1DAY-25HOURS デザイン・フォー・ライフ

from ousia@web 高嶺(Takane)によるデザイン・フォー・ライフ. テキストと写真で綴ります.

December 2009

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バルジェッロ国立博物館は初期ルネサンス彫刻好き(つまり私のような人間)には宝物の詰まった場所である。 1階のギャラリーはガラス張りなので、通りからジャンボローニャやミケランジェロの作品も観られる。 しかしここで真っ先に目指すのはとにかく「ドナテッロの間」である。エントランスをぬけて中庭へ出ると、2階に向かう階段がある。 回廊のドアを開ければそこがドナテッロの間である。 正面には、「聖ゲオルギウス」が、そして「ダビデ(メルクリウス)」が、フィレンツェの象徴である盾をもつライオン「マルゾッコ」が佇む。 ここは、世界中からこれらの作品に会いにくる場所なのだ。 写真は2階の回廊。チケットを買い、中庭に出ると外の階段から2階のギャラリーへいくことができる。 ロレンツォ・ギベルティとフィリッポ・ブルネレスキの1401年のコンクラーベ時の「イサクの犠牲」もここに並べてある。 ギャラリー後方にはルカ・デッラ・ロッピアの作品が豊富であり、その脇には、ドナテッロの「踊るプットー」もある。とにかく....正直言って何時間いても飽きることがない。中庭へ出てまたギャラリーへ戻る。もちろん、若い少年時代のレオナルド・ダ・ヴィンチをモデルにしたというあのヴェロッキオの「ダビデ」(レオナルドは弟子だった)も観るのだが、やはりドナテッロの間に戻ってきてしまう。 配置はとても配慮されたもので、非の打ち所がない。天然光が差し込む天井の高い広間。 マルゾッコとゲオルギウスは正面からみると重なるようにできている。360度の視点から多様な造形と美と思想を表現する彫刻作品を観られる貴重な場である。 私たちと同じ開館前から並んでいた10代の女の子もドナテッロの間を探していた。そしてダビデとマルゾッコを模写していた。私もそうとう....長い時間この広間にいたが、彼女もずっと作品と対峙していた。 作品との対話ということばではこの広間については語りつくせない。 作品と彫刻家が「待っている・佇んでいる」場所である。 バルジェッロ国立博物館は4日間フィレンツェに滞在中、2回脚を運んだ。 1回目は、フィレンツェ・ペレトラ空港に到着した翌朝9:45に行った。サンタ・トリニタ広場をぬけ、まだ誰もいないカルツァイウォーリ通りを歩き、ドゥオーモのドームを見上げる。ブルネレスキの像の前でまたドームを見上げるとアルベルティの「絵画論」の序文(ブルネレスキあての手紙でもある)を思い出す。そしてドゥオーモの設計からブルネレスキ死後に完成するまでのエピソードを思い出す。 滞在中2回目にたずねたときは最終日の昼だった。サンタ・クローチェ教会から再びバルジェッロへ向かった。 バルジェッロ博物館では、ドナテッロに関する英語の文献を2冊、イタリア語の文献(おもにダビデについて)を1冊、バルジェッロ博物館の図録(英語版)を1冊購入。ブックショップの女性はいろいろと本について相談にのってくれた。ブックショップについても感想ほか書きたいことがあるのだが、それはまた改めて書きたいと思う。 1010695
滞在したトルナブォーニ沿いのテラスにて。 サン・ロレンツォ聖堂やアルベルティが設計したサンタ・マリア・ノヴェッラ教会も見える。 ※ 回廊や中庭は写真撮影可能だが、その他の場所、作品は撮影禁止。わからないときは係の人に尋ねてみるとよい。 バルジェッロはウフィツィなどと異なり、開館時間が午後二時までと短い。

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トルナブォーニ・ベアッチはサンタ・トリニタ広場に面した場所にあるプチホテルです。
私のようにミュージアムや教会、建築物を訪ねる目的のフィレンツェ滞在者にとってとても心地のよいホテルでした。フロントスタッフも、ベルボーイの方も、ルームメイクのスタッフも朝食ホールのスタッフも大変親切で笑顔が素敵で、旅の拠点にしていて落ち着くホテルです。
朝食は暖かい季節ならばテラスでも食べられますが、朝食ルームも落ち着いています。
テラスはいくつかのホテルサイトでも案内されているように、季節の花で丁寧に管理されてとても居心地のよい空間でした。サンタ・マリア・ノヴェッラ教会のファサードや鐘楼がテラスからみえ、カフェやエスプレッソ、バーで注文したベッリーニなどのカクテルで一息つくことができます。私が行ったときは冬でしたが、シクラメンやレモンの木が植えられて、テラコッタの空間がとても温かみのある自然でした。
街の賑わいから離れて、空中庭園のようです。
イタリア語と英語が多少できれば、心地よく過ごすことができます。クラシックなインテリアや庭が好きな方にはおすすめです。近代・現代的すぎる感覚の方や人とコミュニケーションをとるのが嫌いな方にはもっと他のホテルを利用してほしいと思います。
ホテルスタッフと話をしていると、フィレンツェをとても大切に思っているのがよくわかります。
フィレンツェらしい、パブリックスペースがとても充実しているプチホテルです。

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サンタ・マリア・ノヴェッラといえば日本では薬局の香水などコスメ的な認知度のほうが高いですが、アルベルティの設計したファサードが美しい教会です。そして中にあるフレスコ画や彫刻もとても素晴らしく、何時間いてもあきない魅力があります。ジョットの十字架がステンドグラスと調和し、マザッチョの「聖三位一体」は遠近法が正確に描かれた記念碑的なフレスコ画です。ブルネレスキが考え出したという透視図法をいち早く実践し、のちに理論体系にまとめたのがレオン・バッティスタ・アルベルティ。
(その絵画図法を後に完全に再現してみせたのが、レオナルドの「最後の晩餐」だといわれています。だからレオナルドの「最後の晩餐」には聖人たちが普通の人間として描かれ、ユダも一列に配され、遠近法の空間を重視されている。)
余談ですが、私にはどうもアンジュラン・プレルジョカージュのマルコ福音書をテーマにしたバレエ作品は(このブログにも感想を書きましたが)この主題が反映されているように感じるのです)

サンタ・マリア・ノヴェッラにはその他にもギルランダイオのフレスコ画、フィリピーノ・リッピのフレスコ画があり、ドナテッロとのエピソードにでてくるブルネレスキの磔刑像もみることができます。

晴れた日のファサードと広場はとても清々しく美しいものです。
アルベルティが依頼されたのはファサードの上部の設計らしく、下の部分との調和を考えて幾何学の計算のもと造られたものといわれています。

アルベルティについては『絵画論』は勿論ですが、メチエの池上俊一さんによる「ルネサンス再考 万能人とアルベルティ」が面白い。アルベルティは家族論も著していて、(現在のジェンダー観点からすれば文句もでそうですが、そういうことを主眼にして排斥してしまってはアルベルティの著作から得るものはないですから)教育論も面白い。
とにかくもアルベルティによって、建築家の社会的地位が上がったといわれています。評論というのは価値の再考であって、他者が不当な立場にあるのを援護する役目において意味があるのだと思う次第です。

個人的な日記としては大晦日、元旦は休みですが、どうにも体調が復調しません。
熱から喉の炎症になって、今朝からまったく声がでない状態です。

呼吸器系や腰椎などもともと弱いところに症状が残っていくだといわれました...

新年の買い物などはここ数年、人ごみにでるのが辛い+時間もないので、必要なものはすべてパルシステムで注文して配送していただきます。配送の担当者の方に感謝です。1月は20日すぎまで休日がなさそうなので、本当は27日に「ベジャール・バレエ」の映画を見に行きたかったのですけれども、公開しているうちに外出できる日があるかどうか。春までの気持ちの支え(苦笑)が「ベジャール・バレエ」の映画、ボルゲーゼ展、マッキアイオーリ展の3つなので、心中穏やかではありません。
あとはひたすら、なにをするべきか、どうすればベターか、の自問と実践の日々です。

このブログをみてくださる方も、体調お大事になさってください。
年内にいくつかお手紙を出そうと思いながらまだ出せていないものもあります。





絵画論絵画論
著者:レオン・バッティスタ アルベルティ
販売元:中央公論美術出版
発売日:1992-10
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イタリア・ルネサンス再考 花の都とアルベルティ (講談社学術文庫 1815)イタリア・ルネサンス再考 花の都とアルベルティ (講談社学術文庫 1815)
著者:池上 俊一
販売元:講談社
発売日:2007-04-11
おすすめ度:5.0
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建築論
著者:レオン・バティスタ・アルベルティ
販売元:中央公論美術出版
発売日:1998-11
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Leonis Baptiste Alberti: Trivia Senatoria (Edizione Nazionale Opere Di Leon Battista Alberti)Leonis Baptiste Alberti: Trivia Senatoria (Edizione Nazionale Opere Di Leon Battista Alberti)
著者:Leon Battista Alberti
販売元:Edizioni Polistampa
発売日:2009-12-31
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On Alberti and the Art of BuildingOn Alberti and the Art of Building
著者:Mr. Robert Tavernor
販売元:Yale University Press
発売日:1999-01-11
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Leon Battista AlbertiLeon Battista Alberti
著者:Anthony Grafton
販売元:Penguin Books Ltd
発売日:2002-01-31
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レビューでも書いたのでblogにも記載します。
パリ・オペラ座の「ジュエルズ」は以前NHKのクラシックロイヤルシートでも放送された作品でもあります。

バランシンがエメラルド、ルビー、ダイアモンド(アメリカ、フランス、ロシアの象徴でもある)を象徴して振付けた「ジュエルズ」。
エメラルドには、クレ・マリー・オスタ、レティシア・プジョルら、ルビーでは、アニエス・ジローとオーレリー・デュポンら、ダイヤモンドではアニエス・ルテステュ..とパリ・オペラ座バレエのエトワールが出演し、それぞれのパートを象徴的に躍っています。フォーレの曲とオスタの躍るエメラルド、レティシア・プジョルの踊りは音楽的で、ジローのルビーはどこか「火の鳥」(フォーキン)を思わせる部分も。ガラ公演などでパートごとに演じられることも多いので、貴重な映像化と思います。衣装はクリスチャン・ラクロワで美しいも魅力です。
ラクロワは以前、マラーホフが出演していた時(小澤さんが指揮をしたとき)のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでも衣装を担当していましたが、ドレープと配色、グラデーションがとても美しく調和的で、この舞台をみていると似た印象として思い起こします。(今年のニューイヤーのバレエはどうでしょう...?)

特にフォーレの曲とラクロワの衣装の緑が華やかでもあり凛とした印象で、緑という色の象徴性を際立たせているように思います。

パリ・オペラ座バレエ「ジュエルズ」 [DVD]パリ・オペラ座バレエ「ジュエルズ」 [DVD]
出演:パリ・オペラ座バレエ
販売元:クリエイティヴ・コア
発売日:2009-10-21
おすすめ度:4.0
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小澤征爾&ウィーンフィル ニューイヤー・コンサート2002 [DVD]小澤征爾&ウィーンフィル ニューイヤー・コンサート2002 [DVD]
出演:小澤征爾
販売元:TDKコア
発売日:2008-02-27
おすすめ度:5.0
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マラーホフが出演しているバレエが観られます。この後のニューイヤーでは、マラーホフはポリーナを後押しする形であまり前面に出ていませんので、バレエ場面としても見所が多いDVDです。このときの撮影に関するエピソードは、マラーホフの自伝的書籍にも書いてありました。ライブ中継なので大変のようです。

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フィレンツェ、サンタマリア・ノヴェッラ駅にほど近い「イル・ラティーニ」は「地球の歩き方」やネットでのフィレンツェのトラットリアなどでも紹介がありますが、滞在中一度は行ってみたいお店です。開店前から行列がある人気店とありますが、行列どころか人が開店をまちきれず群がっています(笑)ラティーニとは確かにぴったりのお店の名前!と思ってしまうほどです。中では給仕をする男性たちが開店前にもりもりと食事をし、食べ終わると急いで片付けられ、いよいよ開店。すごい活気です。ガイドブックなどでは「できれば予約」とありますが、絶対に予約して行ったほうがよいでしょう(笑)私たちは、お昼頃滞在しているホテルの部屋から電話をして予約しました。英語でもOKです。でもあいさつとお礼くらいはイタリア語で話したいものですが...とにかく予約をおすすめします。
フィレンツェにきたら必ず食べに行くというような人たち(大家族)や地元の人、日本人は私たちともう一組くらいでした。
プロシュットはスライスしたてですから、前菜は?と聞かれたら迷わず人数分頼むことをおすすめします。パンはバスケットに山盛りにくるので、あとはメイン(たいていはビステッカでしょうか..)とコントルノ(付け合せ野菜)、余裕があれば食後にカントッチョなどをオーダーしてはどうでしょうか。エスプレッソも忘れずに。
飲んだ分だけ目分量のワインが評判なお店ですが、たしかボトルのサイズは2リットルだったと思います(笑)ワイングラスではなく、もっと厚手のグラスが並べられていてじゃんじゃん皆飲んでいます(笑)まあ実に素晴らしいです、イタリアはワインが美味しいし安いのでそれが当たり前なのです。ちなみに私たちは2人で1リットルくらいは(つまりボトルの半分)飲みました。以前、DINOに行ったときも、グランデのデキャンタを頼んで、全部飲んでしまいましたが..私は日本酒は量はのめませんが、葡萄酒は美味しいしあまり酔いません。体質なのかもしれませんけれど。
お水はお好みでガッサータ(フリザンテ)かナトゥラーレを頼みましょう。2本ずつのんで、1リットルもワインを飲んで...「目分量の」ワインと水の料金はなんと10€でした。ちなみに私は日本語メニューは使いません。リスト(メニュー)がほしければ、リスタを頼みましょう。もってきてくれます。できればイタリア語で注文はしたほうがいいと思います。せっかく食事にきているのですからいろいろ試してみたほうが愉しいです。どうしたいか伝えることが大切です。とにかく活気のあるお店と料理と話と場を共有する人たちが愉しむ雰囲気を一緒の愉しみたいお店です。
愉しむためには意気込みが必要ですがそのほうが絶対に愉しいです。

いろいろと気取らずにそれでいて必要なことは先方から気遣ってくれたカメリエーレたちにはすこしですが帰りがけにチップを渡しました。とても喜んでくれてこちらもとても嬉しかったです。
日本でも、気配りやサービスがいいスタッフにはもっと心づけを渡すような習慣があってもいいのではないでしょうか。時々、そういう気分になることが多いです。あまりにも、同じ店でも人によって対応や感じが違うので、いい人にはもっとなにか形で示したくなるのです。というくらい酷い人が酷いのですけれど...
感じが悪い人がいる店には二度と行かない、買わない、と思う人も多いとおもいます。(やはり、何をしても同じ、何でもいい、どうでもいいという人が多くなると世の中荒んでいくのではないでしょうか....。)

イル・ラティーニではお店の常連のような人たちが、私たちを入店するときに先に通してくれたり。私たちが子ども(娘)をつれているせいかもしれません。本当に正直いって、国外にいくと子どもが一緒でそれを理由に不愉快な気持ちをしたことは一度もありません。勿論、私が一番苦手なのは、最低限のマナーやうるさい子ども、周りに配慮のない「家族連れ」なのです。正直、自分の経験上、2歳以降は子どもは大人がいうことはある程度わかります。3歳までにある程度の基準を設けないと、子どもはただの「大きな子どもみたいな大人」になる可能性が高いのです...。

食事しているときに店主が各テーブルをまわってきて挨拶しにきたり、やはりこういったことが大切ですね。次にフィレンツェに行くときも一度は訪れたいお店です。

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1月はマッキアイオーリとローマのボルゲーゼ美術館からの特別展が開催されます。
フライヤーでは、ラファエッロ・サンティの「一角獣を抱く貴婦人」が大々的に告知されてますが、個人的に観たいのはカラヴァッジオです。ボッティチェリの作品は、その工房とあるようにおそらく助手たちが手をいれている作品で、色彩や仕上げも画面で見る限りにおいてはボッティチェリならではの魅力はすこし弱まっているように感じられます。なんといっても彼の作品特有の天使の描き方が違うというか、ひょっとしてフィリピーノ・リッピが携わっているのかなどと思う部分があるのですが...実際にみたいところです。円形のタブロー(取り外しのきく絵画)は個人が注文した結婚や誕生祝いに画家に依頼したもので、トンドといわれています。ですからこの作品も、個人が個人的な記念やお祝いのために画家と工房に依頼したものでしょう。



ラファエロ作品に顕著なのは、肖像画における服飾・装飾品の細やかな再現でしょう。つまり、衣服の素材やデザインなどを詳細に描き分けられる技量が自然に表現されていくことで、以降の肖像画ジャンルに影響を与えている気もします。

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ローマは月曜がボルゲーゼが休みでしかも完全予約制、日曜はヴァチカンが休みというなかなか両方を見る機会に恵まれないこともしばしば。貴重な展覧会になりそうです。しかし都美術館の展示ルームの無味乾燥さはどうにかならないものでしょうか....いい展覧会があるだけにいつもそれだけが残念でなりません。


昨日から高熱が出てしまい、年末までの仕事がまだ終わりません。
節々の痛みは治まってはきましたが、なんとか週明けまでに目処をつけなければ...。

写真は以前に訪れた際の撮影した、ラファエロの「アテネの学堂」(ヴァチカン)です.ヴァチカンのレオ10世の装飾(フレスコなど)は、フィレンツェのヴェッキオ宮と類似した部分があると感じます。カリオペの書斎や四元素の間などなど...ちなみにラファエロがヴァチカンの装飾責任者に選ばれたのは、やはり装飾品や調度品の質感、服飾の素材感などを絵画で詳細を描きながら自然な絵画を描けることがポイントだったようです。

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以前このblogにも掲載した写真ですが、ローマにあるカラヴァッジョの「聖マタイの召命」この祭壇画の大きさと迫力、明暗とドラマ性には息を呑みます。教会ですから、観るのに入場料はありませんが、寄進を忘れないように...観にいくなら午前か15時過ぎの教会の空いている時間に。私はパンテオンを観た後、この教会近くにある書店や文具店(フィレンツェにあるIL PAPILOの支店があります)をみて時間まで待ちました。

額縁のほうは、2001年イタリア年にあったカラバッジオ展で購入したナルシスの額絵。ルネサンス時代は、絵画・デッサンモデルは徒弟や弟子がしたといわれていますが、そうみてみると、ボッティチェリの絵画にもカラバッジオの絵画にも同じ人物がいるように思えます。ちなみにヴェロッキオのダビデは、徒弟だったレオナルドだといわれています。また最後の晩餐に描かれているヨハネは、やはりレオナルドの弟子だった人物といわれてもいます。

http://health.blogmura.com/tment_tbe/11165/wcnslwc2tfh5

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先日記事にも書いた、メディチ・リッカルディ宮(パラッツォ・メディチ)の中庭です。レモンの木や彫像がローマのヴィラ的なものを感じさせます。冬でもレモンの木と緑が鮮やかで、石造りの町並みからこの中庭にでると「都市の中のヴィラ」を思わせます。ヴィラ文化はルネサンス時代にラテン文学を通じて、市民層に浸透していったといわれています。

回廊には、ドナテッロの装飾がみられます。この邸宅にドナテッロの彫刻があったところを想像しながら歩いてしまいます。ただしリッカルディ家によって改装されてしまったので、メディチ家の邸宅としての面影は、ゴッツォリのフレスコ画「東方三博士の礼拝」の間(礼拝堂)が残っているのみです。

やはり建築というのは中に入ってみないとわからないことが多く、改装されたといっても、建造物はそのままですから魅力があります。コジモ・イル・ヴェッキオが外面はなるべく質素にみえるように、と配慮してミケロッツィに建てさせた外装と内部の印象の違いなども、建築内部に入ることによって感じられる場所です。
ストロッツィ宮などは外観からの印象が強い建築物ですが、例えばアカデミア美術館やサンマルコ美術館(修道院)へ向う途中に、このメディチ・リッカルディ宮の前を意図しなければ通り過ぎてしまうほどです。コジモとミケロッツィの意図は成功したのだろうな,と感じられます。



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コンソール・テーブルの飾りつけを模様替えしました。
一応クリスマス仕様です。このほかに、バニティの飾りと絵、ダイニングのテレビボード(地デジ対応していません..薄型テレビだと上にディスプレイできないので/ずっとトラセリアのサミー・ベアとベア用のソファを置いているのです。TVもあまり観ない、といいますかバレエやクラシックのDVDや録画を見るくらいなので)の周りなどを少々模様替えしました。

プロフィール写真はロッソ・フィオレンティーノと花の写真に変えました。
コンソール・テーブルはローラのクリフトン、絵は初期のサンドロ・ボッティチリです。ポプリは自宅に咲いたバラで作ったもの。活けた花は冬の最後につぼみをつけたワイルド・イブとオリーブ、月桂樹の枝いけたもの。

話は変わって、ピエール・ブルデューの「市場独裁主義批判」と「メディア批判」を読んでいます。

本当に、寒さがぐっと堪える季節になりました。

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写真は、ドゥオーモ(サンタ・マリア・デル・フィオーレ)の広場に佇む、クーポラを見上げるブルネレスキの像。コンパスを手にしています。

東京書籍のイタリアルネサンスの巨匠たちのシリーズもお薦めですが、こちらも絶版が多い状況です。画家・彫刻家・建築家ごとに読める・観られるのが魅力ですが、90年代にNHK出版から6冊シリーズで出たフィレンツェ・ルネサンスのシリーズが概観するのにも詳細をしるのにもお薦めです。すべての図書館にあってほしい本です。


初期ルネサンス(プロトルネサンス)を代表する建築家ブルネレスキ、彫刻家ドナテッロ(ドナート)、画人マザッチオの三人を中心に、ルカ・デッラ・ロッピア、ナンニ・ディ・バンコ、ロレンツェ・ギベルティやマゾリーノの作品とフィレンツェ社会史、フィレンツェのプラトニズムについても概観できる良書です。写真も豊富かつ印刷もよく、1401年のコンクラーベ作品「イサクの犠牲」(バルジェッロ美術館)をめぐる状況なども詳しく入門書としてもお薦めです。フィレンツェを訪れた前や後にぜひお薦めしたい本です。年表や地図も充実しています。
このような本が絶版であるのはとても残念です。シリーズ6冊ともお勧めですが、特にお薦めの本です。

美と人間の革新 ブルネレスキ、ドナテッロ、マザッチオ (NHK フィレンツェ・ルネサンス)
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先日の記事にも書きましたが、レビューも書きましたので再度記事にしてUPします。

再生への讃歌 ボッティチェリ・ギルランダイオ・フィリッピーノ・リッピ (NHKフィレンツェ・ルネサンス)
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古代から近代、現代までを概観するのに便利かつ内容が充実しているのは、やはり新書館の「西洋美術ハンドブック」でしょう。ダンス・マガジンを刊行している新書館から出ています。こちらの初期ルネサンスについては遠山先生が執筆しています。

西洋美術史ハンドブック (Handbook of fine art)
西洋美術史ハンドブック (Handbook of fine art)
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基本的に家で調理して食事することが多いものの、夕食をゆっくりととれることは月に1-2回あるかどうか...のことが多いです。
そのせいか夕食時には電気を消し、キャンドルだけで食事をすることも。
カニと帆立のテリーヌはパルシステムで注文しました。ほうれん草のサラダのつけあわせとカプレーゼ(トマトとモッツアレラ)は、柚子とワインビネガー、エキストラバージン・オリーブオイルとゲランドの塩で軽いソースを作っていただきました。
オキリエッテと自家製のトマト・野菜ソースをあわせました。
ゆっくり食事したいときは、ショート・パスタがいいですね。
来客時も、ペンネやフジッリは会話しながら食べられるので割りと好評です。
最近は年に何回かしかお客さんも迎える時間がとれなくなっていますが...。

電気を消すと、とても静かに過ごすことができるように思います。


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何度か記事にも書いたことのある、LUSHのコスメ部門でもある”B”
日本での販売は店舗では1月末、オンラインショップでも2月で終了とのことで、非常に残念です。処方やものづくりのコンセプトも好きだったので、1月から半額セールというお知らせをハガキで頂きましたが、その前にオンラインショップにて定価で買っておきたかったので、購入。キャンペーンで、ビーズポット各種を頂きましたので記念にUP。フェアトレードの容器(ビーズポット)も好きでした。
自然な陰影がつくれ、目元の肌にも刺激がなく、コンタクト+ドライアイ+PC作業や文献を図書館などで読み込むのにもあまり負担がない化粧品でないとだめなのですが、Bは(コーンスターチがパウダーに使われているくらい)負担なく感じます。

デフレ競争とグローバル資本の激化によって多様性が失われていったり、アイディアが活かせなくなるのは不安です。
このことに限りませんが、私たちは買うことによっても意志表示を(無意識に)していることになります。消費は消費だけではない、そのことが一層加速しながらにして、閉塞感も募ってくる、そんな時代の表層を思ってしまいます。

東京新聞12月18日夕刊に掲載されたイタリア・ルネサンスのフレスコ画の研究と修復をされている宮下孝晴氏のインタビュー記事を読んだ。サンタ・クローチェ教会のフレスコ、「聖十字架物語」(アーニョロ・ガッディ)を修復されていて、南イタリアのフレスコ画がもつ危機などについても触れられていた。サンタ・クローチェ教会は、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会と並んで、また対照的なフィレンツェの教会である。広大な空間は、木製の天上部によって上部の重みを軽減された結果可能のなったもので、内部にはミケランジェロの墓、マキャベリ、ガリレオ・ガリレイなどの墓がある。またドナテッロの磔刑像があり、ブルネレスキの磔刑像があるサンタ・マリア・ノヴェッラ教会とその意味でも対照的な教会だと思う。

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写真はサンタ・クローチェ教会のファサード(正面)です。アルノ川沿いを歩いていくと国立中央図書館がみえ、その角を曲がるとサンタ・クローチェ教会と広場にでます。

約5年かけた修復は来年4月に完成するとのことで、インタビューはとても読み応えのある記事だった。
宮下孝晴氏の「フレスコ画のルネサンス」は持っていて何度も読んだ本。フレスコ画について、ジョットのスクロヴェーニ礼拝堂、ギルランダイオ、マザッチオ、リオナルド、ミケランジェロなどの図版と解説、フレスコ画法について描かれている。こうした内容を知ると顔料を漆喰に閉じ込めて色彩と形を描いたままに見せてくれるフレスコ画をよりよく観られる。

第二次世界大戦ではイタリアの美術はかなりの損害を受けた。
マンテーニャの作品なども爆撃によって粉砕され、現在も一つ一つの破片をあつめて修復していると聞くし、それ以前もたとえば、ウッチェロのサンタ・マリア・ノヴェッラ・緑の回廊のフレスコ画はオーストリア占領時は厩にされていたので損傷が激しく、長年修復されていて現在の再公開に至っている。

修復したものを建築物や広場から外して美術館や博物館として公開するか、もとのまま公開するかというのは難しい選択だろうと思う。誰でもアクセス可能な広場や教会に作品がおかれること自体に本当は意味があるのだが、それを理解しなかったり価値をみとめない人たちから万が一損害をうけたら、あとの時代に受け継ぐことができない。「みるべきものが多すぎて卒倒しそうになる」とスタンダールは言ったのは有名だが、美術や建築、歴史に興味なく「イタリア旅行」をする人も増えてしまった。

話がそれてしまったが、宮下孝晴氏の本はお薦めです。
それから今は絶版になっていますが(古本では購入できます)NHKのフィレンツェ・ルネサンスのシリーズ(ジョットからプロト・ルネサンスまで、初期ルネサンス(ブルネレスキ・ドナテッロ、マザッチオ、ナンニ・ディ・バンコ、ルカ・デッラ・ロッピア)、フラ・アンジェリコ、フィリッポ・リッピ、再生への讃歌(ボッティチェリ、フィリピーノ・リッピ、ギルランダイオ)、三巨匠(盛期ルネサンス)、マニエリスムの全6巻シリーズ)このシリーズは近年のムック式の雑駁で浅薄な解説がついた薄い美術シリーズとはまったく異なり、解説も図版も地図、年表も充実していてルネサンスが概観できます。


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サンタ・クローチェ教会のほうへ歩いていくとこんな風景に代わってきます。都市のすぐ近くに明るい丘陵地帯の風景が開けてくるのがまた魅力です。



フレスコ画のルネサンス―壁画に読むフィレンツェの美フレスコ画のルネサンス―壁画に読むフィレンツェの美
著者:宮下 孝晴
販売元:日本放送出版協会
発売日:2001-01
おすすめ度:5.0
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再生への讃歌 ボッティチェリ・ギルランダイオ・フィリッピーノ・リッピ (NHKフィレンツェ・ルネサンス)
販売元:日本放送出版協会
発売日:1991-03
おすすめ度:5.0
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美と人間の革新 ブルネレスキ、ドナテッロ、マザッチオ (NHK フィレンツェ・ルネサンス)
販売元:日本放送出版協会
発売日:1991-08
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三巨匠 レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエッロ (NHK フィレンツェ・ルネサンス)
販売元:日本放送出版協会
発売日:1991-04
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追記
ひとつ気になったのは、この記事にサンタ・クローチェ教会の外観や修復作業中の写真などが一枚も載せられていないということ。フレスコ画が教会にあるから新聞としては遠慮したのでしょうか?しかしそれでは、中世から近代における芸術・建築・自然科学すらもまともも知ることも読むことも取り上げることもできないのではないでしょうか。

1月23日・24日、イリ・ブベニチェクとオットー・ブベニチェクとドレスデン国立バレエによるバレエ・ガラ公演があるようで期待しています。ブベニチェク兄弟が出演している映像はといえば、アニエス・ジローと競演している映画「オーロラ」などもありますが、2008年のbunkamuraエトワールガラでの「カノン」が素晴らしかったので、全幕での公演(日本初演)を期待しています。カノンはギリシア語で規範の意味。正確かつ流れるような、上昇旋律の音楽に沿うようなバレエが印象的でした。マチュー・ガニオとイリ、それからリアブコの3名で躍られてとても記憶に残っています。

それから、「たどり着かない場所」(という邦訳が合っているのかどうかはやや疑問ですが、ユートピア的、NOWHERE的な概念でしょうか?)原題はUnerreichbre Drleも期待してる演目です。解説によれば、あのプラトンの”Symposoum”(『シンポシュオン(饗宴)』をテーマにしているとのことで、こういう演目が日本で公演される機会はとても珍しいと思うので脚を運びたいと思っています。1月は前半、半ばともに週末もなかなか空かない日が多いのですが、期待している公演です。(場所は埼玉芸術劇場)エトワール・ガラのときのように予定演目が変わらないことを祈ります。。

それにしても、1月2月や7月8月という多忙な時期に行きたい公演が重なって諦めることも多いです。先日のギエムの「聖なる怪物」も然り...ルグリの公演も然りです。

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1月16日から目黒庭園美術館で開催されるマッキアイオーリ展については以前記事にも書きましたが、公式WEBで割引券が配布されていますので再度UP。「イタリア印象派」となうたれていますが、いわゆるフランスの印象派が光学理論の実験的絵画+感覚重視な絵画だとすると、マッキアイオーリ展で公開される絵画は自然描写も風景、動植物も素描をおろそかにしない「形」と「色彩」が調和した表現が目をひきます。
1850年代、トスカーナにおこったリソルジメント(イタリア統一運動)の時代の絵画運動作品が紹介されるマッキアイオーリ展は、以前カラバッジオ(ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラバッジオ)展が開催されたときと同じ目黒庭園美術館で1月16日から公開されます。
1/15までは公式サイトで割引券がダウンロードでき、配布されています。

フィレンツェのピッティ宮近代絵画館からの出品です。

リソルジメントやこの展示について先日記事を書いていたのですが、ブラウザのエラーで全部消えてしまい、復元ファイルもタイトルしか残っていませんでした。
どうもIE8にしてからエラーが起こりやすい状況になりやすいようで困ります。

美術展といえば、兵庫県立美術館から山本六三展のお知らせが届きました。フライヤーの画像と一緒に近いうちに記事に書きたいと思っています。80作品の大規模な回顧展のようです。

写真は以前に訪れたときのピッティ宮(パラッツォ・ピッティ)のボーボリ庭園側から撮影したものです。一説によると、フィリッポ・ブルネレスキがコジモのために設計したがコジモが周囲からの嫉妬をおそれて取りやめたメディチ-リッカルディ宮の建築プランの一部がピッティ宮に採用されているようです。ヴァザーリの記録によれば、コジモが断念したことに落胆したブルネレスキは設計を破いてしまったそうですが、確かにピッティ宮をみるとそういった周囲の羨望からくる嫉妬をかいそうで、断念したというコジモの気持ちがわかるような気になります。ブルネレスキに代わってパラッツォ・メディチの建築を担当したのはミケロッツィですが、コジモ自身も相当に建築には詳しかったようです。もし実現していたとしてブルネレスキのメディチ宮やポッジオ・ア・カイアーノが建てられていたらどんな建築だったのか、ついそんな事を考えてしまいます。


フィレンツェは伝統的な民主・共和制でしたから、あまりに目立つ有能・有力者は追放されてしまったという社会背景があります。特にプロト・ルネサンスの場合は社会背景が重要です。

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ドナート、ドナテッロの魅力について「明確」に語ることは果たしてできるのだろうか? 多くの優れた、長い間人々を魅了する作品は、語りつくすことができないがゆえに、常に多くの人の目をひきつける。

ドナテッロの「ダビデ」あるいは「メルクリウス」はドナテッロの魅力に満ち溢れている作品である。
「聖ゲオルギウス」、「踊るプットー」、「ユディットとホロフェルネス」の魅力のすべてを一つに集めて、なお余りあるようなブロンズ彫刻である。
360度から観られることを念頭に造られた彫刻は、一つの作品、一つの主題に、多元的な思索と視点を包括している。
ここで多くのことを語れないが、例えば、アンソニー・ヒューズが指摘したように、「私たちは作品の裏側に私たち自身を観たがる」という傾向がある。

たしかにその通りなのだが、しかし個々の解釈をすることを、見る側は臆することはない、と私は思う。
それは、作品にとって、観る側の人々の目は前提であり、観る人が何かを受容すること(受け取ること)がその作品が「生きつづけている証」なのだから。
ただし、観る側、つまり私たちは作品に対して謙虚に、沈黙の中で対峙しなくてはならない。作者と作品が無言で放つ言語や意図を受け取るために、鑑賞者にとって必要なことである。
観客なしの舞台がないように、読者なしで書物が書物で在る事のないように。

優れた造形物は言語を凌駕する。
それと同時に、優れた造形物は極めて言語的であり、理論に基づいている。
それゆえに、自明のような自然さでそこに佇むのであり、人をひきつけて止まない。

ドナテッロの彫刻における精神は、相反するものを一つの形にし、しかもそれが超越的かつ調和的であることである。
このことはいつか詳細に書くことができればいいのだが、これは彼自身の気質や周りの人々との関係なども反映されている。つまり経験、環境もまたそこに影響しあっている。
ブルネレスキ、コジモ、そしてフィチーノとの関わりはどうなのか、また歴史的にみると、ロレンツォ・イル・マニフィコの死の前後とポリッツィアーノとミケランジェロとの関わり、プラトニズムとフィレンツェの関わりなど興味はつきない。
アレッサンドロ・フィリペピ(サンドロ・ボッティチエリ)はその転換がもっとも影響を与えてしまった画人のようにもみえる。

作品は多くを語るが、即物的に眺めていても解読できないこともあるのではないだろうか。その周囲や社会的状況、思想史をみることで、なぜその作品が際だっているのか、その理由を見つけることができるのではないだろうか。
しかしそれは「あら探し屋」のような言動によってではなく、「よさ」を受容し理解して生かしていくために必要なのではないだろうか。


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「ユディットとホロフェルネス」はパラッツォ・ヴェッキオの広間に現在置かれている。(フラッシュをたかなければヴェッキオ宮内は撮影可能)
外に広がる大きな窓からは、ブルネレスキの大聖堂ドーム、ジョットの鐘楼などが眼前に見える。メディチ家追放のあと、次々に場所を移動させられたドナテッロのユディットだが、ここならばブルネレスキの仕事も見え、フィレンツェの街も見渡せ、「ダビデ」や「踊るプットー」が置かれているバルジェッロの塔も見渡せる。

作品に相応しく、作者がおそらく心休まるような場所になるべく置こうという、細やかな配慮を感じるのは私だけだろうか?


ヴァザーリの『ルネサンス彫刻家建築家列伝』(白水社)から、このドナテッロの晩年の傑作ユディットについて引用させていただく。

「フィレンツェの政庁(シニョーリア)のために、彼は政庁前広場の開廊のアーチの下に置く鋳造作品を作った。それはホロフェルネスの首を切り落とすユーディトで、たいへんに卓越した技量のほどを示す作品である。ユーディトの衣服や容貌の外面的な単純さをじっくり観察していると、その内側にはこの女性の剛毅な魂と神の御加護がはっきりと認められる。一方、ホロフェルネスの表情には酩酊と眠りが、生命が絶たれて冷たく垂れ下がった四肢には死が見てとれる。(略)彼はこの作品に非常に満足したので、他の作品ではしたことがなかったが、今日でも見られるように「ドナッテッロ作」と自分の名前を刻んだ」(森田義之・上村清雄訳 P.158)

ヴァザーリが言うとおりユディットの容貌と表情からはリアリズムとそれ以上にユディットの内面性が克明に現れている作品である。そしてホロフェルネスについては、ヴァザーリはその身体には死が見て取れると書いているが、それ以上に私が感じたことは、、腕は死によって物質と化した脱力した身体の表現が、脚は今まさに息絶えようとして苦痛のために極度に緊張した身体の瞬間が刻まれていることである。つまり、ホロフェルネスには死と生命の両方が刻まれているブロンズ彫刻であり、しかもその表情は苦痛よりも永遠の眠りと酔いが表されている。ユディットの理性と狂気の共存した表情と対照的ながら、一つの作品として調和して現前しているのを、私たちはみることができる。ドナテッロの作品はどれも、多かれ少なかれこの両義性を持っていると私は思うのだが、二人の人物を一つの作品にしたものとしても、その完成度にしても稀にみる作品である。

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ユディットの前に広がる大きな窓からの風景。
ブルネレスキ、マザッチョ、ドナテッロは友人同士でもあり、思想的なリーダーはブルネレスキであった。バルジェッロ博物館のドナテッロの間には、ギベルティとブルネレスコの「イサクの犠牲」も一緒に展示されている。
ユディットといい、バルジェッロといい、とにかくも去りがたい場所である。

ルネサンス彫刻家建築家列伝ルネサンス彫刻家建築家列伝
著者:ジョルジョ ヴァザーリ
販売元:白水社
発売日:2009-01-16
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JIOによる5年点検が終了。点検といってもはしごなどを使わず、目視で外観をチェックする程度のものです。毎月会費を払っていますが、10年点検はたしか有料だった気がするので、これから加入を考える方は本当に必要かどうか検討したほうがいいと思います。第三者の目からみてもらうことで、日常的に見逃しているところなどのアドバイスはもらえますが..
私自身はこの日不調で立ち会えなかったのですが30分程度の検査のようです。
会員特典などもあまり使える特典と実感したことはないですね。
もうすこし実用的な特典があったり、安心感があればいいのですが。
家のメンテナンスは、他の方の話などを聞くと外壁や窓枠などのメンテナンスも費用などばかになりませんし、日本の住宅状況と政策というのはあまり芳しいものではないと、斉藤純一氏の本をいつも思い出してしまいます。

ゆずがたくさんなったので(実家)ジャムを作りました。
作り方はいたって普通に、柚子を洗ってスライスし種を取り除いて鍋にいれ、グラニュー糖をすこし多目にいれて煮詰めます。味見しながら甘さ控えめなマーマレード状態を目指します。20-30分で完成。

パルシステムのグリーンボックス(産直野菜のセット)で届いた白菜がとても新鮮だったので白菜の浅漬けをつくりました。これにも柚子と鷹のつめを使いました。サラダ感覚で食べられるくらいにあっさり半日くらいつけるだけですが美味しいです。野菜が新鮮だからでしょう。

私は朝5時か5時半におきるようにしているのですが、ここの所5時だと真っ暗で6時でも暗く、かといって仕事がすべて片付けて一日が終了したと実感できるのはやはり早くても24時過ぎから24時半なので、一体寝たほうがいいのかこのまま起きていたほうがいいのか迷うことが多いです。なかなか纏めて休息できないものです...。

エール・フランスの機内食やシーフード機内食の記事を見てくださる方も多いように思うので、写真を追加。フリカッセ、ロシア風サラダとライト・ミール写真です。

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エール・フランスはワインにあう料理を提供しているので、お酒が飲めるならアぺりティフにはシャンパン、食事にはワインを合わせるのがおすすめです。
アルコールが苦手・機内ではちょっとという方はペリエをお薦めします。
「アペリティフにシャンパン、食事用にはヴァン・ルージュ(ブラン)」と頼めば、「食事をお楽しみください」とフランス語か英語で快く返してくれるでしょう!

(ペプシやオレンジジュースなどは大人だったら避けるのほうがいいでしょう...。どうしたって食事に合いません。フロマージュや小さなバゲットにもやはりワインが合います)

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機内ではサービス全般についてアンケート記入を頼まれました。
何回か利用しているせいなのか、パリでそのあと乗り継ぎをするから(いつも)なのかどうかはわかりませんが。

ところで最近はボジョレー・ヌーヴォーなどにも軽くて輸送費が軽減されるペットボトルが採用されていますが、エール・フランスのミール・サービスでも採用されていました。ワインは赤・白とも2種類ずつ置かれているようです。
エール・フランスはフランス人のお客さんが大抵機内で読書しているので、私のように時間があれば読書したいというタイプの人にもストレスなく過ごせるように思います。

しかし難点があるとすれば、パリ・ロワシー空港から成田便にいくまでの、日本人と「見なした」ときの一部の職員の「妙に親切な」態度です。勿論不愉快というレベルではないのです。しかし「集団的」に見なしているのだ、個人としてはみていないのだというのを感じ取ってしまうときがあります。くどいようですが、それは多分、パリを訪れる日本人の大多数がとる集団性がそうさせているのが原因であって、パリ空港の対応自体を非難したいわけではありません。日本にいるときは、ほぼ社会全体がこの見なし対応をしていると感じる上に、しかも人に対する接し方もとてもいいものとはいえません。些細なことかもしれませんが、難しいことです。しかし人々をカテゴリーわけしてその一部を排除したがる傾向の根底には、おそらく、個人よりも「集団」として人をみる傾向が強いことを表しているのだと感じます。ヨーロッパにいくと言語とナショナリズムの関係を思い知りますが(独立国家がなにに拠っているかというのと両義的な問題だからこのことは単純に片付けられないことだが)、日本にいると、母語を使う人たちも曖昧なのでより単純なナショナリズムがおきやすいのだと想うことも。

ロワシー空港からヨーロッパ諸都市への乗り継ぎ後はシティ・ジェットになり私はこの小さい飛行機での多国籍な状態の移動が緊張しつつ心地よく感じます。完全に個人で言動することができる自由というのはなかなか国内では味わえませんので...

国内で、そういう場所と人々の心を感じられれるのは沖縄と奈良です。


パリ発の機内ではコートを棚にしまう際、フランス人(と思わしき)お客さんが、「私がやりましょうか?」とささっと手伝ってくださったのですが、こういうことができお客さんが多いという印象があるのです。そして、実際にいつもそんな感じ、つまり「自分のことで自分で。でも手伝えることも自分から」という行動です。
今の日本でそういった配慮にあうことは稀です。日本に帰ってくるとまず落差を感じることの一つはそういう些細な人とのやり取りです。
ですから、エール・フランスでは過剰に背もたれを倒してきたりもあまりすくないですしストレスなく過ごせると思うのはそんな印象があります。パリ発便では、クローデール研究者のM先生が一緒でした。(私の夫が気がつきました)

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ハリーズ・バーはイタリア、Firenzeのアルノ川沿いにあるお店です。夜はドレスアップしたお客さんが多く、かといって気取り過ぎないお店です。桃色を基調とした壁紙やテーブルクロスは名物のカクテル「ベリーニ」をイメージしたものでしょうか。照明やインテリアととても合っています。

写真はシェフからの前菜の前に...との心遣いも一品。
アペリティフは、やはりベリーニがお薦めです。あげたてのフリットも出してくれました。プリモ・ピアットにはトルテリーニなどがおいしいですし、お店の名前が冠された「ハリーズ・タルタル」もお薦め。テーブルで仕上げてくれます。
ワインは、キャンティ・クラシコが28€程度(ボトル)なのが嬉しいところ。
アンティパストは、頼めば最初から取り分けてきてくれます。シェアしたいといえばOKです。席で料理を取り分けるのはやめましょう。
コントルノ(付け合せ野菜)はスピニッチ(ほうれん草のペースト状)がお薦めです。とても美味しい。温野菜好きにおすすめです。

日本も、ワインで儲けをとるような「レストラン」でなければ行く気にもなりますが、最近はそういう店は減りました。ワイン=高級品という価値観やグルメのような価値観が、本当に美味しいもの、美味しいお店を結果的に排除しているような気もします...

因みに街中のデリなどでグラスワインを頼みたいときは、ビーノ(ロッソorビアンコ)ビッキエーレ、です。vinoに対する日本語がワインなんて最悪だ、もし訳するなら葡萄酒ではないか、と言っていたのは塩野七海さんですが、私もまったく同感です。そう思います。

ところでローマ字というだけあって、基本的にローマ字読みです。
そのまま読めば、そして相手に伝えたい気持ちがあればイタリア語は通じます!
言葉は思考と気持ちを表すもの、相手に伝える道具なのだということを、そして私はあなたのことを認識していますよ、ということを表すものなのだということが実感できます。
そして本来言葉や言語や会話・対話はそうあるべきなのではないか、と思うのです。