友情について (岩波文庫)
キケロー
岩波書店
2004-04-16




キケロー 『友情について』

キケロー『友情について』『老年について』は二大読むべきものだと思っている。しかも度々読み返す方が良い。


23節 
「友情は数限りない美点を持っているが、疑いもなく最大の美点は、良き希望で未来を照らし、魂が力を失い挫けることのないようにする、ということだ。それは、真の友人を見つめる者は、いわば自分の似姿を見つめることになるからだ。
それ故、友人は、その場にいなくても現前し、貧しくとも富者に、弱くとも壮者になるし、それは更に曰く言いがたいことだが、死んでも生きているのだ。」


他を媒介して二度三度と甦ることを後にマルシリオ・フィチーノが『饗宴注解』に書いている。フィチーノを読んでからキケローを改めて読むと、初期ルネサンスの人文主義者らがキケローを規範にしていたことをフィチーノも受け継いで自らの説に取り入れているのが解る。
つまりアリストテレスは友情をそれほど評価していなかった、ここにプラトンと新プラトン派を融合してもおそらくはフィチーノの立場は生まれていない。(この価値観は長く欧州の伝統となっている)アリストテレスのフィリアにプラトンのエロース(愛)を加味しただけでなく、レプブリカの礎としてのキケローが不可欠なのだと思われる。

レプブリカ(共和国)、パブリシティの基礎としてキケローは高等教育で学ばれるべきだと思うのだが。

44節

そこで、友情の第一の掟をこんな風に制定しよう。
「友人には立派なことを望むべし、友人のためには立派なことを成すべし。頼まれるまで待つべからず、常に率先し、逡巡あるべからず。敢然と忠告を与えて怯むことなかれ。善き説得をなす友人の感化を友情における最高の価値とすべし。勧告にあたりてはその感化を率直に、かつ必要に応じて峻厳に用い、感化の及びたる時は従うべし」


Cicero
LAELIUS DE AMICITIA
44B.C.

以前も引用した記憶があるのだけれど、こうしたものを共有すればよいと思う。


一般的に新年度は友人関係に悩む季節らしいので読み返してみた。
キケローが書き残しているのは、その当時もそれを明瞭にする必要があったからであろう。
事実、友情とは呼べない事例がたくさん上がっており、それを整理するうえで条件づけを行って語られていくのだから。キケローの生年は紀元前106年で没年は紀元前44年。

友人とは何か、どのような存在を友人と呼んでいたのか。
今日ではどうなのか。その問題点は何か。