P1230025



「百科全書は十巻本として、分割払い可能ながら280フランの値段で刊行された。各項目がその部分にもっとも精通した人に委ねられていたのである。だが、もっとも重要なことは、初めて著作が有力者たちにへつらうために書かれたのではなくて、ただ読者たちに奉仕するためだけに書かれたということである。」
(ルチャーの近代哲学「百科全書派」より)


丸善丸の内にて、貴重書展が開かれる。(10月9日から15日まで)
ディドロ生誕300年記念。

この仕事が完成したのは1772年であり、20年掛かった。


「ディドロは百科全書を考えた最初の人だった。(略)当初は出版者ル・ブルトンはいくらかためらった。百科全書は相当高くつくことになるだろうし、パリのような、大半は無学な人びとが住む都では、これを買うものも少なかろうと。だがその後、ダランベールも加わって納得させるに至り、ル・ブルトンも決心したのだった。」

百科全書派を手助けした人としては、当時の二人の億万長者、パリ人ヴァンサン・ド・グルネ、ポンパドゥール夫人がいた。両人とも自分の家を知識人たちや哲学者たちに開放した。このサロンに出入りした人々は、ミラボー、デュルゴー、エルヴェシウス、ビュフォン、デュグロ、フェルナンド、ガリアーニ神父が挙げられる。


物語近代哲学史〈2〉デカルトからカントまで
ルチャーノ・デ クレシェンツォ
而立書房
2005-07



百科全書派のガリアーニ神父(1728-1787)は、幸福と金銭を結び付けて考えることについて警告している。
数量的な過不足、それ自体が幸福から遠のく。『貨幣論』では、富裕な人々の貪欲さを批判し、そうでない人々には金銭や貴金属とを幸福と同一視しないように促したといわれている。
金銭をどのように使うか、ルネサンス期から近代にかけて、それらは所有する人々にとっての関心事であっただろう。百科全書は知が分散しないことも象徴づけている。


文理のへだたりはもちろんだが、分野の知が離れている実感を持つ人は多いのではないか。
今日こうした取組を提唱することがあるだろうか。文字が読めることで識字率は上がるかもしれないのだが、我々は読むべきものを読んだり、理解する必要があることを理解しようと努めているだろうか。

今日とて書き手は読者のことを考えて、あるいは言葉が生けるものとして独り立ちできるように書くことに努めているだろうか。人の認知欲は、よくもわるくもこのことに関わる。

書くことはむしろアイデンティティの強化のためではなく、無私に近づき言葉そのものが生きるように書かれ、それがうまくいく時にのみ、テキストと名前は結びつく(ように思われる)


言葉や知識探究は、古代人たちが求めた「不死に肖る」ことの一部である。時間感覚・認識の問題なのか、「長き」を求める人はいても、より善いようにと考える人は多くはないだろう。
これは素朴な感慨なのだが、それを公共知として考え、必要性をどのくらい認識できているだろうか。


300年後には、我々の今日は何が価値として遺されるだろうか。


百科全書 序論および代表項目/ディドロ/ダランベール/桑原武夫
百科全書 序論および代表項目/ディドロ/ダランベール/桑原武夫



ドゥニ・ディドロ
法政大学出版局
2013-09-30




このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット

トラックバック