑賞者にとって必要なことである。
観客なしの舞台がないように、読者なしで書物が書物で在る事のないように。

優れた造形物は言語を凌駕する。
それと同時に、優れた造形物は極めて言語的であり、理論に基づいている。
それゆえに、自明のような自然さでそこに佇むのであり、人をひきつけて止まない。

ドナテッロの彫刻における精神は、相反するものを一つの形にし、しかもそれが超越的かつ調和的であることである。
このことはいつか詳細に書くことができればいいのだが、これは彼自身の気質や周りの人々との関係なども反映されている。つまり経験、環境もまたそこに影響しあっている。
ブルネレスキ、コジモ、そしてフィチーノとの関わりはどうなのか、また歴史的にみると、ロレンツォ・イル・マニフィコの死の前後とポリッツィアーノとミケランジェロとの関わり、プラトニズムとフィレンツェの関わりなど興味はつきない。
アレッサンドロ・フィリペピ(サンドロ・ボッティチエリ)はその転換がもっとも影響を与えてしまった画人のようにもみえる。

作品は多くを語るが、即物的に眺めていても解読できないこともあるのではないだろうか。その周囲や社会的状況、思想史をみることで、なぜその作品が際だっているのか、その理由を見つけることができるのではないだろうか。
しかしそれは「あら探し屋」のような言動によってではなく、「よさ」を受容し理解して生かしていくために必要なのではないだろうか。


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「ユディットとホロフェルネス」はパラッツォ・ヴェッキオの広間に現在置かれている。(フラッシュをたかなければヴェッキオ宮内は撮影可能)
外に広がる大きな窓からは、ブルネレスキの大聖堂ドーム、ジョットの鐘楼などが眼前に見える。メディチ家追放のあと、次々に場所を移動させられたドナテッロのユディットだが、ここならばブルネレスキの仕事も見え、フィレンツェの街も見渡せ、「ダビデ」や「踊るプットー」が置かれているバルジェッロの塔も見渡せる。

作品に相応しく、作者がおそらく心休まるような場所になるべく置こうという、細やかな配慮を感じるのは私だけだろうか?


ヴァザーリの『ルネサンス彫刻家建築家列伝』(白水社)から、このドナテッロの晩年の傑作ユディットについて引用させていただく。

「フィレンツェの政庁(シニョーリア)のために、彼は政庁前広場の開廊のアーチの下に置く鋳造作品を作った。それはホロフェルネスの首を切り落とすユーディトで、たいへんに卓越した技量のほどを示す作品である。ユーディトの衣服や容貌の外面的な単純さをじっくり観察していると、その内側にはこの女性の剛毅な魂と神の御加護がはっきりと認められる。一方、ホロフェルネスの表情には酩酊と眠りが、生命が絶たれて冷たく垂れ下がった四肢には死が見てとれる。(略)彼はこの作品に非常に満足したので、他の作品ではしたことがなかったが、今日でも見られるように「ドナッテッロ作」と自分の名前を刻んだ」(森田義之・上村清雄訳 P.158)

ヴァザーリが言うとおりユディットの容貌と表情からはリアリズムとそれ以上にユディットの内面性が克明に現れている作品である。そしてホロフェルネスについては、ヴァザーリはその身体には死が見て取れると書いているが、それ以上に私が感じたことは、、腕は死によって物質と化した脱力した身体の表現が、脚は今まさに息絶えようとして苦痛のために極度に緊張した身体の瞬間が刻まれていることである。つまり、ホロフェルネスには死と生命の両方が刻まれているブロンズ彫刻であり、しかもその表情は苦痛よりも永遠の眠りと酔いが表されている。ユディットの理性と狂気の共存した表情と対照的ながら、一つの作品として調和して現前しているのを、私たちはみることができる。ドナテッロの作品はどれも、多かれ少なかれこの両義性を持っていると私は思うのだが、二人の人物を一つの作品にしたものとしても、その完成度にしても稀にみる作品である。

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ユディットの前に広がる大きな窓からの風景。
ブルネレスキ、マザッチョ、ドナテッロは友人同士でもあり、思想的なリーダーはブルネレスキであった。バルジェッロ博物館のドナテッロの間には、ギベルティとブルネレスコの「イサクの犠牲」も一緒に展示されている。
ユディットといい、バルジェッロといい、とにかくも去りがたい場所である。

ルネサンス彫刻家建築家列伝ルネサンス彫刻家建築家列伝
著者:ジョルジョ ヴァザーリ
販売元:白水社
発売日:2009-01-16
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ハリーズ・バーはイタリア、Firenzeのアルノ川沿いにあるお店です。夜はドレスアップしたお客さんが多く、かといって気取り過ぎないお店です。桃色を基調とした壁紙やテーブルクロスは名物のカクテル「ベリーニ」をイメージしたものでしょうか。照明やインテリアととても合っています。

写真はシェフからの前菜の前に...との心遣いも一品。
アペリティフは、やはりベリーニがお薦めです。あげたてのフリットも出してくれました。プリモ・ピアットにはトルテリーニなどがおいしいですし、お店の名前が冠された「ハリーズ・タルタル」もお薦め。テーブルで仕上げてくれます。
ワインは、キャンティ・クラシコが28€程度(ボトル)なのが嬉しいところ。
アンティパストは、頼めば最初から取り分けてきてくれます。シェアしたいといえばOKです。席で料理を取り分けるのはやめましょう。
コントルノ(付け合せ野菜)はスピニッチ(ほうれん草のペースト状)がお薦めです。とても美味しい。温野菜好きにおすすめです。

日本も、ワインで儲けをとるような「レストラン」でなければ行く気にもなりますが、最近はそういう店は減りました。ワイン=高級品という価値観やグルメのような価値観が、本当に美味しいもの、美味しいお店を結果的に排除しているような気もします...

因みに街中のデリなどでグラスワインを頼みたいときは、ビーノ(ロッソorビアンコ)ビッキエーレ、です。vinoに対する日本語がワインなんて最悪だ、もし訳するなら葡萄酒ではないか、と言っていたのは塩野七海さんですが、私もまったく同感です。そう思います。

ところでローマ字というだけあって、基本的にローマ字読みです。
そのまま読めば、そして相手に伝えたい気持ちがあればイタリア語は通じます!
言葉は思考と気持ちを表すもの、相手に伝える道具なのだということを、そして私はあなたのことを認識していますよ、ということを表すものなのだということが実感できます。
そして本来言葉や言語や会話・対話はそうあるべきなのではないか、と思うのです。

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blogにも少しは載せているものの、4トラベルで写真ブログパーツが出来たらしく、サイドバーに設置してみました。今後、時間があるときに写真を追加できればいいと思います。
※この機能良かったのにサービス終了しましたよね。

フィレンツェは前回バルジェッロ美術館へ行きそびれたのがもの凄い心残りです。

現在、義務的な調べ物中にかかりきりという事もあり、もの凄く気になるのです。自分で確かめないと気が済まないという性分です....が我を通せるほどでもなく、心配事も重なっていることもあり。
でも今一番の望みはフィレンツェに滞在すること。

ドナテッロ、ベロッキオ作品、アルベルティ、ヘルメス文書とプロティノスの痕跡、カーサ・ヴォナローティやリッカルディ宮など、疑問と確かめたいという思いに駆られてしまいます....アッシジ、ラヴェンナもですが、やはり土地勘があるフィレンツェです。ただ、今年の春以降体調は芳しくないので、忙しい時期が続いているなか体力的耐久できるのかどうか、・・精神的にはそれ以上満たされることもないように思うのですけれど。

写真は、ピッティ宮殿からボーボリ庭園内通路(フィレンツェ市街地へ下りていく下り坂の道)すがら撮影した街並み。
いつも出掛けると大抵大雨・悪天候にあたりますが、この日は本当に素晴らしい晴天でした。






ルネサンスをテーマにイタリアに行くなら、最初は、Venezia、Firenze,Romeの順、またはFirenzeからRomeへいくのがいいかと思います。
3都市2日ずつ、またはローマから入りFirenze、またはVenetiaで帰途につくといいかもしれません。
私は最初はVinezia《マルコポーロ空港)から入り、ローマ発でした。
イタリアは最大3都市が限度。みるものが多いですから・・・・

イタリア、ロンドン、ノルマンディーに行きたいですな。それからシャルトル。


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このイラストガイドはとてもおすすめ。
読み物としても、旅の計画を考えるにせよ。

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ここのところ少々疲れがたまっているみたいです。
雨も冷たい。薔薇や植物にはよいのでしょうけれども、とはいえ年度末、月末。

You may Deray, but time will not. という気分で、休んでもいいときも、これだけはすませてしまおう、という感じです。(貧乏性な性分なのです...)
そのせいか、、進歩主義ではない、永劫回帰の歴史観をもつギリシア時代の歴史家の考えにより惹かれてしまうのかもしれません。

ところでBECKが来日公演をするようで、ZEEP東京の公演は少々(というかかなり)気になったものの、やはり今回は見送ることに...どうもベックは3月末に公演が多く、その時期は大抵(たまたま?)私は国外にいっていたりすることが多く、実は初来日の川崎クラブチッタ公演しかみたことがなかったりします。しかし、そのインパクトとライブアクトはいまでもベスト5に入るものだと思います。彼のライブは玄人そのものという感じでしてプロミュージシャンがバンドライブをやっているという状態でひたすらパワフルだった記憶が。当時は私も20歳前でしたし(高校生かもしれない...)それでも記憶に鮮明にのこっております、ギターとブルーグラスを引きながら飛び跳ねまくるベックが・・・
今回のビジュアル写真もよいですね、アメリカのアーティストではベックが好きですね。ベックはおじいさんがフルクサスのメンバーで、そのデビューまでの軌跡はなかなか地道なものがあり、自伝的な本がシンコー・ミュージックから出ていました。

アルバムとしては、「メロウ・ゴールド」はともかく、やはり私は「SEA CHANGE」が好きです。

あまりCDの話題を書いておりませんが、それでも必ず渋谷に行ったらタワーレコード本店の上から下まで巡るのが常です。

マニックスは日本の夏が大のニガテ(we love the Winter の歌詞は実感と彼らの社会的スタンスの両方にかかる歌詞ですね)で来日するのは私が大の苦手の冬で1月か2月ですが(昔は5月6月が多かった)、ベックは桜の季節が好きなのでしょうか?

私はあまり..桜の季節にそれほど惹かれなかったりします。ヨメイヨシノに惹かれず、山桜は好きです。桜への感慨は、『フローラ逍遥』で澁澤さんが書かれていることとほぼ同じ気持ちです。和菓子好きなので、桜餅は好きです(笑)
この時期に、奈良へ行くと、春らしい緑を多様した凛とした和菓子がたくさんあって一つずつ買っては宿でお茶と一緒に頂いたりできるのを覚えています。
奈良の法隆寺でみた桜と、明日香村の石舞台近くでみた桜と菜の花は美しかったですね。とても静かで、時間が止まったかのような、留まることのないような場所です。

写真は、ローマでとった春の花、現地で尋ねたところ、ユダの木と呼ばれる木です。
あの「ユダ」から名前がとられているんでしょうか。
ティベレ河沿い、街中にたくさん咲いていて美しい花です。
(ですがあまり現地では気にしない模様(笑)


これから週明けにかけて一仕事終えなくては。
その合間の追想的な更新でした。

Sea ChangeSea Change
アーティスト:Beck
販売元:Geffen Records
発売日:2002-09-24
おすすめ度:4.5
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フローラ逍遙 (平凡社ライブラリー)フローラ逍遙 (平凡社ライブラリー)
著者:澁澤 龍彦
販売元:平凡社
発売日:1996-10
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澁澤龍彦全集〈21〉 うつろ舟,私のプリニウス,フローラ逍遥,補遺1985年
著者:澁澤 龍彦
販売元:河出書房新社
発売日:1995-02
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Forever DelayedForever Delayed
アーティスト:Manic Street Preachers
販売元:Sony
発売日:2002-10-29
おすすめ度:5.0
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The Archive Interview SeriesThe Archive Interview Series
アーティスト:Manic Street Preachers
販売元:Archive Interview
発売日:2009-03-30
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Masses Against the ClassesMasses Against the Classes
アーティスト:Manic Street Preachers
販売元:Epic
発売日:2000-01-10
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A Design for Life
アーティスト:Manic Street Preachers
販売元:Epic
発売日:1996-04-01
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