1DAY-25HOURS デザイン・フォー・ライフ

from ousia@web 高嶺(Takane)によるデザイン・フォー・ライフ. テキストと写真で綴ります.

August 2009

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5月に行けなかったコーネリアス(小山田圭吾)のアンプラグド・ライブ、放送決定というおしらせを貰いましたのでUP.
以下はコーネリアス・ニュース・レターからからの内容です。

★MTV「MTV Catch Up」
THE CORNELIUS GROUP "SENSUOUS SYNCHRONIZED SHOW" UNPLUGGED
8/29(土)24:30〜25:00(初回)
8/30(日)12:00〜12:30
9/1(火)16:00〜16:30
9/3(木)21:00〜21:30
9/5(土)24:30〜25:00
9/6(日)12:00〜12:30
9/8(火)16:00〜16:30
9/10(木)21:00〜21:30
5/18にCONTENT Restaurantで行なわれたライブの放送が決まりました。
詳細はこちらまで。

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なぜか働いている日は晴天続きで、ごく稀にしかとれない休日になると悪天候の場合が多いです。今回は、磐梯山からの帰途、台風の北上に逆らって東北道で移動中、CORNELIUSのPOINTを聴きながら。
首都高だとPOINT OF VIEW POINTが合いますが、東北道だとANOTHER VIEW POINTやDROPがじつにしっくりきます。移動速度と心地よい緊張感に合う感覚、といいますか感覚器官や神経に障らない音楽です。

中津川渓谷まで歩いて行きましたが、渓谷に到着した途端に雨が降ってきて、急いで引き返しました。遊歩道入り口まで登って行ったら雨は上がりました...
それはともかくとして、裏磐梯の自然と風景は素晴らしいです。
今しばらくは先に書かなければならない文章があるので、後日また追記したいと思います。

ブログネタ
政権交代で日本は変わると思う? に参加中!
「変わるのかどうか」勿論、立法的なレベルではそうです。
逆にいえば「変わらない」のだとすれば、何か機能不全になっているという事になります。しかし、「国民」が「変わった」と知る・または感じるのはどういう媒体を通じてなのでしょうか。TVや新聞が「変わらない」と言えば「やっぱり変わらなかったのだ」と受け取ってそれ以上は疑問に思わないのでしょうか。
田中康夫氏の主著ではメディアは第四の権力だと言い切っていますが、社会学的な視点ではあたりまえのことが、あまり認知されてないようにも感じます。
「知る」ということ自体が、19世紀半ばから、メディア主導に切り替わっていますが、もともとは個人同士がやりとりをして、情報や論調は生まれてくるものでした。「雰囲気」という言葉が氾濫しているのも消費社会という世界をよく表しているといわれます。

法を整えた後に、行政レベルで日常でそれが行われなければ「変化」は感じられないでしょう。日本の社会をみていると、法的な整備はあっても、認知されないために、手続きをしない・できない人が多く、結局制度をしっているかどうかの問題が大きいような気もします。
具体的には、公務員は毎日役所にいるのでどのような公的補助があるのか、よく知っていますし、行政担当者も顔見知りだったりします。教員採用の際には問題視されましたが、実は事務職でも世襲的優遇があるのではないでしょうか...しかし、市民派といいながら「市職員組合派」の色合いが強い議員がどこまで踏み込んでいけるのか、それは分かりません。

少なくとも既得権益を失う側(大半のメディア、企業、団体、役所など)は、「やはり変わらないのだから、基本的には自民的な利害中心主義へ」というメッセイジが氾濫するように思います。
すでにNHKの報道にはそういった報道姿勢が強く表れていますし、TBSもことさらアメリカの共和党よりの新聞記事をとりあげて「アメリカの懸念」などというかなり端折った内容のニュースを放送していますが、それは、アメリカ側の「自民党・利害主義」の人たちが政権担当ではないとすると「今までよりも御しにくい・何も考えずに金を出さなくなる」ことへの懸念のように思えます。
「守ってあげるから」という形を変えた支配でアメリカは、不可侵の太平洋への進出を果たしている面があります。今後は意見の交換がなりたつという外交・同盟レベルが果たされることを願います。

それに反論できないようなメディアはメディアの役割を担っているのでしょうか。広告や単なる風潮を知りたいだけなら、新聞は要らないのです。

私の手元には、今回の衆院選のマニフェストがあります。
これを保存しておくつもりです。

ところで「国民」という言葉はいまだに違和感があります。
勿論「国民」ではありますが、この言葉だと、個々人の顔を消去してしまう面が強いからです。

ところで、元多神教的な土壌では、政治的変化に「劇的変化」を望む人達が多いのですが、基本的には立憲国家では国家を作り替えたり、大きく政体を変えたりすることは不可能です。大きくは変わらないことは実はかわること以上に重要です。劇的変化を望むということは、逆にいえば「観客心理」が働いているということで、その限りにおいて、メディアが報じる「政治」は「政界劇」的なニュアンスで放送されてしまいます。

投票日のインタビューでも思いましたが、「他人任せ」感が強ければ強いほど今後やはり「何も変わらない」と答える人は多くなるでしょう。「誰がやっても同じ」といえるほど何かその人がしてるわけではないでしょう。
「何も」といえるほどに、実際に調べたり・観たりしているのかといえば、そういうわけでもない。



ブログネタ
8月30日は衆院選!投票に行きましたか? に参加中!
衆院選は期日前投票に行ってきました。(27日/後日記入)
始まった当初は、別の封筒に入れるなど面倒+ちゃんと開票されるのかという不安もありましたが、期日前投票も定着した感がありますね。
できるだけ投票日に地元投票所へいくようにしてますが、駅構内などの期日前投票ができるのは、週末自由にならないことが多いためによくなった点だと思います。

今回は7割近い投票率になりましたが、一度も選挙を棄権したことがない身としては、普段行かない人が投票するときだけ「風」が吹くという感じもあり。
政治、ポリティカとは「風」によって方向づけられるものではないものです。それは1人1人に返ってくるものであり。
選挙後は、有権者に「助けてください。お願いします」と土下座までする候補者がTVに映し出されましたが、これは、「政治家」の仕事や存在意義のはき違えをよく表している気がします。逆の状況になったら、こういう人はいろいろなものを振りかざしてくるのでしょう。おそらくそうした「政治家」とは対話や議論もできないでしょう。

もう一つ気になるのは「衆院選」を「衆院戦」とはき違えた報道の姿勢でもあり、「他人任せ」の一般的な感情です。・・・

万歳三唱もいかがなものかと思うのですが、こういう感慨になるのはやはり少数派なのでしょうか?

トリノ・エジプト展(都美術)へ、朝10時頃入場して11時半ちかくには既に入場制限していました。いつも思うのですが65歳以上の方は無料ではなく200円くらいでも負担していただいたらどうでしょうか、というのも、作品の前で世間話や知人家族への愚痴などまったく関係ない話をしながら観ている人が多すぎると思うのです...「タダなら入ってみよう」というというだけならどこかほかに相応しい場があるように思うのですが....少なくとも日本では、ほとんどは入場料を払ってみる展示や博物館ばかり・再入場不可、高校生からは料金を取るというシステムなのですから。
と、こんな事を展示内容よりも書いてしまうことになるのも、都美術という美術館が展示空間として狭すぎるからなのでしょう...特に大英博物館やエジプト関連の展示の際には、観る対象物との距離も十分にとれず、人が展示物に群がって身動きできなくなるために、じっくり観ることも・視ることでもできない印象のほうが多大です。
こういった大型の展示はやはり平成館が一番です。
都美術館での企画自体や展示内容が良いだけにとても残念です。

トリノ・エジプト展では、オシリス神の頭部像がよかった、思っていたよりも大きく、全体の存在感を創造させるものがあった。やはり写真ではまったくわかりません。
ツタンカーメンとアメンの立像は思っていたよりも小さく感じましたが、非常に完成度の高い彫像です。「石」に生命を吹き込む技術の高さを感じられるものです。解説としても、なぜツタンカーメンが名を消された王なのかが書かれていた点が良かった、というよりもこの点を理解しないとエジプト文明の重要性が理解できない。

そのほか、前半のセクションでは女神像が充実していました。ライオンと女神はオリエントからの流れを感じます。
アンクが、ラテン十字へと変容していき、ホルス、オシリス、イシスが初期カトリックの図像へと転じた経緯などいろいろな要素を感じたのですが、説明がどこか、日本の現世利益中心仏教とかさねあわせてしまっている部分があり、物足りないものがありました。
誕生から死、そして復活と永遠性、肉体と精神についてなど、葬儀の文化の多相性など古代エジプトは視ているだけでも面白く、その内実について「読みとく」ことによってさらに面白いものだと思います。

オシリス神話については、山形孝夫先生の「砂漠の修道院」を読まれることをお薦めします。また、ナイルが河ではなく、海・彼岸的なものとしてとられられていたという点や、葬送の文化についてみることは彼らの価値観を知る上でとても重要です。

期間中、もう一度行きたいですが、個人的にもしエジプトへいく機会が生涯訪れるとするならば、古代だけでなく中世カイロの歴史地区、マドラサ、アレクサンドリアなどに行きたいですね...エジプトは、古代だけではないのです。

以前から気になっていたウェア・モアのパルミラ。
いつも利用しているお店で注文してみました。

生地はさらっとしていて織があるという説明どおりです。織というよりもちりめん的なさわり心地ですが、軽くて伸縮性もあります。
しかしフューシャは思ったよりもショッキングピンク寄りなカラーで、もっと中間色・アースカラー寄りなピンクを予想していたので少々驚きました。正直返品しようかとおもったくらいイメージ違いでしたが、返送云々を考えると面倒なので、購入しました、こういう色のイメージのあきらかな違いはネットのマイナス面ですね..
黒のほうが綺麗かと思います。パシフィック(水色)でもよかったかもしれませんが、個人的にはシビラのようなカラー展開にしてもらいたいものです...。
サイズはウェアモアの中では大きめです。
ウェアモアが全体的に大きめになってきているような気もしますが、小さいほうが綺麗なラインが活きるでこのままサイズが大きめにシフトするなら他のレッスンウェア・ラインを探すかな...という気もします。

ウェア・モアのおすすめは、やはりスカートつきでしたらサフィールです。
スカートの長さも丁度綺麗なラインがでます。手足もながく見えるデザインです。

スカートなしでしたら、キトリ(kitori)がお薦めです。
今はなくなってしまったMAYAなども買っておけば良かったな、と思います。
定番は定番として残してもらったほうが利用する側はいいのですけれど、そういうわけにはいかないのでしょうか。

あまり感想を見かけないので、経験上お薦めとともに書いてみました。
ウェアモアは洗濯にも強いのでお薦めです。
パルミラは、パルミラ遺跡的なネーミングと生地のディティールが気になって今回購入しましたが、フロコンのほうがよかったかもしれない...と思う面もあります。


チャコットにはkdのウェアがあるのでそちらもいいかもしれません。

NHK教育 芸術劇場で9月18日(金)に「エトワール最後の60日 〜マニュエル・ルグリ〜」 が放送される模様です。

「オネーギン」でエトワール引退をしたパリ・オペラ座エトワールのルグリの「ドン・キホーテ」とおそらくドキュメント、期待しています。


先日書いていた愛犬の手術後の抜糸は来週..私はずっと早朝から晩まで全く時間がない時間を過ごしていたので様子を観にいきました。

しかし叔父が心臓の急な手術になり。
他にも色々と毎日が予断なりません。

色々なことが重なってしまっています。

色々とお返事などが滞っているのですが少しずつしたいと思っています。
思っていることが実行できない憂いが募ります。

これから義理の父親の家へ向かいます。


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写真は掲載しそびれていた庭のえごの木の花。

「パキータ」も無事終わりました(詳細は後日追記するかもしれません、とにかくスケジュール的に大変な1週間でしたのでなかなか書くまでに整理できず。しかも翌日からも忙しかったので、時折舞台の様子が脳裏に浮かんでくる感じでした。舞台の余韻は3日くらい続いていました。)

発表会は、約3時間という上演でしたが、娘のお友達数名、あと某元出版社社長夫妻、親類、学校の担任と主任の先生などが脚を運んでくださいました。

また後日追記できればと思います。とにかく、1年近く練習してきたので本番で怪我やトラブルがなければよいと思っていましたが、衣装や頭かざりの調整も先輩お姉さんや楽屋のお友達とも協力しあっていました。
バレエは華やかさが表にでるかもしれませんが、自己管理や他人との協調など、内面と外面の両方での日常的な鍛錬が重要で、それはある時期から自然に自分の中に形成されていくように思います。あとはやはり音楽性、詩情(ポエジー・ゴーティエが芸術至上主義の立場から重視し、バレエ・ジゼルの台本を書いた意味もここにあります)というものは何か、どうするのか、ということが次の問いになるのでしょう...

バレエフェスの時期は本当に忙しいので、見に行きませんでした。
久々にNBSのページをみたら「シルヴィア」を上演するとのことで、ポリーナとマルセロ・ゴメス。ボリーナのシルヴィアは勇ましい感じでまぁまぁ合っているような、見に行けたら行ってみたい役柄です。ゴメスも同様です。ゴメスというとABT「白鳥」(ジリアン・マーフィ/アンヘル・コレーラ およびパ・ド・トロワが見どころ)ですがゴメスのロットバルトがまた良いのですね、ABT版の「白鳥」はなんだかんだいって楽しめる演目だと思います、古典ながら形式主義すぎないところがよいのではないでしょうか。

そのような感じで、ニューヨークシティバレエも行くことはできないので、今後注目の演目は、「シルヴィア」、「イワンと仔馬」、そして来年の「エトワール・ガラ201」です。ところで、ルンキナが素晴らしいのでまたみられる機会はないものでしょうか。

用事があり、休暇やレジャーではなく日帰りで福島・猪苗代安達太良まで行くことになり、高速1000円渋滞の危険を避けて早朝6:00には浦和インターを通過しました。
混雑もなく、猪苗代についたのは朝の10:00前...まだお蕎麦屋さんですら営業していません。曇天なのでなんどか訪れたとても美しい湖の湖畔にも近づけず(その後すぐに土砂降りになってしまいました、曇っていても先に湖にいくべきだったと後悔)天鏡閣へ。色々となかなかblogを書く時間もなく後日記入ですが、写真中心に。

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ここは終戦後に福島県の管理になったとのことですが、こうした建造物の中では非常に家具が充実しているのでおすすめです。
マントルピースは部屋毎に異なる七宝のデザインでタイルはイギリス製とのこと。
家具は概ねイタリア製か、欠けているものはデザインを揃えて造り直したそうです。
象眼細工のイタリア製テーブルに、椅子は新しく造り直したものだそうですがなかなか揃っています。

玄関からの様子。
朝一番なので、静かに建物と空間を楽しめました。
中には階段が3つあったように思います。
湯殿や洗面室も入ることができます。各国からの勲章も...

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猪苗代には昔訪れた際に、パパ・フランチェスコというミラノ本店系列のイタリアンがあって何度か行ったのですが、用事もあり店も探せなかったので(何しろあまり時間がありません)庄助そばをお昼にいただきました。山菜やとろろ、きのこなどそれぞれ味わえるそばです。会津の郷土料理は美味しいので次回次回があったらそちらを食べたいです、こづゆが美味しいのですよね、漆器も美しですし。

昔林間学校でいくはずだった(私は熱を出して欠席しました...)野口英世記念館へ...英語の伝記が400円だったので購入。どこか、ベルディの生涯をおもうような、才能を見出してくれる師や善意ある私人によって、志を大成した人のように思います。この時代だからこそ、システムを人の力と努力で乗り越えられたのではないでしょうか、小学校(現在の小学校とは違います)時代の小林先生の写真からも感じられる教育熱心さが凄いと感じた。パッションだけでなく、実践家なのだと、現存している手作りの教材や標本集などをみると感じられる。
顕微鏡も置いてあります。
日ごろ迷うことも多々ありますが、やはりやるかやらないか、行動するかしないか、気がつくか気がつかないかの差は大きいのだと感じた。
英世が洗礼をうけたプロテスタント教会もまだあるのだそうです。

この辺りはゆっくり訪れたい場所です。
しかし数時間ながら無事に目的も果たして(あまり体調もよくなかった週だったので)とにかく事故にならずよかったと思います。

実家の愛犬の1匹、ずっと気になっていた腫瘍(こぶ)の切除手術をしました。
入院自体は1日半位でしたが、とても気懸かりで実家に電話して見に行ったほうが良いかどうか聞いたところ、私が行くと犬たちが喜んで騒がしくなり、傷口も開いてしまうかもしれないからと云われ、...術後ようやく様子を見に行ってきました。

信頼できる動物病院なので迷った手術もお願いしました。

大きい腫瘍の周りにも腫瘍がみつかり、手術の大変さに心苦しくなりました。
食欲はあるのですがやはりまだまだ弱っています、まだ余り歩くことはできません。
隣駅付近で保護してから14年たちます。
おそらく他の犬たちと同じく16-17歳でしょう、中型犬だから90歳は超えているとのことです。

うちに来る前は、車でおきざりにされたからか、車に乗れないトラウマがありました。
無事に終わった気持ちと、油断できない気持ちの両方が強いです。


8月3日午前、ようやく「奇想の王国 だまし絵展」に行ってきました。
フライヤーを観ていた娘も行ってみたいと云うので一緒にいきました、bunkamuraは月曜が休館ではなので(比較的月曜の午前中は休みやすいのです、土曜が休みではないので...)助かります。とはいえ、チャコットで用事を済ませてすぐに午後から仕事だったのですけれど。

平日朝一番くらいで行きましたが、混雑していました。
ダリやマグリットなどもあるからでしょうか、澁澤龍彦・幻想美術館でアルチンボルドを観ていた人が初来日の作品を観に来たからでしょうか、観て愉しめるという、絵画と感覚、知覚のずれによる愉しみが味わえる展示だと思います。

アルチンボルドの工房の作品、水の寓意も面白かったです、まじまじと見るととても興味深いです。生々しい程にリアルな静物、しかしながらフィニ(仕上げ)が丁寧なので、思ったほど奇抜な感じもしません、一つ一つの花の美しさ、質感の表現、とにかく精密です。

特筆したくなったのは、最後のセクションにあった、モダンアート、特にパトリック・ヒューズの作品。
トロンプルイユ作品だけの構成でいいのでは、と思っていたのですが、とても面白かったです。後ほど追記したいと思います。


・・・・と後日追記していたのですが、タイムアウトエラーで記事が消えてしまいました。新しいライブドアの記入画面・マイページは非常に使いづらく、困るので使っていないのですが、完全に新システムに移行したらこの使い勝手では正直使うのをやめたくなるような状態です。
どうも、IT関連の「サービス」「改訂」「新システム」などはどんどんと使いづらくなる気がします。おそらく、表面上の操作を容易にするために必要なのでしょうが、結果的にとても使いづらくなるのは、マイクロソフトと同じです。
シンプルが一番です。
余計な機能はいりません。非機能主義です。
というわけで、トロンプユイユについて、パウルス・ロイの三重肖像画の妙、ほか展覧会全体の感想について書いていたのですが、消えてしまいました。

パトリック・ヒューズの「水の都」の面白さ、知覚がズレていく面白さについては協調しておきたいです。希有な現代アートだったと思う。感性と計算が融合した作品だと思う。

見に行ってから10日以上経過してしまいましたが、記録しておきたいと思います。

トリノ・エジプト展、古代ローマ・ポンペイ展が大変気になります。
また国立博物館で特別展示している仏教美術展(ガンダーラから日本美術まで)に時間を作って脚を運びたいところですが....

8月に入ってから大変ハードな状態が続いていたこともあり、以前から気になっていたルネサンス音楽のCD(ベルギーの演奏家たち)を購入しましたが思っていた通りの内容でした。やはりこの時代とこの辺りの音楽・思想、美術に惹かれます。
マルシリオ・フィチーノ、ピーコ、クザーヌス周辺など、いずれ纏めてみたい内容です。

ルネサンス音楽を聞いていると、バロックが「不規則な」音楽だという実感が起こります。(バロックの語源は、いびつな真珠を表し、不規則性をもつ美の様式とされています)

ルネサンス音楽は意外と多くリリースされていますが、抜粋盤も大変良かったので記録しておきたいと思います。
私などはとても落ち着き、惹かれる音楽です。


中世ルネサンス音楽への招待状中世ルネサンス音楽への招待状
アーティスト:ウエルガス・アンサンブル
販売元:ソニーレコード
発売日:1993-11-21
おすすめ度:5.0
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『ピレボス』注解―人間の最高善について (アウロラ叢書)
著者:マルシリオ フィチーノ
販売元:国文社
発売日:1995-11
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ルネサンス精神の深層―フィチーノと芸術 (ヴァールブルク・コレクション)ルネサンス精神の深層―フィチーノと芸術 (ヴァールブルク・コレクション)
著者:アンドレ シャステル
販売元:平凡社
発売日:1989-02
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共和国のプラトン的世界―イタリア・ルネサンス研究 続共和国のプラトン的世界―イタリア・ルネサンス研究 続
著者:根占 献一
販売元:創文社
発売日:2005-11
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イタリア・ルネサンスの霊魂論―フィチーノ・ピコ・ポンポナッツィ・ブルーノ
著者:根占 献一
販売元:三元社
発売日:1995-09
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ルネサンス思想の旅―美しい世界と人の探求 (早稲田大学オンデマンド出版シリーズ)ルネサンス思想の旅―美しい世界と人の探求 (早稲田大学オンデマンド出版シリーズ)
著者:酒井 紀幸
販売元:早稲田大学文学学術院
発売日:2008-04
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