現在西新宿にて行われているウフィツィ美術館自画像画コレクション展。
(Autoritratti dalla Collezione della Galleria degli Uffizi.)

ウフィッツィ美術館は、オフィスの意する。ウフィツィからピッティまでをつなぐ回廊で、ポンテヴェキオの上を通過してる。
ジョルジオ・ヴァザーリが設計し(彼は画家、建築家、そして美術史家として「芸術家列伝」などを書く)美術館として公開された。ちなみにウフィツィは世界中の美術館の規範となった美術館である。図書館の規範はミケランジェロ・ヴォーナローティが設計したラウレンツィアーナ図書館である。この図書館にはサセッティの蔵書も収められ護られた。収蔵している本を公開するためにつくられた。当時フィレンツェではラテン語やギリシア語を市民たちが学んでいた。

プラトンの翻訳をすべてラテン語にしたのはマルシリオ・フィチーノである。医者の息子だったが、医学と学んだあと哲学を学び、プラトン、プロティノス、プロクロス、ヘルメス文書、イアンブリコスなどをすべてラテン語に翻訳した。最初から翻訳するためにギリシア語を学んだ。またレオン・バッティスタアルベルティ(「絵画論」を書いた)ら文人を結集した。

ヴァザーリの回廊には画家の自画像が納められている。
この回廊は特別な予約がなければ通常は入れない。ウフィッツィからポンテ・ヴェッキオ(ヴェッキオ橋/古い橋)の上を通り、ピッティ宮にまで繋がっている回廊ギャラリーである。

今回の展示にはジャン・ロレンツォ・ベルニーニ、マニエリスムの画家などの自画像が並んでいる。プリマティッチョ、アンニーバレ・カラッチ、レンブラントもある。ウォルター・クレイン、エミール・クラウスらの作品もある。すばらしいのはフランスの女流画家マリ=ルイーズ・エリザッベート・ヴィジェ・ル・ブラン。油彩の絵の具を薄く重ね、デッサン・色彩とも素晴らしく精緻である。
この展示は、小佐野重利氏のはたらきによって可能になった展示であるとのこと。小佐野氏は古代とルネサンスについての大著を書かれていて、おそらく図書館などで閲覧できると思うが、大変読み応えがある本です。

ルネサンスの人びとは、自覚的に活動を起こしていた。
古代から自然とその法則ー秩序を発見し、合理的な造形、建築を造る。
またウフィッツィの収蔵品は、海外から買い集めたものではない。メディチ家最後の当主だったアンナは、その収蔵品を寄贈した。彼女はすべての市民のものにしてほしいということが願い、今もその作品はある。もしそうしたことがなければこの美術館はないし、作品の多くはオーストリアであるとかほかのヨーロッパ諸国によって買い集められただろう。

美術史では、歴史、画法、様式、社会史もともに学ぶ。哲学や数学が必要な場合がある。ルネサンス期は遠近法を発明した時代でもある。線遠近法、空気遠近法などがある。画家たちは幾何学を用いた秩序づけられた空間、合理的で調和のある美を求めたし、時間の経過によらずに自立できる建造物を美的なものと実用的なものと両方をもとめている。この背景には、それまでに長く続いた周辺都市(自治都市としてのコムーネ)の戦争、ペストなどの災厄があった。
その後、ローディの和の40数年の間におきたのがルネサンス(リナシタ)である。

時間と物質の有限さの自覚のもと、自分の目的を持ってそれを達成することが求められた。私たちも含めて、すべての形があるもの物質は次第に形をなくしていく。こうしたことに気がついたときに、受動的になるのか能動的になるのか、人間は行動を自分で決めることができる。
欠乏を知ること、自分の欠乏を知り、それを自らもとめようとする力が個人の力を伸ばす。こうしたことは今日の教育において重要なモチーフを持っている。
自己認識から、自然科学であれ、人文科学であれ、その対象への認識も可能になる。

私自身も西洋美術史をイタリア・ルネサンス(リナシメント)からフランス古典主義、新古典主義まで学んだ。ルネサンスは古典古代を規範として参照しつつそれをのりこえようとする動きである。フマニスタスとヒューマニズムは異なるし、どのように合理主義が入ってきたかという問題もある。合理的思考と、合理主義を超えたものはあるが、後者は不合理ではいけないし、そうした了解を意味してもいない。

絵画は当時は「趣味」ではない。そしてまた芸術家という名前が生まれたのもこの時期移行である。
様々な価値と学問、人びとの希求によって作られており、完成度が高い。そして作品は皆、個人が所有するものというよりも、公開された場所に設置されていた。通常私たちが絵と読んでいる「タブロー」が普及するのは、もっと後の時代である。

今日日では、絵画や芸術、文学などはすべて趣味的、好み的(傾向性)によっているとおもわれがちだが、そういうことではない。価値観の変遷によって人びとが何を美として何を求めていたのかも分ることがある。人間の創造性や技術の細やかさを知ることも大切ではないだろうか。