1DAY-25HOURS デザイン・フォー・ライフ

from ousia@web 高嶺(Takane)によるデザイン・フォー・ライフ. テキストと写真で綴ります.

August 2013

「言語は複数存在するという点で不完全であり、至上の言語というものが欠落している。考えることとは何の付属性もなければ、呟くこともなく、沈黙の内に不滅の言語を書くことなのだが、地上のさまざまな国語の食い違いが人に語を発することを妨げる。そうでなかったなら、語はそれ自体、物質的に真理であるたった一回の刻印によって存在するだろうに。」・・・


マラルメは、言語の不完全性質を指摘する。これは、我々が言語に携わる際、時に忘却することだ。
世界に複数の言語があることは、われわれの理解する、あるいは未知の言語の不完全性質を意味する。
それは不完全だ、しかし、言語の不可能性をただちに意味することに留まらないだろう。



「不在の花」この場合イデアを意味しない。非有の意味でもないであろう。
教養論叢を読んでいて、時々考えたテーマ。
不在の花とは、おそらくはアヴェロエスの言う一義性に近いと感じたのだが、それにはさかのぼれば、パルメニデスを考慮しないわけにはいかない。
非有、不在ということばには、意味、事柄を厳密に考える作業が必要になる。
(不在と非在は異なるのだ)
完全言語、とは可能態を意味するであろうし、それゆえに不在とも表現される(と思われる)。


われわれは、無という言葉にも、意味よりも雰囲気、イメージ、感覚でとらえようとする癖がある。それは、知ったような感じ、分かったような感じ、であり、こうした習慣が、日常についてまわっている。
(記憶、感情との経験比較によってそれを行っていることが多い)
分かったような感じの蓄積でとらえられた世界と人間、文化、法などはどのように認識されているのか。
(要するに、極めて日常生活上に関わる(関わらざるをえない)認識・行動に関わることがらについて言っているのだが)
またもともと根づいている言葉が持つ意味と、翻訳された言葉の違いによって、説明を理解する段階で認識がずれてしまう。何事かを理解する際に、了解の確認が必要で、独学のみが危険となっていたのはそのためであったと考えられる。つまり同じものを受容しても、了解が一致しなければ違う認識が生まれる。

・・・

マラルメは同時代に広く読まれたわけではない。引用した文章に戻れば、「沈黙の中に不滅の言語を書く」という部分はおそらくシュルレアリスムにひろく用いられることになる。(しかしシュルレアリスムもまた、広い手法となる際には意味は拡散されているように思われるのだが。)
言語が書かれたもととして生きるゆえに、時間、場所を限定せずにこの問いは行われ、その時代ごとに解釈がいくつかの例として提出されるのかもしれない。








新装版 普遍の鍵
パオロ・ロッシ
国書刊行会
2012-08-22









ukjapan 公式イベントに参加し、国立国会図書館電子書籍アーカイブに記事を収蔵されたみなさま。
五周年を期に、閉会式出席メンバーが発起人になり、フォーラム・グループが作成されました。
拙blog管理人も、グループ管理者を仰せつかりました。私が直接お会いしたり、コンタクトをとれるかたにはご連絡いたしますが、blog上の窓口としましては、当時公認行事に参加されていたかたは、blogメールアイコンからご連絡下さい。現在、Twitterはチェックできておりません。ご了承ください、またお返事が遅れることがあります、宜しくお願い致します。
リンクなどの詳細編集は後程。

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日本史的学習参考目的含め、大津、滋賀方面に行った際の備忘録。
テキストは後程。どうもモバイルからだと文は書けない。そして個人的な目的でパソコンになかなか向かう時間が,,, ,,,,

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湯ノ湖畔




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日光レークサイドホテル
初めて宿泊したのは私が小学生の頃なので老舗ホテルです。当時、外国人客の大半がここに宿泊したのではないでしょうか。日光の世界遺産登録で、東照宮周辺を観光して終わる・・・・のではなく、奥日光こそ一日かけてほしい場所です。戦場ヶ原トレッキングなどは今回もできていませんが...(体調の問題で)
フレンチの銀食器も変わらず使われているのでしょう。


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慣れているホテルだからかリラックスできます、部屋で好きなワールドミュージックやクラシックの有線をかけて休んだり、湖畔を散歩したり。

日光へ行ったらぜひ一足伸ばして中禅寺湖〜戦場ヶ原へいってもらいたいです。
都心からわずか2時間で国立公園ならではの自然の美が実感として得られます。


夏は再度娘が学校で靭帯を怪我して松葉づえで大変でした。
本当に大変でした・・・。

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「百科全書は十巻本として、分割払い可能ながら280フランの値段で刊行された。各項目がその部分にもっとも精通した人に委ねられていたのである。だが、もっとも重要なことは、初めて著作が有力者たちにへつらうために書かれたのではなくて、ただ読者たちに奉仕するためだけに書かれたということである。」
(ルチャーの近代哲学「百科全書派」より)


丸善丸の内にて、貴重書展が開かれる。(10月9日から15日まで)
ディドロ生誕300年記念。

この仕事が完成したのは1772年であり、20年掛かった。


「ディドロは百科全書を考えた最初の人だった。(略)当初は出版者ル・ブルトンはいくらかためらった。百科全書は相当高くつくことになるだろうし、パリのような、大半は無学な人びとが住む都では、これを買うものも少なかろうと。だがその後、ダランベールも加わって納得させるに至り、ル・ブルトンも決心したのだった。」

百科全書派を手助けした人としては、当時の二人の億万長者、パリ人ヴァンサン・ド・グルネ、ポンパドゥール夫人がいた。両人とも自分の家を知識人たちや哲学者たちに開放した。このサロンに出入りした人々は、ミラボー、デュルゴー、エルヴェシウス、ビュフォン、デュグロ、フェルナンド、ガリアーニ神父が挙げられる。


物語近代哲学史〈2〉デカルトからカントまで
ルチャーノ・デ クレシェンツォ
而立書房
2005-07



百科全書派のガリアーニ神父(1728-1787)は、幸福と金銭を結び付けて考えることについて警告している。
数量的な過不足、それ自体が幸福から遠のく。『貨幣論』では、富裕な人々の貪欲さを批判し、そうでない人々には金銭や貴金属とを幸福と同一視しないように促したといわれている。
金銭をどのように使うか、ルネサンス期から近代にかけて、それらは所有する人々にとっての関心事であっただろう。百科全書は知が分散しないことも象徴づけている。


文理のへだたりはもちろんだが、分野の知が離れている実感を持つ人は多いのではないか。
今日こうした取組を提唱することがあるだろうか。文字が読めることで識字率は上がるかもしれないのだが、我々は読むべきものを読んだり、理解する必要があることを理解しようと努めているだろうか。

今日とて書き手は読者のことを考えて、あるいは言葉が生けるものとして独り立ちできるように書くことに努めているだろうか。人の認知欲は、よくもわるくもこのことに関わる。

書くことはむしろアイデンティティの強化のためではなく、無私に近づき言葉そのものが生きるように書かれ、それがうまくいく時にのみ、テキストと名前は結びつく(ように思われる)


言葉や知識探究は、古代人たちが求めた「不死に肖る」ことの一部である。時間感覚・認識の問題なのか、「長き」を求める人はいても、より善いようにと考える人は多くはないだろう。
これは素朴な感慨なのだが、それを公共知として考え、必要性をどのくらい認識できているだろうか。


300年後には、我々の今日は何が価値として遺されるだろうか。


百科全書 序論および代表項目/ディドロ/ダランベール/桑原武夫
百科全書 序論および代表項目/ディドロ/ダランベール/桑原武夫



ドゥニ・ディドロ
法政大学出版局
2013-09-30




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UK-JAPAN(日英交流150周年)のメンバー様から御連絡頂きました。
半蔵門の英国大使館公邸での授賞式、閉幕式でご一緒した10名の方、懐かしい限りです。

私がこのプロジェクトに参加したきっかけは、ミレイ展の感想を読んだ担当の方からのオファーがあったからでした。主に美術史・展示に関する分野の執筆や写真を依頼されました。
舞台芸術や庭園、音楽などでも寄稿しました。
当時から同窓会的な集まりをしてまた話たいですね、と言ってましたが、実際、コアな部分が共通する点が多く、会話の中でお互いにあたらしいことを得たりと大変盛り上がったのでした。

ぜひ実現したいものです。


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模様替えしたので写真を。
白いバラは緑光、ゼラニウム、アイビー、オリーブの枝等を活けました。
夏だからこそ、花を絶やさないようにしたい。(つまりはそういう時間的精神的余裕がほしいものです)
ギリシアのオイルランプ。

長い梅雨のような寒々しい7月のあと、熱帯的な夏日が続きますね。平年的にはこの時期は少し秋の気配があるものですが、おそらくは9月には再度夏日続き、10月には急に冷え込むのでしょうか。

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返り咲いたワイルド・イヴと百合の花。
百合は正式な名称がわかりません!
が、日吉のメディアセンターにも似た百合が群生して暑さのなから咲いてました。

オーラルヒストリー学会記念講演、7月のことなどは時間あるときに記述したいです。

娘の怪我についてご心配やお見舞いのメッセージ、御手紙などありがとうございます。
いろいろありまして滞っていますし、なにも能動的に書けない状態でした。また書くべきことが多い認識はあれど、意味について整理できない心境でしたが、サイレント・スパイラル 沈黙の連鎖が起きるのもよくないように考えられますので、少しずつ記録したいとは考えています。

個人的な状況としては、短く言うと7月に無理が重なりました。

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某情報誌にてコールドサーモンを見つけたので作ってみました。
コールド・サーモンは、通常は焼き魚にしてしまうさけの切り身を野菜、スープで煮て冷製にしたものです。





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