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写真はティージング・ジョージア(イングリッシュローズ)


少々....というか控えめに書いても大分といいますか体調を崩しておりました。20日から月末、月初めにかけて大抵いろいろと重なりますので、自分の力不足を実感するといいますか・・・

この実感を克服して克己心にかえられればよいのですが、やはり時間や、自分よりも努力している人、をみて自分もまだまだやらねば、と思えるのであって・・・ 

個人的感情の部分は書きませんが、なかなか道程は険しいと思ったり。

ゼノンが死の直前に言ったとされる
「徳は必要だが、幸運もまた必要だ」という言葉がリフレインする。

しかし幸運は、幸運を享受している間は気がつかないのかもしれない。


アニエス・ルテステュの「パキータ」を久々にDVDで見たのですが、パ・ド・トロワのエマニュエル・ティボーがすばらしい。ジョルジュ・ラトユールの絵画を彷彿とさせる衣装。ラコット復刻版はコール・ド・バレエの振り付けが好きです。
「パリオペラ座のすべて」で、ラコット氏が「なぜ酔う必要がある?」とコメントする場面があるのだが、私も同感なのです。バレエは純然たる美、光が真理を照らし出すように、言語そのものに「打たれる」ようにあるべきもので情緒や物語性は二次的なものである。

つまり、光によって自らを認識するように、本来性へと導く力を舞踏と言語は持っている。それは実質として、物質を媒介にはしているけれども、物質によって魅了されているわけではないからだ。

今年観たい舞台は、ベジャール・バレエ・ローザンヌの「80分世界一周」なのですが・・・
なぜベジャールが録画して作品を残す方法をとらなかったのか、いまになるとよくわかる。つまり・・・作品は、上演されなければならない。書記による記述によってのこるのではなく、口伝で生き残るようなやりかたで、人々の記憶にメモリアされ、その舞台をつねに再生できるようなダンサーと、観客の両方の立ちあいを求めるのである。精神的な自己革命を求めるのであって・・・(それがこの芸術の利巧的でもあり傲慢といわれる部分もあるかもしれないのだが)愛好家たちの趣味・ホビーに芸術が化すのを阻止しているからでもある。
それとは別に、ドラマトゥルギーとしての演劇の力が大きく作用するから、でもある。

まあとにかく、・・・・・日本の劇場は閉幕したあとの忙しなさといったらない。本来はその舞台のために、そこに集まった人でなにか会話や対話やらが交わされなければあまり劇場空間としての意味もないのだが。

すべてのヒエラルキーは固定されるべきではない。
私たちはそのヒエラルキーとカテゴリーを時と場所、場合によって、移動する。


ここまでは前日の下書きです。
今朝、コッポラさんが17歳と14日で亡くなりました。朝5時すぎに弟から電話があり、車で迎えにきて貰いました。娘とにこさんも一緒にお別れにいきました。
3月から歩けなくなりましたが、歩けなくなってもずっとトイレを鳴くか、尻尾をうごかして教えたのでなくなるまで一度も家の中で粗相をしたことはなかった、と聞き、子犬時代のことを思い出しました。
子犬のときも一度もしませんでした。いつも鳴いて教えてくれるか家族が帰宅するまで待っていました。母親が会社の旅行などで帰れないときは、ずっと玄関で寝ないで待っているような子でした。近所が火事になったときも耳がよいので夜中に吼えて教えてくれたり、それがだんだんと15歳くらいからは耳が悪くなっていきました。
その日の晩はにこさんが夜中にとても落ち着かない様子で私も2時と4時に起きていました。
亡き骸をみて、やはり心身は一つであるけれども心・魂は物質とともに消滅するようなものではないのだ、と思えて仕方がなかった。

弟が中学生のときに友達の家から譲りうけられて生後2週間で家にきてからずっと家の中で暮らしました。
5月半ばからだんだん食事もとれなくなって、水とミルクをスポイトで飲ませていました。ほんとうによく頑張ったと思います。
同じ兄弟たちは8歳前後で亡くなったので、ほんとうに長生きでした。
一度家に帰ったあと、庭にさいているアナベルとバラをもってもう一度お別れに行きました。
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写真をフレームにいれて、母に渡しました。
去年の11月末に散歩中にとったもの。

記憶されている限り、生き続ける−−不死なのだ、全てが失われるわけではないと思うのですが、それでも哀しくて仕方がないのです。