年末にメアリ・ルノーの小説と映画『アレキサンダー』に関して記事を書きましたが少々追記を。
ルノーの描くアレクサンドロス小説では、アケメネス朝ペルシアとギリシアの文化、儀式、価値観などが巧みに織り込まれている。
古典建築とはギリシア・ローマを規範にした建築。原点であるパルテノン神殿をはじめ、フォロ・ロマーノ、エフェソスなどの遺跡、ルネサンス様式、新古典様式、そしてアメリカの公共建築も古典様式を取り入れている。大理石で出来た白亜の建築物の起源は古典建築である。しかし元々の起源をみると、この神殿は木々そのものが神殿であったという。『古典建築の失われた意味』ではゼウスのオーク、アフロディテのマートル、アポロンの月桂樹というように、木そのものが神殿の起源であって、ギリシアのデルフォイにあった神殿はこれらの木からできた小屋であり、彫刻以前には木そのものが神聖視されていたという。現在でもオリンピックの表彰に月桂樹の冠が与えら得るがこれもまたアポロン信仰が現代まで伝わっている例だろう。
この本には、建築と供犠との関わりが詳細に記されているのだが、先日記事に書いた
映画『アレクサンダー』にはギリシアの供犠の様子がかなり正確に再現されていることがわかる。(宗教儀式などを語る際に、現在の倫理観や常識で判断すると当時の人々の価値観には迫れないので、文化を理解するためにはこちらから近づかなければならないことを最初に書いておく)ギリシアの供犠には、生贄となるからだの破壊と再生が含まれている、それは死を不死なる永遠性に変容させる儀式でもあり、生死の認識と、死に対する憐れみをも含んでいる(矛盾するようだが両義的に解釈することが必要だと思う)花輪(ガーラント)で飾られ、角を金色に塗られた生贄に、大麦の籠、・・・肝臓の具合を祭司が調べて判断をする、という供犠の様子がガウガメラの戦いのシーンにはかなり詳細に映像化されているのがわかる。
このガーラントもギリシアでは樫、りんご、などで作られたが、北イタリア絵画に描かれるガーランドでは檸檬、オレンジなどに変わるところは興味深い点だと思う。

BBC/HBO作成の「ROME」でもこのような犠牲のシーンはあったが、ローマの宗教として描かれていた(メイキングでもそう語られていた)。補足すると、「ROME」第1部でアティアが息子のオクタヴィアヌスの安全を願って受けていた宗教儀式は、ローマの宗教(ユピテル/ゼウス神の宗教)というよりもキュベレー/アッティス信仰の儀式(おそらくタウロボリウムの儀式)であって、ギリシア・ローマの宗教というわけではない。しかし、ローマの裕福な支配層はこの儀式を受けると20年神聖な人生を送れるという信仰があったので20年ごとに儀式を受けていた。ローマは宗教が生活に役立つものであれば、かなり寛容に他の地域の多神教を受け入れて活用し、実際にエジプト、小アジアの多神教も取り入れていた。あのパンテオンは被支配民族の神すべてを次々に祀っていった場所だが、被支配民族の神をそのまま受容する寛容性が、ローマの他民族、他宗教支配を支えていたといえる。宗教=価値観の反映でもあるわけだから、価値観の強制がされずに既存の宗教(価値観や慣習)が保存されることは反発が少ない。
また初期キリスト教とカトリックは紀元前の文化や宗教と繋がりがあることは行事や聖書記述にもその形跡が残されている。

この構造と方法を先立って行おうとしたのがアレクサンダーで、成功させたのは帝政ローマだといえる。カトリックの三位一体も、元々はエジプトのオシリス、イシス、ホルスの三位一体信仰と通じる部分があるのではと思う。(ジークムント・フロイトは「モーセと一神教」でユダヤ・キリスト教とエジプトとの関わりを指摘している。当然だがイスラームも神や天使が共通(ムハンマドはガブリエルから啓示を受けた)し、イエスも預言者として扱われているセム系の一神教である。キリスト教からは異教徒と呼ばれているイスラームだが、イスラームではユダヤ・キリスト教徒は旧約聖書を共通の聖典としているために「啓典の民」という認識だった。アブラハム信仰も共通している)

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△写真はヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂。新古典主義様式で、ヴェネチアの本島にはそぐわないからとマッジョーレ島に建築された教会、ラテン十字型の身廊の内部は大理石の白さがまぶしいほど。ひんやりと静まり返って明るい空間に彫刻と絵画が一体化しており、素晴らしい。水上バス(ヴァポレット)ですぐ行けるヴェネチアのお薦めの建築のひとつ。(08年3月に撮影)

古典建築と様式は人体のプロポーション・比率が反映されているが、「古典建築の失われた意味」ではさらに、神殿を構成する要素こそが身体であって、それは建築用語にそのまま現れている。柱頭、柱身、など供犠の過程から派生したものだと考えられる。そして、陰影を作り出す溝や水平のえぐり模様は、黄泉の国を表すギリシア語と同様だと指摘されている。古典建築に多用される垂直の溝は儀式で流される血が滴るためのものだという指摘がある。重要なのはもはや失われているこのような意味を知らないままに私たちは古典様式を受け入れて継承していることと、その意味が完全に様式美になっているという点だと思う。無意識に(と言っていいだろう)そこに私たちは「あるべき姿の美や安定」を感じて、時代や場所を越えてその様式が今も生きていることに驚きを感じる。
白亜の美、完璧な比率、優美さの中に供犠と犠牲、死と再生という本来性(生死も他の生物の犠牲も人間からは切り離せないものなのだから)が含まれている。

この本はギリシア語表記も多々含まれていて、写真も豊富なのでとても興味深い。
映画『アレクサンダー』の読み直しを含め、こうした意味の解読は興味深いと感じた。

余談だが、数学のピタゴラスの定理で知られるピタゴラス主義は、こうした供犠とそれによる肉食をタブーとした人たちである。ベジタリアンは19世紀以前はピタゴラス主義と呼ばれていた。因みにイギリスで生まれたベジタリアンという言葉はベジタブル(野菜)という意味からきているのでないのです。ここでこのことに触れるのは別に肉食や供犠のことを批判したいわけではなく、物事や考え、さまざまなスタイルの起源を知ることの興味深さについて書きたかったからでもあります。


古典建築の失われた意味 (SD選書)
著者:G. ハーシー
販売元:鹿島出版会
発売日:1993-10
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前述したとおり、写真も入り用語はギリシア語表記もついている。読み方も親切についている。

アレキサンダー プレミアム・エディション [DVD]アレキサンダー プレミアム・エディション [DVD]
出演:コリン・ファレル
販売元:松竹
発売日:2005-07-29
おすすめ度:4.0
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日本盤はないがRevisitedと題されたオリバー・ストーンがもっとも造りたかったバージョンのDVD(2枚組3時間40分の長編ではありますが)には更に詳細な文化歴史背景の映像も加えられている。

ROME[ローマ] コレクターズBOX [DVD]ROME[ローマ] コレクターズBOX [DVD]
出演:ケヴィン・マクキッド
販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日:2008-03-19
おすすめ度:4.5
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このROMEでのオクタヴィアヌスの言動(ストア派的な言動がよく出ているし幼少の頃からギリシア哲学をよく学んでいる点み描かれている)もあまり周囲に理解されているとはいえない点がよく描かれているように思う。ローマでは弁論術がとにかく必須というのが元老院や都市広場内での演説シーンによくあらわれている。アレキサンダーはプトレマイオス朝初代ファラオのプトレマイオス(アンソニー・ホプキンス)によって語られるシーンから始まるがローマではそのプトレマイオス朝最期の女王クレオパトラの死(ローマに”凱旋”させられるアントニウスと共に)まで描かれている...カエサルとブルートゥスの決裂シーンの静けさが大変見事。

ローマ帝国の神々―光はオリエントより (中公新書)
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モーセと一神教 (ちくま学芸文庫)
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△2000年前に建築されたパンテオン(ローマ)アグリッパの名前は正面に刻まれている。他宗教の神を祀った。(ローマは建築や街道の整備に私財を投じることが富裕層や有力者の名誉だった。この慣習はユマニストたち15世紀のフィレンツェとメディチ家にも伝わっているのでは)ラファエロ・サンティの墓もパンテオンにある。08年撮影、パンテオン内部にて。