東京バレエの「ジゼル」は以前アリーナ・コジョカルとマニュエル・ルグリが同東京バレエで客演。NHKでも放映されました。今年の公演では東京での公演のほか、各地でも公演がありました。
私は生憎仕事だったので、最寄の劇場での公演はいけなかったのですが、娘は10月3日の公演に行ってきました。通わせていただいているバレエスタジオを通してチケットを購入。開演前には指揮者とコンサートマスターのかたのトークイベントや8月7日には上野水香さんのトークイベントもあったようです。(こちらも事前に教えていただたのですが、夏は毎年多忙で参加できず・・・)

終演後、ダンサーの方にプログラムにサインを頂いたようで、喜んでいました。毎月レッスンしていただいてる宮本先生にはクラスのみんなでプレゼントを渡したといっていました。
その日の主役だった高岸さん、上野さん、ヒラリオンを踊った木村さん、長瀬さん、西村さん、高木さん、奈良さん、田中さん、小笠原さん、梅澤さん、高橋さんにもサインをいただいてよろこんでいました。

長瀬さんはノイマイヤーの「月に寄せる七つの俳句」をよく覚えています。
高木さんはリラの精、奈良さんは東京バレエ版のカラボスが印象深かったですし、高橋さんはやはりベジャールのKABUKIが印象深いです。

ところで文化は人びとが主体になってつくるものだと考えています。
西洋美術史の石鍋先生の話をきいたときに、「日本は名人の国」といっていましたが、つまり、価値とは、その時代とそこに生きていたひとびとが自覚的に作り上げるもの、保つものなのであって、例えば、外国で好評を得たからとか、評論家から絶賛されたとかそういうものだけで決まるものではないのです。観客は主体的に、作品を捉え、評価し、支援すべきなのです。どうも、有名とか、メディアによく出るとかそういったもの、外的な評価に頼りすぎている気がします。ルネサンス美術・建築なども自覚的に価値を創出しようとしたものなのです。19世紀のジゼルもまた、テオフル・ゴーティエがホフマンの影響のもと、芸術至上主義という立場から自覚的に創設したものです。それがロマンティック・バレエの起源といえるでしょう。

才能は発見され、価値を見出すことが重要であって、ただ「有名」だという理由でしか人びとが見ないのならば、それは受動的すぎるといつも感じています。常に観客がその価値を発見することも大切なのではないでしょうか。19世紀のフランスの芸術、20世紀初めのパリの状況などを思い返すとき、それを感じます。