「記憶の中の古代」を読んでいてはっとさせられたのは、ローマでの都市復興について・・・のページで、キュベレイ神がやがて聖母信仰に収斂されていくということです。実際、ローマではキュベレイ神殿があった場所に建てられた教会が聖母マリアを奉った教会。それ以降はキュベレー崇拝は地下に潜った、つまり隠蔽されることになる。しかし、それは終わりでなく、再生なという意味ともいえる。
カトリック→プロテスタントという流れの中で、例えば映画でも扱われた「エリザベス」や「アン・ブーリン」の流れの中でカトリックと決別するということはどう捉えられるだろうか?
「いつからこの国では野心が美徳のように語られるようになったのか」というアンの母親の台詞が代弁する言葉は「ブーリン家の姉妹」でのもう一つの主題でもあったように思う。
「私の良心に従う」ということは主観主義であって、それ以前に風土歴史、人間精神活動の中で長い間に形成されて(変化しながら)いたものが「人間の独我論」的に切り捨てられたのではないだろうか?
その良心についての判断は、絶対化されれば問われることはない。・・・・
現代ではそれすらも一度吟味する段階に来ているように思う。

キリスト教自体、それ以前に信仰や支持をあつめた多神教の伝統や慣習をある程度引き継いだ部分があり、例えば、最初多くの預言者の1人としての存在だったイエスに、多神教時代の病気直しの神の性質と信仰が刻印されていく。当時、ユダヤ教では、病人や貧者を初めとする社会的弱者は罪人という名目で社会から疎外されていた。その人々を受け容れ癒す役割が信仰として他地域に圧倒的に受け容れられたキリスト教が広まった理由でもある。例えば、イタリアでは北方風習とは異なり、プレゼントを配るのは老婆であるという慣習があり、いまでもそのような人物像がサンタクロースの役割を果たしているが、これも多神教時代の流れだろう。
おそらく北方は北方の慣習を聖人と結びつけているのだろうと思う。南では老女であり、北方は老人なのが興味深い点でもある・・・(ギリシアにも女性神信仰を持っていた民族と北から入ってきた天上信仰かつ父系神信仰をもつ民族がいて、最終的には父系神が武力で文化制圧をするのだが・・・・)
(つまりそのような個人救済の内容を持つ宗教があった地域にはおそらくキリスト教は根付いていない。仏教はやはり情けに対する一面があったからである。実際熊野巡礼などとキリスト教巡礼には類似する部分がある。神道だけだったらキリスト教が広まっていたかもしれない)

話がずれたが、聖母子像の原型は子を抱くエジプトのイシスの像が原型である。

考古学だけでなく、こうした形式の継承から文化の繋がりを観るのも興味深い。
というよりもそのように文化が接触する部分に様々なヒントがある。

英国でラファエル前派の流れや、フランス象徴主義、または20世紀のバタイユ、ベケット、ブランショからロラン・バルトに至る流れのように、切り捨てられたもの、隠蔽されたものに対する問い直しがあるように思う。
物質主義に対して、「再現不可能なもの」を表現しようする象徴主義は各地に広まっていった。
また産業革命に対するモリスは中世ゴシックの伝統と自然の色彩を引き継ぎながらも機能的美も追究し、「モダンデザインの祖」とも言われる。
つまり伝統や価値を継承しながら新たな価値や創造が生まれ、それは伝統との繋がりの中で創られていく。それが”新しさ”であり”古くならない・廃れない”というものなのだと思う。

21世紀は果たしてどうなのだろうか、2010年代からその動きが出てくるのだろうか。
それとも、もう産業封建制のような現代ではその流れも無いのだろうか。
政治や宗教、ソーシャルな視点というものもタブーのように扱われる日本で、どのように問うことができるのだろうか。
フランスでさえ、カミュー以降、「なぜもう問われないのか」と言われている問題だが・・・・素朴な疑問ながら、広域かつ年代が多層なのでふと気がつくと問いがうかんだり、書庫へ行ってみたり。仕事や日常の合間でそんなことを思う時間が増えている。

中沢新一の問いと答えの材料には気がつかされることが多いが、改めて「東方的」つまりビザンツの流れが気になっている。

より具体的な問いと可能性と限界については、高山博先生の「知とグローバル化」(勁草)「ヨーロッパとイスラーム世界」(山川)「神秘の中世王国」(東大出版)「中世シチリア王国」(講談社)が大変魅力である。

19世紀以降、階級というカテゴリーが崩壊した後に国家という概念が大きくなったが、それは他者排除ということと結びついていないだろうか。・・・・


舞台と文学・批評との関わりでは・アンジュラン・プレルジョカージュの作品については何度か感想含め書いてきたが、ふと先日アントナン・アルトーについて改めて読んでいるなかで、プレルジョカージュの手法と主題はアルトーを継承している部分があるのでは?と思った。この事については改めて書きたいと思う。

UK-Japan 2008 WEB 記事掲載


記憶の中の古代―ルネサンス美術にみられる古代の受容
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