読売の読者特典がルーブルの額絵だそうですね!
さっそくどんな絵が選ばれているのかと観てみると、思った以上に北方絵画が多かったです。一番ほしいのはやはり7月のクロード・ロランとカナレット。

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ヴェネチアングラスの中でもっとも好きな色はこの街灯にも使われている紫の色。カナレットの絵をみると、殆ど変わらないサン・マルコ広場周辺の赴きに感心します。実際イタリアに行くと常に補修工事をしているところに遭遇しますが、保存する(ための工事と技術・資金)ということが重要だと思いますね...

都市は発展しなければならない、常に新しいものを求めるというとで、言い換えると、常に古くなるものを作り出している。かなり飽和状態になっている都心高層化計画や湾岸開発・再開発なども新しさ以外に何も求めなかったら2年程度で「古く」なるだけのように思うこともしばしば...


額絵に話を戻してロランと組み合わせるならプッサンでは...と思いつつも...カナレットのサン・マルコの風景画はほしいです。
クロード・ロランにおいて初めて「風景」が絵画の背景以上で描かれるようになり、しかしアカデミーや絵のジャンルとしては「歴史画」がもっとも重視されので、風景がメインで主題は小さいと描かれるという事情があるのですが、よく理想化された風景は写実的でないからという批判をみますが、理想は現実の先にあるものなので写実表現とイデア的造形美が備わって調和させなければならないわけですから、そういう批判はあまり妥当ではない気がします。

しかしこの展覧会額絵におけるロランのタイトルが、主題が抜けている表層的なタイトルに変わってしまっているのは、何か理由があるからなんでしょうか。
このシリーズに一枚もプッサンや古典主義(新古典主義も)も入っていないことに関係があるかもしれない...と思いました。
絵を解読しないで眺めるならば、やはりそこが(歴史画・宗教画)が抜けてしまうのか...と残念です。ル・ナン兄弟の絵すら、ほんとうは主題と象徴に満ちている。
バロックでは天使の姿は幼児(プットー)の姿で描かれましたが、これが段々とル・ナン兄弟あたりから、農民の暮らしを描いた絵画の中に描かれる美しい子供というものに変容していく。おそらくは、注文主の宗教観などと子供の発見(子供が可愛いと思われてくるのはイタリアルネサンス期(ただし絵では描かれるのはもっと遅い)以降で、ルソー「エミール」ではスワドリングが批判され、ラ・トゥールではまだまだスワドリングが描かれている。ただし、イタリア絵画(北イタリアを以外)ではエジプトからの影響で子を抱くマリア(子ホルスを抱くイシス)と地母信仰があるために北方とは異なる。北方絵画では、マリアは子を抱いていない)
ル・ナン兄弟の絵画でも、葡萄酒とパン、農民の家には本来ないはずのガラス器などはほぼ象徴として配置されている。

リュベンス(ルーベンス)が2枚入っているならプッサンがないと...と思うのですがどうなのでしょうか...
先日カラバッジオの絵画について写真もUPしましたが、カラバッジオはたびたび教会から作品受け取りを拒否されていて、その1枚をリュベンスが買い取らせて、フランス以北にカラバッジオの影響が伝わったといわれています。
しかもカラバッジオは殺人事件を起こしてから逃亡しながら絵を描いていたので、その影響は短期間のうちに広まったという..
ベルリン国立バレエの今年1月の演目が「カラバッジオ」なのですが、一体どんななのかとても気になるのですけれど。

ニコラ・プッサンはたちたびクロード・ロランと郊外にデッサンに行ったようで、互いに異なる作風を持ちながら影響を与え合って制作した。
前の時代の画家や文化(文学・思想含む)から継承されて造られるものと、もう一つなにか、こうした同時代の画家たちの交流と相互の影響が、素晴らしい作品を創造していく源泉のように思います。