小学校から「親子除草」のお知らせがきました。
夏休み明けの9月初めに学校内の除草をするので参加するかしないかを提出するようにとのこと。

「親子」ってつける意味を疑います。
子供はお昼休み中のみ作業をするそうですが、親が仕事をしていて参加できない子供が心細い気持ちを味わったり些細なことでも区別がつくのは納得できない気持ちです。
昔はこういうクリーン作戦的なことは教員と生徒だけで行っていた記憶があります。東越谷小学校は父兄のボランティア協力が盛んですが、それに頼りすぎているような印象も持ちます。もちろん協力できることはしてもいいのですが。そして協力したいと思い実行されるのは良いことですが、それに頼ることはまた別。
それならば単に「除草作業の協力募集」などでいいはず。
親子で参加するのが「普通」なのか、単に協力できる人はどうぞという意味合いなのか、不明瞭で、ボランティア活動の意味づけもかなり曖昧な印象。

母親は常に時間が余っていてその余力で協力してもらいたいという姿勢に違和感を覚える。

家庭の協力というのは本来そのような意味ではないはず。


別の問題もある。
今学校では授業中の姿勢(聞く態度、書く姿勢、勉強する時に相応しい体勢)など全く教員は指導しないと子供達はいいます。
親も注意しないと多くの子供は言う。
肘をついたりいすにちゃんと座らないで勉強しても何もならない。
おそらく小学生低学年のうちにそういった基本態度を身につけなければ、中高生になっても変わらないだろう。基本的な事を学ぶのが小学校だと思うが、多くの欠落を感じる。

幼稚園生のような小学生が増えているのはそういった子供に接する側の「大人」が知らないうちにもたらしている悪影響だ。