May 16, 2008

本にまつわる話  

the most astonishing picture-book; and all new and true.

Charles Dickens.


このディケンズの短編の表現にはっとさせられた。
素晴らしい絵本たちに出会う子供時代。
子供たちにとって、それらは御伽噺・物語でも「本当のことで・あたらしいこと」に感じられ、そして楽しく生き生きとした体験となるのだ。
まるで本当に体験するように、本を通じて、出会う物語についてシンプルに描写されている。

そして以前図書に関する講演で聞いたことを思い出したのだが、丁度小学生の4・5年生ごろから、いわゆるノンフィクションや科学・自然絵本などに興味が移っていくらしい。
ディケンズの描写から、やはり幸福な子供時代という時期に、本を通じて出会う楽しさの原体験が作られるのだろうと思う。
ディケンズの絵本の描写は、美しい自然の中で、雨だれを見たり、風の音を聞いたり、雪が降り積もるのを眺めていたり、しかも、とても創造性の豊かな中で--そんな体験とともに語られるのが「絵本」と「物語」の話なのだ。

ディケンズの時代ではこれは子供時代の当たり前のことだったのだろう。
では今はどうなのだろうか。
本を通じて得られる楽しみ、新しい話、物語・・私の場合は歴史好きなのもありそういった分野で新しい発見や、世界観を新たにさせてくれる本や文献を読むのはとても楽しい。そういう「楽しみ」をもてるのもやはり子供時代のある時期にある程度もてるかもてないか決まってしまうのかもしれない。


私も多くの絵本や童話を手にした。多くは今はおそらく廃刊されている、ヨーロッパや世界の童話や伝承などの本だった。絵もすばらしく、その風土や文化が伝わるような色彩とデッサン、風景がその土地の画家によって描かれていた本だった。
おそらく小学館から出ていたシリーズだったと思うのだが、今そのような本は書店にはない。話がすきでも、色や絵柄があまりにもアニメ調の平面的なもので、デッサンもデフォルメされすぎている。これは原風景にはならないだろう。
人が考えるきっかけとなるのは、ヤスパースによれば「驚き」がもっとも最初の動機である。異文化を感じる絵柄、すくなくとも物語の世界観を写しているような絵でなければ、挿絵の意味がない。文字という像を持たない表記から、イメージを獲得する経験がないと、文字も絵も解読できなくなるのではないだろうか。


ところで今、読んでいるのは、山形孝夫氏の「聖書物語」(旧約・新約)である。
山形孝夫氏はフォークロアな面やオリエント史の立場を含めて書かれていて大変面白い。今まで「レバノンの白い山」なども読んだが、文学と伝承の記述としての「聖書」がまとめられている。文字記述として残っていない、古いオリエントの伝承や神話も、姿を変えてそこには痕跡を残しているのがわかる。
そして嬉しいのは素晴らしい絵画がそこに添えられている。
ルネサンス、バロック、マニエリスム、中世、北方ルネサンスの代表的な絵画。
絵画には美術史的なシンプルで解りやすい解説も載っている。
カラバッジオの「聖マタイの召命」(ローマで実物をみたときはしばらく立ち尽くしてしまった)、モローの「出現」(サロメ)、シャルル・ルブランやカラッチ、本とホルストなどなど。
90年代の良書がまた多く出版されていたときならば、おそらく3500円以上のハードカバーで出版されるべき本だと思う。勿論現在の版形でも手ごろでみやすいが。

というのも、昨年、巌谷國士さんの関連であるギャラリーで聞いた話で、ハード体裁で出したいが、なかなか最近の出版業界ではできなくなっているという話を聞いたのを思い出したからである。
出版ではますます「売れる」「売れない」という基準が多数を占めているのは残念なことだと思っている。企画段階から、「売れる理由」「類似本」を理由として重視する傾向がある。

それでは、良い本は出版されないだろう。
現実に欲しいと思って買いたいと思う本がほぼ絶版や重版未定のことが多い。
価値ある本が今後も多く出版されていて欲しいものだと思う。

unica at 20:43 │clip!美術・ART  | 感想諸々
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高嶺(タカネ)
EMH(エヴァソン)にてブリティッシュ・コロニアル輸入住宅を建築。興味ある方は輸入住宅/庭のカテゴリーをご覧下さい。カーテンはローラ・アシュレイ(HOME)で揃えました
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