ピレボス (西洋古典叢書)
プラトン
京都大学学術出版会
2005-06-01



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『ピレボス』(プラトン後期対話篇)とマルシリオ・フィチーノによる『ピレボス註解』をめぐり、善の問題をおそらく2010年前後から取り上げてきた。今回(2017年12月)京都において発表の機会を頂きパワーポイントはプラトニズムとプラトン受容がどのようにFirenzeのルネサンス(人文学者たち、市民的共和政から連続するローマ-アリストテレスープラトン(プロティノス-Firenze公会議以降)の状況と、「ピレボス」を重視したコジモ・デ・メディチとマルシリオ・フィチーノの考えをまとめたものを発表した。

パワーポイントは機器の都合で実は適切に用いられていないのだが(プラトニズムとプラトン受容(Firenzeとルネサンス)については発表はこれまで2回している。(三田の北館ホールと南校舎にて)

今日的な状況も含めて、人間が採れる、判断できる善(good あるいはよりましで適切な判断とその時宜)に関して、まだ青年であるフィチーノとピレボス翻訳を依頼したコジモのやりとりは日本語では翻訳されておらず、読まれるかたもそこまで多くはないと思う。加えて、プラトン「ピレボス」は20世紀になってからほとんど参照されてこなかった対話篇だともいわれている。ぜひプラトン「ピレボス」は翻訳もあることであるしお読み頂きたいのだが、書簡の一部を抜粋しておきたい。

 M.Ficino The Letter of MARSILIO FICINO P.32 Cosimo de Madici to Marsilio

コジモ・デ・メディチからマルシリオ・フィチーノへ
 

「昨日、私はカレッジへ行って来た。それは私の心を耕すために行ったのであって、自分の土地(領地)だから行ったのではない。
マルシリオ、できるだけ早く私のところへ来てください。「最高善(高貴な善)」についてのプラトン対話篇(
The Philebus)を持ってきて下さい。
あなたが約束したようにギリシア語からラテン語に訳し終えいると想定しています。
私には確かな幸福について考えることの他には、心から欲しいと思うものはもはやありません。ごきげんよう。此方に来る際にはあなたのオルフェウスの竪琴を持ってきてください。」(筆者訳)



 ”

フィチーノからコジモへの返信の書簡に注目したい。(筆者訳)

「善のさまざまな特質は、正義、忍耐、気質、なかでもとりわけ知恵(wisdom--まさにこれが幸福の全本質を包括するものですと同様に、豊かさ、美、強さ、生まれの高貴さ、名誉、力、思慮深さであるといわれます。なぜなら、幸福は願われた目標がうまく達成することの中に存在します。ただ知恵だけがこうした得ようとするさまざまの善の特質を行使できるのです。それゆえ、笛の名人は自らの楽器を通して最善のものを得ます。熟練した文法学者は読むことと書くこととそのように関係しているのかをもっともよく理解します。
賢明な船主もまた航海の中でほかの者たちより先に良い港へと到着します。そして賢明な将軍は、最小の危険をもって戦争を導きます。賢明な医者は人の身体の健康を一番良く回復させることができます。
このように知恵の力によって、私たちは自分の求めるものに応じて、それぞれの人間的行為の支配者になれるのです。(中略)人々は、自らに授けられた才能の助けを借りなければ幸福にはなれません。(中略)
また使う事だけでは十分ではありません。なぜなら、それを悪く使えば、助けることよりも傷つけることにもなります。ですから、私たちは所有するものを使う際に、適切さを付加したのです。正当さをもたぬところで自らの才能を使ってはならないと。(略)
善とよばれる上述の特質を持たない人は彼ら自身の内部では善なのです。もし彼らが無知によって支配されているとするならば、彼らは、彼らが多くの犯罪の手段を悪しき指導者に与え得るという限りにおいて、その正反対であるものより一層悪くなるからです」[1] (コジモの書簡へのフィチーノの返答から抜粋)



[1] M.Ficino The Letter of MARSILIO FICINO P.32-34 



*高貴さというのはただちに共和政からより君主的になっていたメディチ家のことを指すというよりも、当時の有力家を指したものであろう。これは私見だが、近代において多数の人々の教育の底上げを成されなかったことは今日のポピュリズム(かつてブルデユーが指摘したようなTV批判・・・加えていまではティモシー・スナイダーが指摘し懸念が広がるようなネット型ポピュリズム、劇場型政治、レイシズム等ファシズム等)の問題点だと感じている。そこは再考すべきところだがフィチーノのままの言葉で使う。ちなみに貴族社会的な高貴さという意味ではない。封建制ではないからだ)




いかがだろうか。
この言葉は、選択によっては正しい港や適切な選択、理想には多少遠くとも次善の策を選ばねばならないという状況(今日の日本の状況はそれに類似するとわたしは思っている)に似ており共通する問題点があると思っている。

残念ながら、人文科学や歴史研究をしている方でも、産軍学を研究題材にする方は増えているように見え、また戦争経験がないゆえに高齢なかたでも、中世近世の戦争の歴史は面白いと容易に賛辞をおくっているような事案を散見する。いくら彼らが讃美しようとも、私が懸念するのは、今の10代、それ以下の子どもたちに戦後の平和享受どころか、戦前へすすむようなことが賢明な判断なのかどうか。
懸念している。

私の祖父が硫黄島へいき(肺炎で帰還したため現地の様子はよく聴いている)、祖母は東京大空襲にあい家をやかれたし、隅田川へ水をもとめてやけどを負い、東京から北関東まで子どもをつれて歩いて帰ってきた母のおばは凄惨な負傷者の姿をみながら戻ってきたが1週間あまり口もきけず呆然とするばかりだったという。

何が重要なのかわからない、という人にはおそらくわからないのかもしれない。
しかしながら、プラトンの「ピレボス」とその「ピレボス」を重視してきた伝統は、再考されるべきだと思っている。

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適時使おうと思っていたパワーポイントの図像・写真についてはFB上に乗せるかもしれません.
*訳しているときに高3生で世界史履修者の人にも書簡抜粋部分を読んでもらったが関心はとても高かったことを付言しておく。