9月18日の記事と関連して.

FASTERは階層間移動、文化遺産、再生産といった事柄とも関わる.
問題に気がついてしまえば、そのままではいられないが、そのことと同時に自らが属するカテゴリーも批判せざるをえなくなる。
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徹底したリアリストであるがゆえの問題点は、そうでない人から見れば単なる空想だとみなされることはままある。自己肯定不可能な問題意識を抱えているというのに、ナルシズムだと断言する。そういった無理解に対してどのように説明すればよいのだろうか。自分に無責任なものたちは他人の責任について攻撃するときは容赦ないように思われる。

現実を認識するが故に、それを本来的な方向へ戻すための困難さは常に張り付いている。

EVERYTHIG MUST GOについて書いたが、リッチー失踪以降の方向性は端的に表されている。escape from history 
歴史から目を離すことは、死者たちの記憶と記録からの忘却である
マニックスはもちろん無責任ではないが、リッチーなきあとのマニックスは、死者たちか一歩引くことで、悲痛さの体現から距離をおき、POPとの共存を果たした・・・ように思えることがある。

それだけにFasterのpvに残されている、リッチーの横顔と遠くを視る目は忘れることができない。
法的にも死者として宣告され、歌詞が遣われた新譜が出ても、「今ここにはいないリッチー・エドワーズ」には永遠に届かない。身体と精神がもっとも力を失っているときに、決まって突きつけられる言葉は「尊大とか傲慢」というものであることが多いのだから・・・

誰からも理解されないであろうし、誰とも対話できないであろうという思いは、現実に存在する。思いだけでなく、それはリアルなものとして存在する。