1DAY-25HOURS デザイン・フォー・ライフ

from ousia@web 高嶺(Takane)によるデザイン・フォー・ライフ. テキストと写真で綴ります.

April 2011

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以前チューリップとフリージアを頂いた知人のお花屋さんから、トルコ桔梗を頂きました。グリーンと白の配色が美しいです。こんな八重のトルコ桔梗がいまはあるのですね。玄関と仕事場に活けました。

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今年初めて咲いたバラは、スヴニール・ド・ラ・マルメゾンです。

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にこさんは元気です。(19才と半年)暖かくなり食欲ももどってきた様子。
狂犬病予防注射にもようやくかかりつけの獣医さんで行いました。
前回と代わらず心臓にも雑音はなく。体重は少しずつ落ちているのですが・・・
娘の予防接種もようやく予約して行いました...夕方19:00までやっているクリニックで接種しました。

私としては、金曜朝に初めて胃カメラをやりました。
大変と聞いていたので心の準備?ができていたからかそれほど大変さだとは思わなかったのですが。
元々肉体的な苦痛には我慢強いからかもしれません。それよりも自分ではどうすることもできないことについてはもう、特に恐怖は覚えないのですが。具合が悪いときほど、そういう意味では平静なのですけれど(分析してしまう)、その分、数日後に負担がくるようです。

内視鏡検査では、喉、腕、肩の3箇所に注射・麻酔をするのですね...

翌日、早朝から隣県へ出張だったので、それが堪えました...

それから、自分が考えごとをしているときに、
いろいろな相談を受けたり、道を聞かれたり、電車を聞かれたりすることが多いです。
私自身が、あれこれ思案しているときでもあるのですが、
「一体どうしたらよいでしょう」というようなことを深刻に聞かれることが...地震以来大変に増えたように思います...

(なぜか、自分が忙しいとき、負荷を感じているときに「エトワール」を観ると元気づけられます。)

連休中は娘の学校行事、役員選出等と、仕事の一環で毎年行っている小中学生の博物館引率を監督する予定があらかじめあります。

本来、3月・4月に行うはずのことが終らせられておらず、どうにか時間をとって行わなければ。

義務としてすべきことをひとつひとつ行っていかねば、という状態です。


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写真はスノードロップ。
(蓼科・バラクライングリッシュガーデンに招待頂いたときに撮影したもの)

3月初旬からいくつかのことがらが重なり、体調を崩していました。謝恩会は出席できず、代わりに家族に出てもらいました。
そして3月11日に大震災が起こりました。
娘は学校から徒歩で帰宅しました。
私はこの日朝から大変体調が悪く寝込んでしまい、地震の強い揺れ自体を覚えていません...たまたま仕事に行く前の家族が在宅していたのでよかったのですが。にこさんも怪我もなく、体調に波がありますが今も食事や歩行もできています、一時期は水も飲めなかったときもありますが・・・(ご心配頂き本当にありがとうございます)

動物たちは地震の前からやはり不調になったり急にハムスターたちが冬眠に入って死んでしまったようです。

3月末の卒業式にはなんとか出席しましたが・・・

直後からの余震、停電もあり、今も体調はよくありません。
年度末の仕事もあり、できるときに行う、ということの繰り返しです。
停電の実施を東京電力は「計画停電」と言っていますが、およそ「計画」的とはいえません。その日の夕方から夜の停電を、当日の正午に行うかどうかが防災無線で放送され(メール登録しても大体13時前後)、また翌日の停電も直前までわからず、パソコンを使う作業・仕事もほぼまったく計画通りには進まず....
日常・時間を常に逆算しなければならない状態といえるでしょうか。
記録以前、前近代的な状態になっています。
私が居住しているところは30万人都市ですが、そのような状態です。
私の仕事自体1日、1週間、1ヶ月、3ヶ月、1年といったいくつかの区切りでそれぞれ計画をたてなければならず、このことだけでも常に考えてしまうことがらです・・・
すこしでも作業が進められる状態になったら一人で明け方に起きて作業するという繰り返しで1ヶ月すぎてしまっています・・・

3月は大変だったのですが良かったことは個人的に入試のアドバイスをしていた国公立大学受験生が無事に合格したことと、お礼と感謝のことばを頂いたことでした。ダメージが大きいときの頂く言葉の大切さを感じました。それだけに、現在とこれから活動する機会があるはずの人たちについても危惧します。

被災された地域、とくに福島県や宮城県は何度も脚を運んだことがあるので、本当に心が痛みます。福島県は、自然も豊かで野菜やお米も美味しく、郷土料理や文化も豊かなところです。それが原発の事故によって失われてしまっている。
パルシステムのカタログでは、三陸産や福島、岩手などからの産直のものに企画中止のしるしがあります。本当によいものを生産しようとしている方の立場を考えると心が痛みます。首都圏の電力をまかなうための原発がふえていくことにずっと危惧していました。(社会資料をみていれば、この15年でいかに原子力が増えてしまったか、利便性とコンフォート、効率化を最優先するためにどれだけの電力を必要としたかがはっきりする)

引越しをするときにすでにオール電化は主流でしたが、私はエネルギー源を一元化することに不安を感じたためにガスを利用しています。電磁波の影響もまだ未知数だからということもありました。

「放射能の健康に対する危険性を考慮するときには、原子力産業がわれわれを説得していることとは逆に、放射能には「安全な」レベルはあり得ないのだということを銘記する必要がある。(中略)われわれはふだんの生活でたえず低レベルのバックグラウンド放射能にさらされてる。それは何十億年にもわたって地球に降り注いでいる宇宙線でもあり、また、岩石、水、動植物に含まれる天然資源という贈り物からくるものもある。この天然バックグラウンドからくる危険性は避けることはできないが、それをさらに増やすことはわれわれの健康を抵当に賭けをするようなものなのである。」 (F.カプラ)

利便性や効率化は何かを犠牲にする。
消費だけの世界は狩猟世界の不毛さと類似する。

私は昼間から照明が必要だとは思わない。ヨーロッパの空港などでは人が使っていない施設では照明をおとしているのが当たり前である。
ライフラインが復旧することは近現代都市としてあたりまえの生活基盤だが、その在り方や使い方、量の限度などは考えなおすべきなのではなだろうか、と思うこともある。

「今日、私たちの住む社会は、社会思想家たちの予言どおりになったわけではない。私たちの制御可能性が高まったというよりは、むしろ制御しうる範囲がせばまった、すなわち、私たちは今「暴走する世界(Runaway World)」に直面しているのである。しかも、科学技術の進歩をはじめ、人生をより確かで予測可能とするはずの緒力のいくつかが、ときおり、まったく逆の効果を発揮するようにさえなった。
新しいリスクと不確実性の多くは、どこに住んでいようとも、また経済的にめぐまれていようがいまいが、だれもが等しくさらされるという普遍性を持つ。」(A・ギデンズ ”Runaway World”)

80年代、2000年代初頭からこうした警告はされてきた。
何かが起こるまでは問題にならない、ということも多い。


また、過剰な自粛と情報規制から、震災ー恐慌ー大戦ーといった数十年前に起きた閉鎖的な状況に向かうことを危惧している。


私自身の状態としても、
今も1日1日のことを行うことしかできていない状態です。
仕事の責任もあります・・・頼まれることもあります。
これらはできるときに確実に少しずつできるしかない。
気象庁の震度表示によると眠っている人のほとんどが目をさますといわれる震度4に対して、震度2は眠っている人のうちわずかの人が目をさますのだそうです。私は2で確実に揺れを感じるのですが・・・頻繁な余震を感じます。(余震が震度4−5で起きてる地域の方は本当に大変な心痛だと思います)


4月とは思えないような寒さです。
ばらのつぼみはいくつかついています。110404_0942~01


ユニセフ、日本赤十字、あしなが学生募金への募金をしました。
パルシステムを通じた産地への義援金も送っています。
動物たちのことも気になります。

メッセージ、励ましのお言葉とアドバイス、お手紙など頂き、本当にありがとうございました。