074216a9.jpg11/3 新国立劇場 カルミナいってきました。

私にとってのオルフ「カルミナ・ブラーナ」はもっとも好きなクラシックの曲の一つでもあります。バレエが、というよりもこの曲を合唱・ソリストで演奏されること自体少ない・・のでとにかく行こうと決めていました。バーミンガム・ロイヤルやビントレー作品であることなどはチケット購入後調べました。

「カルミナ・ブラーナ」はオルフの新中世主義の世界観にもとずいて作曲された曲。ゆえに、これまでのイメージは
--運命は絶頂と失墜とを繰り返すもの、栄枯盛衰は「運命の輪」(これはタロットにもあるものと同様)のごとく周りつづけるもの--という重々しいイメージです。
ジョン・ブアマン映画「エクスかリバー」ではアーサー王伝説に見事にこの曲が使われていてその影響も大きいのですが。

ビントレーの「カルミナ・ブラーナ」はオルフの解釈とは真逆の解釈です。始まりは現代風ですが開かれた「運命の女神フォルトゥナ」の掌と、目隠しの歩みは象徴的。
かなりビントレーの自由なユーモアで振り付け(踊りというか動き全体が)られていて、面白い。まったく想像してない展開がつづきます。ロースト・スワンの場面から振り付けや舞台構成も面白みが増していく。
神学生3とフォルトゥナ(赤のドレス)のダンス、苦悩と快楽にまみえていてこのテーマの核となっている。一転して、闘いのような戯れになり、ドレスの女は神学生をつき離す。

エンディングでは激しく運命の輪(なかなか迫力)が回る。
舞台装置や演出も斬新、しかも布の使い方がダンサーの動きと相まって見事な造形を舞台上に現出していた。

なんというか、ユーモア、アンバランスな軽妙さを、高度な技術と演出で完璧に出現させている感じ。フルオーケストラ、2台のピアノ、60名の合唱、3人の歌手ソリストという豪華な音楽世界と融合していて完成度は高い。決して豪華な演出や舞台観ではないのに、結果として「贅沢な舞台」だったという未知の体験でしたね。

各、詩に象徴されたシーンを繋ぐ一本の糸としてビントレーが選んだ「神学生」のイメージは面白い。
神学生というモチーフは、たとえばドストエフスキーの登場人物や、埴谷雄高「三輪与士」、バタイユの「C神父」などにも通じるイメージでこれを持っている人ともっていない人とではちょっと理解が異なるかもしれない。
死・快楽・欲望を前に人は怖れ罪の意識を持つというテーマはバタイユなのだがそれと似ている。

それが誰もがみても楽しめる作品に意図せずとも?仕上げられている「カルミナ・ブラーナ」は解りやすいと同時に奥の深さを感じる作品だった。

歌手の声もよかったので、ソリストの歌手は舞台の上か舞台の袖、または舞台上部に立ち位置を付くなど、ピットからではなくてもっと聞かせて欲しかったのが唯一の希望。

フィナーレは圧巻。
映像を収録したのはとても嬉しいですが、だったら「ニーベルングの指環」も収録して残してくれればよかった。
(未だに思ってしまう)

こういった総合芸術的なバレエをもっと増やしてほしいし、昔のオペラのようにバレエをオペラと一緒にやったりするような方法が少しずつでも増えてほしいものです。
日本はあまりにも、クラシック・コンサート、オペラ、とバレエがかけ離れてしまっていて残念。

「カルミナ」自体コンサートで演ることも少ないからか、クラシック好きな夫婦/男性のお客もたくさん来ていました。