現在シーズン5放送中。動画リンクは先日挙げた備忘録クリップの続きです。好きなパフォーミング。
http://foxmember.jp/dvd/tv/ikemen_cp/


ところでFOXでこんなキャンペーンが...しかしネーミングが恥ずかしすぎて参加する勇気がありません!! 花のほうが好きだし...
ブログ管理者向けの設定整理ページを観てたらでてきました、いや、どうやっても目に入らないわけがありません。確かにカート役のコルファー、ニール役のマット・ボマーも好きです、こういう比較にはブレイン役のダレン・クリスは入ってくるようでこないような気もしますが。
恥ずかしいのはネーミングに加えて確かに検索を使いましたけどね、という履歴機能主義的な表示が効きすぎていることに対してでもあります...。
抵抗を感じるのは私はあまり顔がどうのこうのというのはなくてですね...バランスでみることが多いです。こういう感覚で観る美意識というのは男性脳らしいです。女性はパーツごとにこだわりがあるらしい、そういえば私自身パーツをどうのこうのというのはないですね...
話がそれましたが、それから役柄に合っているか、上手い、いいね(Sounds good)的な感じです。人に関しては静止画ではなく動いているところに興味があるというか...

何が言いたいか。日本語はもう少し「いいね」ということを的確に表す努力が必要ですよ!
英語のほうが豊富だと最近は感じるのは、受け手である我々(読者、視聴者)の表現が乏しいからではないでしょうか...

パソコンになってから変換されない言葉は消えていっているように感じましたが、スマートフォンになってからはどうも、自動変換されない言葉は消えていっているようにも感じます。
どなたかが言ってましたが、スマートフォンは入力する力はとても低い。既存携帯のほうが入力能力はある。(ガラケーという言葉を使うのはあまり好きではない。スマートフォンを持つことが前提になっている語だし、ケータイというのも携帯電話を持つことが前提になって使われる言葉だから)しかし出力は多い。
スマートフォンは入力できる能力が結局低いので、簡単な情報発信に変換される、と感じます。それは何か作為的・意図的なのだとしたら、発信機会は多大になりつつも、量、質などは低くなるわけで、webの情報量は増えていく一方でそのクオリティはどうなのか、つまり結局のところ共有したはずの情報や知識はどうなのか、という問題がある気がするのです。
新しいマスメディアの問題が生まれている気がしてならない。

ところでややネガティヴな猜疑はあるものの、WEBが凄いと思うのは、どんなマイブーム到来でも調べると先駆者がいることです!単に2000年代以降は自分の時間があまりとれないこともあって私がリアルタイムに遅れているのもありますが、どんなにニッチな事柄でも先駆者がいて情報をまとめたり、リコメンドしていることです。当時のこともわかりますし好きなものについて書いている個人のサイト・記事というのはとても参考になるものです。好きだから発信する、それに尽きるわけですから...
こういうことは本当に凄いことです。記事を書いている運営者さんやWEB技術者に感謝です。


私もこうした記事を書いているのは、何かしらの経験的指標になればとの思いからで、それは自分が個人の発信者さんから得たものへの感謝なのです。
人それぞれ何かしらの価値性質や志向はあるわけで、それらを共有したり経験的に語ること。
これは大切な場だと思います。誰でもアクセス可能、パブリックな場ゆえの配慮も必要です。
WEBログからblogになり、最近ではトラックバックの機能が無かったり、批判的な記事は管理されて削除されるようなブログもあるようですが、その機能だったらcgi時代の個人日記のほうがずっと良かったと思うのですけれど、こんなことを思うのは私だけではないはず。

ところで、最近思うのは敬愛することの意味です。
人はその人自身をけなされるよりも、その人が好きなものをけなされたり悪く言われたりするほうが感情的になるそうです。
自分よりも、それ(人、もの、潮流、傾向、主義主張等)を悪く言われたら反論する、容易には受けいれない、というものがあればそれは敬愛しているのだろうな、と思います。
感情は比較の問題のようで、そうでもない。本質に有る程度根差しているものだと思う次第。

完全に同意するということがなくとも、それに全批判的な意見にであったときに、いいや違う、と言わざるをえない気持ちになるとき、それが敬愛するということなのだろうと感じる。

最初の問題。ネーミングが違っていたらキャンペーンに参加したかどうか?
それはもちろんSure,です。ネーミングは重要です...