スピノザは言っている

重要なことは
「笑うな、泣くな、嫌うな、そうではなく、理解すべきことを理解せよ」

”nec ridere nec lugere, neque detestari, sed intelligere.”

困難は多く、すぐには理解できないことのほうが実際多いものだ、と想う
スピノザは、ある時代、ある期間忘れ去られてきた。シェリングが再評価するまではむしろ傍流におかれてきた、という一面もある。
(近現代後期における人間の在り方、そして自然というものの有機的なつながり、十全ということについて一時期スピノザを研究しようと想ったこともある・・・ ただ最近、新プラトン主義の受容において、プロクロスからルネサンスをへてスピノザまで幾何学に関連して真なるものの探求を行ってきたという一説を読んで、今のテーマとの関連とも無関係ではないのかもしれない、とおもう面もある。)

この言葉は、かくいう私たち自身すべてに向けられている、と感じる。

成すべきことを成し、理解すべきことを理解すること、それにどこまでできるだろうか。そしてそれを他(例えば家族、仕事)といかに両立できるのか、双方での「由」とされる部分が食い違う場合、あるいは相反する場合、人はどちらを優先し最善とするべきなのか。
人は身体、精神その双方としても有限であり、そのことを痛感する。
しかし、いずれにしてもやらねばならない、と想う。できるか否かは私自身の問題であり、他にその理由やいかなる言い訳もできない、のかもしれない。