ラファエル前派 ミレイ展に行ってきました。
オフィーリア、マリアナなどが出品されること、巡回展ということもあって期待していましたが、とても充実した展示会でした。大規模な回顧展ともいうべき。

チャールズ・ディケンズが酷評した(あまりにも酷い批評)「両親の家のキリスト(聖家族)」の絵にまず驚きました。手、脚、腕の写実性、堅いがそれが効果的にもなっているデッサン、思慮深い表情。それになんといっても、ミレイの初期の絵画は、細密画のように精緻なことと、絵の具がとても薄く均一に硬質な美しさをもっていて、中世ー初期ルネサンスのようにテンペラ画のような質感をもっているのです。
ひんやりと神秘的なあのテンペラ画が完全なデッサン力と、豊かな色彩で描かれていて、それがとても魅力です。印刷物ではまったくこの質感は得られません。

「マリアーナ」は特に素晴らしかった。
北方フランドルの特質にみられる写実性と、室内の実物の光源(蝋燭の焔)の名案、日光の明るさ、室内装飾品と調度品の配置とデザイン、マリアナの青い天鵞絨の布地の質感、ステンドグラスの中世美術と植物の自然美の対比、気怠げなマリアナの佇まい、それらが上述の薄く精密なテンペラ画の冷ややかで艶やかな色彩の中で表現されている。鮮やかで陰鬱な、密室を描きながら、外部の自然の開放性を取り込んでいる絵画。

「オフィーリア」は殉死者のポーズと聖性と性性を取り入れた流されながら死んでいくオフィーリアと、明るい穏やかな陽差しの中の川辺の風景の調和が奇蹟的な絵画。
ドレスはアンティークなグレイシルバーだが、このドレスが川の水と同化しているところが一体感を生んでいる。
花々の象徴性が素晴らしい。わすれな草、ばら、芥子、すみれ・・・会場には福田氏訳のシェイクスピアの引用パネルがあったがその訳がまたこの絵に合っている。
現代逐語訳のあたらしさにはない、いい訳だと思った。
色彩と物語性、通常この二つは共存させるのは難しい。
デッサンと色彩、目に見えるものと目に見えないものの描写、新しさと古い美の調和が初期ミレイの絵には溢れている。

これは中期以降の肖像画などからは感じられなくなるが、感性と技術が一体化しているときの美術の醍醐味を初期の作品から十分に感じられる。
実際、何度も初期作品の展示部分を観ていた。

写実性が自然描写を超えること、時代や限定された価値からその作品が普遍になるとき、それはいつも技術の高さと既成のものを批判する感性と古い時代の良いものを継承することによって可能になるのだということがよく解る。


最近は、美術展も安易にマーケティングして媚びた内容の展覧会が増えたが、こうした巡回展は、コンセプトに基づいた構成になっているので見ごたえがある。

それにしても絵は実物を目にしないと何も観たうちには入らないとつくづく思う。
あの初期作品の油彩のフィニとはまた違う筆跡の残らない描き方。
ボッティチエリの「春」のような色彩といえばいいのだろうか。
だがあくまで油彩なので、鮮烈なほどの色彩がそこにはある。

会期中もう一度観に来たいと思うほどだった。

ミレイとラファエル前派については、「ラファエル前派」で予習してから観るとコンセプトやテーマの選び方や時代性について参考になると思います。
ラファエル前派、ウィリアム・モリス、・・ベルギー象徴派・・・ビアズレーなどの系譜も乗っています。

ところでジョットの作品が珍しく日本で展示されるらしい。
会期中一度は観に行きたいと思っています。

ところでフランス王立絵画彫刻アカデミーやロイヤル・アカデミーでもラファエルは規範とされたが、(プッサンはレオナルドを規範とした)安易に規範にできるほどラファエルのように皆が描けるわけでない、というのが規範にする間違いの部分なのだと思うのです。

ラファエル前派―ヴィクトリア時代の幻視者たち (「知の再発見」双書)


bunkamuraのミュージアムショップで、ウィリアム・モリスのタイルが売っていたので何枚か購入。家の壁紙で使っているものもありました。
モリスのブルーと緑は、自然界にある色彩を使っているので綺麗です。

UK-Japan 2008 WEBサイトに記事掲載

ディケンズがミレイの聖家族を批判したことで、ラファエル前派が注目されたことも大きな流れでみると興味深い結果。
ところで聖家族の描き方、特に聖母マリアを描く際によくこういった批判が起こった。例えば、カラバッジオも作品を教会に受け取り拒否されているし(その作品をリュベンスが購入したのでフランスにカラバッジオ画風が知られたとも)アンドレア・マンテーニャも受け取りや作品否定をされている、だが受け容れられないということは新しさと画家の特性でもある。普遍的な美というものとその新しさ、画家の特性のバランスが主題における特別な作品というものになるのだろうか?
ミレイの「オフィーリア」はそういった複雑な美と斬新さ技術、色彩とデッサン、象徴性と物語性で成り立っている繊細な作品だと感じる。