再生産―教育・社会・文化 (ブルデューライブラリー)再生産―教育・社会・文化 (ブルデューライブラリー)
著者:ピエール ブルデュー
藤原書店(1991-04)
おすすめ度:5.0
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身辺が忙しない状態です。仕事でも学校訪問をすることが多いのですが、私的にも訪問をする機会が今年は多く。
私学は建学の精神という理念が(どれぐらい実践されているかどうか、また子どもだけでなく教師・大人側がそれを理解し実行しているかどうかはさておき。大抵はそういったものは繕うことはできず、日頃からの顕れとして目にみえるわけですが・・・・)あるのでそれに合う・合わないという問題はありますが、今回はそういう傾向性の話はしません。
本来は教育というもの自体に傾向性は関わらないのですが、日本のように価値が錯綜している社会ではそれすら一貫した価値はない。
そのことが、更に、公立のアイデンティティを曖昧にしているため、その教育の場を視ると、様々な疑問が浮かぶ。
学校がイニシアチブをもっていない公立が増えた。

近年思うことは、「教師は家庭以外に子どもが日常的にしかも長時間影響与える大人であり社会規範の一つの例である」ということを忘れているのかそもそも理解していないのかのどちらかなのではないか、ということである。
実際に現場に関わる人の意見を聞くと50代の教員はほとんど担任をもつ意欲もない、60才で定年だがそれでは年金支給まで生活できないので、給与を減らしてその職にあり続ける人が増えたため、結果的に新しい教員採用というのは減っている、というのである。図書館勤務なども、数年で退職だから問題なくその年月を「過ごしたい」という職員が多い。学校がそういった単なる「過ごすだけの場所」「創造のための時間と空間ではなく、消費されるための時間」ならば・・・・大抵は時間の無駄、拘束時間が長いだけの空間になる。50分のうち、教科書に基づいて行われる授業が行われるのはほんの10分-15分程度にすぎないのではないか?

そうでなくても、文字を読まず、書かないということがとても増えている。
言語による知識と情報の獲得、聞く、読むという能力とそれを言語化して理解すること、言語化してノートをとることといった作業がほとんど行われていない。教科書はほとんど絵で解説してあり、文章による記述はほとんどない。こうしたテキストは自主学習をも妨げる。おそらく、文科省自体に深く関わる人たちとその子どもたちは義務教育(強制教育)には関わりない学校、カリキュラムを選択するから、それを自分たちで選ばない人たち(階層)のこどもたちなどどうでもよいのだろう。そう思えてくるような教科書である。教科書をより視覚化したデジタル教科書という案もでているようだが、これは単にいわゆる「教育産業」が「ビジネス」のために発案しているだけのように思える。私は公立私立の小中学校でいまや調べ学習と称してほぼ何かを調べる際にウィキベディアを利用してるような事態を憂慮する。だいたい、大学では「いかにネットの情報が信頼性に欠けるか」ということが重視されているのにもかかわらず、おそらくこうした現状を理解できていない小中高の現場では、安易にネットの情報で「調べ学習・総合学習」を行っているし、モニターを使って説明と雑談の中間のような授業を行っているために教員も生徒もほぼ文字を書いたり読んだりしない学習が行われている。

さらにいうならば小学校時代の授業で「同じです」と全員が口をそろえて「答え」に同調するのも隠れたカリキュラムである。規律を重んじることと、じっとして何も能動的に行動しないことを強いることは別の問題である。

自らが時間の浪費的な授業しか受けたことがない教員にとっては50分や3年といった時間がどのくらいの量と情報量と思考のきっかけとしての知的関心の機会を提供できるかどうかなどわからないのだろうか。

さらに顕著なのは差別的発言、隠れたカリキュラムであるはずの(それ自体も問題だが)ジェンダーとヘゲモニー構造そのものといった授業内でのやりとり、社会と個人との接点、そういったものが多くの教師から欠落している。そういった場面を見ると疲弊する。学校による差異は大きい、同じ市内であっても、かなりの差がある。・・・モラルの問題に本来は敏感なはずの10代前半の機関、多数の中心を平均とする「協調性」というものがもし大切にされた場合、広い意味では良くないことや規範が、ローカルルールのような価値感となり、さらには今の子供特有の同調プレッシャーを生み出すとき、集団性がとくに強調される義務教育はどういった空間になるかはほとんど構成員次第といった面がある・・・
家庭と学校の境界が曖昧になることは必ずしもよい結果を生まない。
子育てと教育は異なる、という大前提すら理解していない人が多い。

・・・・

高等学校無償化に意義を唱えるひとが多いが、高校まで義務教育でないのは日本くらいのものである。義務教育が中学までである現状で果たしてその修了後にでは自立していけるのか?それが困難であるとすれば、制度として欠陥があることを意味する。
(公立高校無償化に対して私立高校は反発しているがその理由は理解できる。だが各家庭にではなく学校に支給するという制度も問題がある。現行の制度も、「学校を通じて」補助を申請する必要があったために、学校によってはほとんどそのことを家庭・生徒に通達していないところも多かった。またこうした制度の変更が、移行期間を設けずに、突然廃止したりすることは、各家庭の教育資金の計画、進学とライフプランの計画にも悪影響を及ぼす。おそらく制度自体を決めている人たち(行政と地方議員、校長会)などにとっては他人事の意識が無意識に強いのだろう。権限を持つ人たちが基本的にこうした意識を持っていたり配慮するのは自分たちよりも「上」に属する組織の顔色だったりすることをよく目にする。・・・

本来、教育(education)は「家(私人)」権利として確立することが目指されてきたのだが、最近では、それすらも自分たちでは背負いたい、責任をとりたくない、他人(学校)にまかせたいという他者依存的な態度に移行している。・・・・

多くのギャップの一つは、学歴という社会身分があるにもかかわらず、そしてその学校ごとの本当の能力を示すような資格はない(旧制の試験では、フランスのように高校卒業資格は国家試験であり、大学入学資格でもあった。)ことだろう。偏差値を持ち出すのは物事を単純化するのであまり好ましいことではないが、例えば高校中退といっても偏差値が75の人と40未満の人では一概にはいえないだろう。(高校受験の偏差値を口出す人もいるが、母体によって異なるので大抵首都圏レベルの偏差と県レベルでは15-20の開きがある)こうした一概にはいえないことを、なんでも一口で片付けたがる傾向はとても合理的とはいえない。新卒しか採用しないといったような問題も本質は同じである。この問題の本質はどこにあるかといえば、日本企業の体質・体制そのものである。就職試験の再に再び中学受験で問うような問題が課されるのも、同様の問題があるだろうし、それを率先して導入している、というよりも「試験を作る会社」が介入しているからである。

時折、一貫校などの校長が「最近では就職の際の人事の人は、一貫生であるかどうかを重視していることが多いように想います」なとど、あまり詳細な根拠も用いずに、保護者に講演することがある。こうした態度をあまり問題意識もなく表明することに疑問を持つことがある。なぜなら、自校の教育内容よりも将来に対する漠然とした不安を増長することに安易に繋げて語るからだ。

質的な問題と物質還元できない価値を、所有・売買(金銭の問題)に還元してしまうことが不合理のもとを生んでいる。私はロールズ的公正の立場に賛同するが、多くの人は「自らも同じ体験をしなくては何も理解できない。自らがうまくやれた場合には何も問題がないように思い、問題意識も抱かない」ということが教育関係者の中にも随分いることだ。

自分が関わった問題すらも、自分たちの問題とは捉えられないのが社会問題のほとんどすべてに共通する問題なのだが、多くの人が他者(自分のこどもであっても)報復的心理(自分がした苦労はそのまま誰もがするべきである)に基づいていることが多い。経験が活かされないとはこういうことの連鎖に拠っていると思わざるをえない。

優れた教育というものが常に私性と客観性を持ちながらも、他人事の意識を持たず、「私たち/自分たち」の問題、つまり「私」「家」「個人」の問題から複数人称を持つことが必要条件である・・・

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