ハンマースホイ展に行ってきました。
詩情というよりも、心象風景的な絵画。
感情を排した上で残るものや、内に向けられる自己を秩序づけた空間によって精緻に表現されている。

ルーブルの古代レリーフ(浮き彫り)の模写は極めて写真的な再現でありながらも、絵として訴えかけてくる。
絵画の技法とは何か?写真との境界は何なのか、そんな事も思った。

全く知らなかった画家で、フェルメールー室内画(光と陰影)の繋がりで日本に紹介されたのかな、と思っていましたが、室内画、風景画(というべきなのかどうか?)、肖像画と多くの絵をまとめて観るととても興味深い展示だった。
北方の写実的・自然主義すぎる肖像画は絵画としてはあまり興味がないので好みが別れる所だろう。肖像画だけ数点みたらおそらく興味は抱かないかもしれない。

街並みを描いた絵では虚無を、誰もいない部屋の絵では不在としての存在感と空間を感じる。
厳格に秩序づけられた空間の消失点から、画家の目線・静かに凝視する空間が見えてくる。

風景を描いた絵では、屋根、壁、石畳、街路、扉、窓枠などまったく質感が消えている。にもかかわらず、雪を被った城を描いた絵からは雪景色と冷ややかさを感じる。
風景画ではこの絵と、ロンドンを精密な正遠近法で描いた絵が興味深い。

灰色の空模様の微妙な色彩、床の陰影、そういった色彩感覚が印象深い。
チラシではモノトーンの、とあったが、グリザイユ(淡色画)のような効果を感じた。

室内画では、質感の描きわけが丁寧に成されている。この画家の書きたいものが何かということが伝わってくる。
ロイヤル・コペンハーゲンのパンチボウル。
ピアノ、テーブル、白い食器、銀のボウル、白いテーブルクロス、窓枠と白いドア。
それらは温かみある質感で描かれている。
テーブルクロスや壁の陰影の自然さに驚く。

部屋ごしに描かれる光。
光というよりは、空間そのものを描きたかったのではないだろうか。

それは不在の部屋として描かれるのだが、いくつか解釈はできるとしても、それが正しいかどうかはわからない。


モノ以外ない、しかし物質も虚無と無縁ではないと思ったのかどうかはわからないが、現代人のほうがきっとこの絵を様々にみることができるだろうと思う。
物理的なものと心理的なものの境界、存在と不在の違和感を思い出す。

フリードリヒの絵と類似していると思った絵がいくつかあり、この作家についてもう少し知りたいと思った。ドイツロマン主義のように、自然に神秘性や価値を見出さなかったらしいこの画家はどういう系譜にあたるのだろうか。
唯一野外と青空を描いている絵はまるでシュルレアリスムのマグリットのようだと感じた。


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追記今日では、ハンマースホイ展で展示された作品は常設展でいくつか見ることができる。
ミュージアムショップにもポストカードがあるのではないか。