私たちを"漠然と"困らせたり、怖がらせたり、絶望させたりするもの、
中世ではそれは至福千年説で、1000年の日に世界が終ると思われており、その前には人々は(最期の審判が近づいたと思われたため)いたって善良だった、らしい。
だが、何事もなく、1001年になり、人は前よりも悪いことをし始めた・・
こういったことは、じつのところ今日にも残っていまいか
(近代が実は中世の連続だというのは、考えてみる余地があるだろう。
たとえば廃藩置県のあとなおもこれほど狭い国で47都道府県もあるとは!ドイツの小国君主時代ですら(たしか63国であり、アメリカはあの国土の広さで55州である。・・・)
2001年9.11のNYや、2011年のエジプトも、なにか・・・この千年単位あるいは10年単位で、ある心理作用が契機になっていないかどうか。
だいたい2000年になる瞬間に、コンピュータが機能停止になると、日本のテレビでも騒いでいた。そして「めでたく」2001年になったとき、近代国家の大半は花火をあげて喜んでいた!

物語中世哲学史 アウグスティヌスからオッカムまで
ルチャーノ・デ・クレシェンツォ
而立書房
2003-11-25



以下はルチャーノが語るところだ。

「実はわれわれがどの年に生きているかさえ、知るのは難しい。われわれ自身、それはわからない。ヘロデス大王が紀元前4年に本当に死んだ、したがって、キリスト没後4年に嬰児虐殺を命じることができなかったとしたら、また6世紀にディオニュシオス・エクシグウスが、16世紀にルイジ・リリオが、太陽年の正確な持続期間を計る際に重大な誤りを犯したのだとしたら、イエスは誕生したと信じられたときには誕生しなくて、少なくとも紀元前6年に誕生したことになろうし、だからこそ我々は2003年ではなく2009年(したがって2014年かもしれない)に生きているわけだ。」

私がこんなことを書くのは、すべてを疑えといいたいのではなくて、何もかも信じ込むのは、だれにとってもよくはない、集団ヒステリーや、暴力行為を民主運動と混同するのはよろしくないと思うからであり・・・

アメリカの主流派は、まだ66%の人が聖書に書いてあることはすべて真実であると答えているのだから..私見では、我々にとっても無関係な話ではない(と思われる)...。
大量破壊兵器があるという開戦理由も、私はカプラのTURNIG POINTを読んでいたこともあって、あまり信じてはいなかった。「テロとの戦い」というスローガンも、行為というもの自体を標的とすることによって不鮮明で定まらないものに流されるような気がしたものだ。
(当然ですが、テロ行為を肯定するわけではありません。)

漠然とした恐怖感がもたらす実際的恐怖・人的被害・暴力などを避けるべきだ、と私はおもうのだが。より善くなる(なれる)と働きかけることのほうが重要だと個人的には考えているのだが。

1980年後半あたりから、なぜか至福千年説のように、「ヨハネ黙示録」が流行っていたし、異星人特集も妙にされていた。
無知な人はすぐに信じてしまうだろうし、ひどい場合には懐古趣味的にリバイバルされたりもする!
中世でも異星人や、超常現象について、また病気などの恐怖は蔓延していたし、説教師たちは怒って叫んでいた。今日では、TVコメンターが、あまり信じがたい説明的でない解説をしているのに少し似ている。



私見ではG.アガンベンはこの角度から、支配というものを見出そうとしている。私は、「ルネサンス」のあとにすぐ「北方宗教改革」が教科書的に書かれていることを問題視しているからかもしれない。
(というよりも、現在の歴史の教科書(義務教育)にはルネサンスもフランス革命も削除されていることが多いのだが...。)

個人的な近況としては、ようやく痛み止めを出してもらってきました。
なかなか時間を見極めるのが難しい時期です・・・・