今回の来日公演「ニーベルングの指環」は24日と26日に見に行くことができた。今回は2回目6/26の公演とキャストについての感想。

ジークフリート、ハーゲン、素晴らしかった。
3幕以降、ニーベルンゲン(闇の種族)側への強い視点を感じます。ミーメ、ジークフリートにローゲをからませノートゥングを鍛え直すところはバレエならではのおもしろさ。

思えば、ローゲ(火の神)は、ノートゥングを鍛え直す火でもあり、最期ジークフリートの遺体を焼き、ワルハラ城をも焼き尽くし、ブリュンヒルデもその中に自身を犠牲にする火でもあります・・ローゲをこの指輪に全体的に配した視点でバレエを作るという物語と外部という多元的な舞台を作り上げたことは新しい「指環」ならではです。素晴らしかった。

ブリュンヒルデは、ジークフリートと結ばれますが、おばと甥という血縁関係であり、ジークフリートの誕生の庇護者でもあり名付け親でもある・・そういった複雑な「愛」慈愛までサイダコーワのブリュンヒルデには感じられました。本当に素晴らしかった。

ヴィシニョーワのブリュンヒルデは、ワルキューレの時が印象的。舞台ばえしますよね。ワルハラ城を守るイメージの振り付けも良かったです。
でもワルキューレの場面は、パトリス・シェロー演出の1980年バイロイトのほうが迫力が。大体凄いです、あの場面は、弦の後ろで木管が音を翻すように歌っていて・・さながら死者の悲鳴とワルキューレが戦場を駆る一体性がもの凄い。


ローゲは最期、自らの死を持ってジークフリートと共に自身を焼き尽くしその炎によって世界は終焉を迎えます。彼女は希望の扉を後ろ手に閉め、「悟ったものが輪廻を断ち切れる」と言います。「輪廻」とは仏教用語なので、これは誤訳で「永劫回帰」を指すといってよい。

「生まれた時はあんなに強そうみ見えたのに、いまでは関わるのが恥ずかしいくらいだ。燃えさかる火焔にふたたびこの身を委ねたい欲動にかられる!
このような愚かな最期を彼らと迎えるのは御免だ」

そういって、ローゲは嘲笑しながらその場を去る・・・
虚栄を手にした神々は、豪奢な衣装に身を包み、踊る。
それをブリュンヒルデは城とともに守る・・・。



ローゲはまた、ブリュンヒルデと最期のワルツを踊る。
そしてそのワルツも終わる時、彼女を激しくつきとばして、高らかに嘲笑う。
それはまるで、バタイユの作品の人物が、絶望し、狂気と終末の歓喜によって自我さえも放棄し、笑いとばす、まさに「この世の終わり」と共にある笑いの表情である。
死にゆく世界と自身を真実と偽りを、共有し、そして笑い飛ばす。
不可能といえる演技に、言葉もない・・・。
本当にこのローゲとブリュンヒルデの最期は素晴らしかった。
世界の終わりの瞬間が、そこには顕れていた。・・・・・。









ところで、ニーベルンゲン(霧の国の人・冥界の住人・闇)からの視点が強くでている。ハーゲンは、愛を呪ったニーベルンゲンで指環に呪いをかける。そして愛を呪った彼は一度も愛(性的な欲望)と引き替えに指環を手にした。だが、グリムヒルデとの間に子供をもうける。それは、逆説的な奇跡であり、ハーゲンは影の英雄である。
ジークフリートと対をなす存在である。
その意味で3幕のバレエは非常に充実している。
楽劇では再現不可能な、ジークフリートの歓喜にあふれたダンス。
まだ自身について何もしらされないゆえのほの暗さとそれと対照的な底抜けの明るさと軽やかさ(少年時代)マリアン・ワルターとミカエル・パンツァフ。ジークフリートは本当にすばらしかった。

そのジークフリートを育て、狡猾だが憎めない人物、ジレンマの人であるミーメ。さすらい人に命を翻弄され、ジークフリートを巧みに利用しようとするが、哀れである。
ミーメ役もとてもよかった。

そしてハーゲン。

デュデクのハーゲンの踊りは影の英雄さながらの存在感だった。
ベジャールの振り付けがもっとも映えたダンサーだったように思う。
2回リングを観たが、もう一度観たい踊りは、このハーゲン、そして、ジークフリート(青年と少年)、そしてマラーホフのローゲ、である。
脳裏に刻まれた踊りの躍動感や音楽との一体性、表情・・・もう一度、観たい。
サイダコーワのブリュンヒルデ、ヴィシニョーワのフリッカと共にもう一度観たい。3幕と4幕の踊りから、この指輪へ向けられたベジャールの意匠とマラーホフという存在についてもっとじっくりと観てみたいと思う。日本公演は収録されたのだろうか。
この記念すべき独創的な振り付けと構成をもつバレエと、マラーホフの踊るローゲと彼のカンパニーが演じた「指環」はぜひ収録して映像の記録、舞踏の歴史にも明確な形で残って欲しいと切に願う。


もっとも神の権力に対抗するもの。
ニーベルングの指環の神々は、多神教の神々であり、それらは絶対的なものではない。
むしろ、神の繁栄のみのために振る舞うのか神である。
指環を欺きによって奪い、虚栄を手に入れる神々。
1幕の終わり、ワルキューレのブリュンヒルデに守られ、ローゲが立ち去る幕際の演出は見事。
(シェロー演出/ブーレーズ指揮の指環を観ながら)

補足*今回のプログラム堀内修氏によれば、ベジャールが下敷きとしたのもフランス人演出家パトリス・シェローと指揮者ブーレーズによる1980年のバイロイト版であるという。ベジャールがインスピレーションを得た事が解る。
このバイロイト版は初めて映像収録された指環なのだそう。
因みに2005年6月、つい最近DVDで再発売された模様。
amazonにはなく、私はHMVで購入した。
輸入版なので、日本語字幕はなく、英語かドイツ語(中文はある)だが、その映像と音楽の保存版としては十分。ベーター・ホフマンのジークムントやローゲも素晴らしい。http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=1065345
指環