1DAY-25HOURS デザイン・フォー・ライフ

from ousia@web 高嶺(Takane)によるデザイン・フォー・ライフ. テキストと写真で綴ります.

March 2009

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山本六三展へ行って来ました。これだけの規模で開催されるのは初めてとのことで、油彩(個人蔵も含む)、エッチングなどbunkamuraギャラリーにて展示されています。

銅版画家というイメージが強いようですが山本六三さんの作品は、油彩が大変興味深い。今回間近で作品を観るのは2回目だが、その筆致や質感、抑制された色彩、仕事の細やかさも含めてボッティチェリの作品を観るような印象をうける。
テンペラ画のような堅質で静かな質感で、両性具有の天使が描かれ、イカロス、ウルフェウス、スフィンクス、ヘルマフロディトスが描かれる。山本さんは日本では(現代画家として)きわめで珍しい、神話画をルネサンス期までの職人的な技巧で描いだ人だと思う。

トスカーナの糸杉や純潔の百合が描かれる一方で、主題は神話イメージのほかに、ヴァニタス画の要素を持つ。だから常に「死を忘れるな」(memento mori)の象徴である髑髏は天使の傍らや少女の手の内にある。

眺める快楽を持つ絵画の要素に、解読する絵画の要素をもつ。

私が思うに主題と物語性、デッサンと色彩の魅力を兼ね備えているということそれ以上に、山本六三さんの作品は「マニエラな気質」と「技術」によって仕上げられているというところにテーマ以上の「聖性」を感じる。
現代で自己表出・自己表現としての芸術・アートとなった「絵画」は、「感性」を売り物にするために、即興的であったり、インスピレーション自体を商品にしたりする場合が多く「仕上げられていない」場合が多い。(好みの問題もあるだろうが)
ルネサンス美術やデューラーの版画が好きな私としては、現代の1990年代に山本六三によって描かれた作品に深く感銘を受ける。
今は絶版になっている画集には、「どうみても完成していると思われる絵画(「女友達」:今回bunkamuraギャラリーにも展示されている)に対して、まだまだ未完成だから」と答える逸話が紹介されているが、現代で失われてしまった崇高だったマニエリスムの感触が息づいている感銘をうける。
それは例えば、ラファエル前派のイヴリン・ド・モーガンの作品などにも感じるエッセンスのように思う。山本六三作品には、純潔のイコノロジー「百合」や超越性としての「両性具有」がたびたび描かれるが、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」の天使ガブリエルにみえる両性具有性や草花や百合のディティールが共通しており、それは、山本六三さんが選んで描いたモチーフとも調和している。

そして何よりも物言う眼、ロゴスの眼をもって人物たちが描かれている。



カタログはオンラインでも注文できるようです。


3/31まで開催。もう一度脚を運べればと思う。
多色刷りの「ペレアスとメリザンド」が大変美しい。

サバト館発行の画集を持っているが、今回特別にカタログが発行されるので会期中に予約したいと思う。

桜のお茶を頂いたので飲むのが愉しみです。
昨日は忙しかったのですが、今日は早朝眼がさえてしまったので実家へ行きNico(愛犬)の散歩へいきました...すっかり真冬のような気温と風で予定より早く帰宅。
しかし土手沿いの桜が三分咲きくらいで咲いていました。咲き始めの桜は繊細な感じがして美しいですね。蕾と花弁の色彩コントラストがあるこのくらいの咲き加減が春らしさを感じます。(満開になるとちょっと苦手です。)

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ベジャールは、男性ダンサー、女性ダンサーを性差だけでなく、性質(属性)としてのポジションを与えているように思え、またそれゆえに選ばれたダンサーたちは、その意図に忠実に、しかもその人の持ち味(個性ではあきたらない、何か決定的な存在の差異として)を舞台の上で表現する。

「ボレロ」は不思議な作品だ。女性ダンサーが踊るとき、フォルトゥナのようである。エリザベット・ロス、ギエム然り。

ギエムがインタヴューで「私はベジャールのダンスを通して「自由」を与えられた」というようなことを行っていたが、それはクラシック・バレエ(いわゆるモダンも)があるべき「規範」を目指して、もっというならば、いささか哲学用語的になってしまうが「至高善」(アリストテレス的)や「至高美」(プラトン的)な規範にかぎりなく近づくための技術や舞踏であるのに対し、ベジャールは、常にそれらに近づきながらも、その規範の外へ、外部へ向かおうとする意志をバレエにしていると思えるからだ。

以前私がルネサンス建築とバロック建築を学ぶときに、比較するのがルネサンス的な規範と調和の美と、ローマ建築にみられる地中海的なエッセンスが、根本で造形を支えているという板屋先生のあとがきを思い出す。

ベジャールのバレエが後継者がいないというのは、近代的な西洋人的な知性や技術だけではなく、さらにもっと古くて新しい(むしろ最高地点で費えた)古代地中海圏の文化や舞踏、神話を取り込んだ多元的なものを表現するからだろう。
多元的(多神教的といいうよりもアミニズムやシャマニズム)な要素という点では、「ニーベルングの指輪」や日本の東京バレエに振付けた作品「M」「カブキ」まで範疇となりその創作範囲は広い。おのずと、イリ・キリアンなどとは対照的にな作品になっているといえるだろう。

それからいつも思うのは、ベジャール作品の多くは、なぜか寺山修司の演劇を思わせるものがある。これは時代性が共通しているからだろうか、やはり、思弁に飽き足らず実践と実験によって現象させることを目的にし、多くの大衆をとりこもうとするその意図も似ているせいだろうか。
私自身は、寺山の「天井桟敷」時代ではなく、むしろJ,A,シーザーの「万有引力」の世代なので、「書を捨てよ町へ出よう」も万有引力による舞台をみているのだが。
なぜか、今回放送された「中国の不思議な役人」の特に冒頭のシーンは、寺山演劇のようなものを感じた。この作品では、『ニーベルングの指輪』にでてくるミーメや、実際に関連がどの程度あるのかわかならないがジークフリートなど役作りに似た部分があると思った。いずれにしても、ベジャールが「エトワール」内で語っていたように「バレエ愛好家だけでなく、すべての人に見てもらいたい。「第九」(ベートーヴェンの)は正確にいえばバレエではなく、デモ行進なのだ。劇場ではなく、スタジアムでやるのが相応しい」といっていたように、バレエの可能性を開いておくことが、ベジャールのバレエが目指したことなのではないかと思う。

常に実験的に、しかも限界の表現を求めていた人たちはそのように創作を捉え、構想し、実践しようとすることが多い。たとえば、19世紀末ではステファヌ・マラルメが詩や「書物」に対してそうであったように、私にはそう思えることがある。
しかもそれはおそらく、伝統に対する深い理解と見識がなけけば「新しいもの」はできないように思われる。


後半のベジャール・バレエ・ローザンヌの公演ハイライトもよかった。
エリザベット・ロスの「バレエ・フォー・ライフ」は東西冷戦と分断の時代を象徴しているように私には思えた。そして、ベールを被ったロスはベールをはずされると、封印されていた力を発揮して両者の統合の境界で「踊る」。そしてまた役割がすぎると力を封印されて「去って」いく。
へーゲルの歴史哲学における「英雄」論を彷彿とさせながらも、ドラマの背後にある、女神的な象徴性、あるいは「自由」のアレゴリーを思わせる擬人像としてのエリザベット・ロスの役割−−やはりここでもフォルトゥナのようである−ーを強く感じ、非常に興味深い演目だった。

他にジル・ロマンが演じる地中海圏から中央アジアへ向かい帰ってくる20世紀フランス文学の流れとの共通するテーマの作品もあり、あとで追記したい。

文化的な史観から眺めると、ベジャールの絶対性はキリスト教の神というよりもゼウス、ミトラ、のような天上神的な要素だが、同時にフォルトゥナやキュベレー、イシス、イシュタルのような女神・大地母神の要素と両立している点が大変興味深い。
それは、放送の際に解説で触れられていたような「エスニックダンス」「エスニック音楽」では表しきれない、「深い時間(DEEP-TIME)」と多様性に対するベジャールの好奇心と多様な文化への敬意と親しみの表れでもある。
(※だから、ベジャールの「カブキ」と「歌舞伎」は違うというのも論点先取りだし、そもそも歌舞伎踊りと「歌舞伎」が違うように、その違いをはっきりさせていくことによって、作品に迫れるのではないかと思う。そういうことが大切なのではないだろうか)

週末明けから不調で胃痛が続いているのですが、つい長く書いてしまった。
追記と修正は後日行います。

ブログネタ
春だなぁと思うのはどんな時? に参加中!
<img src="http://livedoor.blogimg.jp/unica/imgs/1/2/122ff9f4.jpg?240320" width="240" height="320" border="0" alt="122ff9f4.jpg" hspace="5" class="pict" /><br />今、白い花が満開のゆきやなぎ。
先日UPしたスヴニール・ド・ラ・マルメゾンのつぼみがもう大きく膨らんで、ピンクの花弁がのぞいてきました....すごく早いです。
しかし今週は寒いようなので、順調に咲くかはわからず...

ピックアップテーマが『春だと思うとき』ということで、やはりばらの新芽が育ち、つぼみがついてくるとき、それから、雪やなぎの白い花がさくとき、でしょうか。
クロッカス、水仙も春を感じます。ラナンキュラスも美しいです。

食べ物だと、蛍烏賊(ほたるいか)、芽キャベツ、新たまねぎのサラダなどが春だなと感じるものです。やはり旬のたべもの、季節を感じる食べ物は気分的にもリフレッシュさせてくれるような気がします。
春が疲れやすいからかもしれません。
(現に先週からあまり食べられず一日1食半がやっとくらいなのですが...)
私は冬がニガテで、夏ではなく冬ばてするタイプで冬に痩せたり体力がおちるので余慶に春先はなんとか気力を充実させなければ....と、季節感から気力を取り入れようとするのかもしれません・・・(苦笑)

そういえば、カレルチャペックのUT(ユニクロコラボ)をWEB注文しました。
GOGO BlackyのピンクのTシャツがとても愛らしいです。こういうコラボ商品は歓迎ですね。

ガールズだけのサイズ展開がもったいないくらい。

情報を貰っていなかったらおそらく見逃していた、映画「トリコロールー青の愛ー」(主演J・ピノシュ)の感想をメモ的に。フランス映画祭の小パンフレットによると『十戒』をいかに現代で解釈できるかというテーマと、トリコロール三色を重ね合わせた三部作。キシェロフスキー監督の作品。2009年夏には、渋谷ユーロスペースにてトリコロール三部作ほかDVD化できないポーランド時代の作品も含めて上映されるとのこと。


私が思うに、サルトルの『嘔吐』を例に出すまでもなく、現代のフランス(および西洋・オキシデント)は、キリスト教公認以降、1500年もの間絶対的だった「人間の存在根拠」である「創造主である神(絶対者)が造った人間」というアイデンテティと存在根拠が根底からゆらぎ、いかに新しい「実存」を見出せるかということでもあったと思うのですが、現代フランス映画をあらためてみると、「現代フランスの都市」を舞台にしてはいるものの主題は、普遍の受難や苦悩、共同体と個人などが象徴的に重ねあわされているように思える。そのことはまた後日書くとして、今回は、この映画の中にひそかに配置された、テーマや構図について考察的にメモしてみたいと思います。


実はこの監督の作品見るの初めてでした。
青の愛は「自由」をテーマにしている。私たちが普段「自由」と考えるときに、功利主義的な「快さを(欲望)を追求することに妨げがないこと」を自由と考えがちだが、そのような現代的な功利主義的な考えだとおそらくこの映画がテーマとする「自由」には行き着かないかもしれない。
「自由」とは、もう一つの考え方として、「なすべきこと」から逃れずに苦しみながらも受け入れそれを克服しようとすることで「本当に自由になれる」−−この映画では、ジュリエット・ピノシュを通じて、描かれる。この変化はとても繊細な展開で、見ているときには気が付かないほど。台詞ではない、言語では表現されない心理的な変化、なによりも「時間」がそこに描かれている。


前日にポーランド→フランスで制作していたと知り、また、初期作品が「地下〜」とつくあたり、アンジェイ・ワイダの系譜なのかなと思いながら、主題として繰り返される音楽も19世紀ロシアを思わせる響き。

ふと思ったのは、主人公の女性(夫と娘を亡くして隠棲的になる)ジュリー(J・ピノシュ)は東方正教会の象徴、ソフィア(智慧の女神)のイメージが重ねられているのではないかと思った。忘れ去れるが、隠された本質としての象徴。

夫が著名な作曲家、その彼女が唯の伴侶ではないこと(つまり再生産を担う現代的女性の意味ではない)は、あるジャーナリストの発する台詞が象徴的だ。

「本当は貴女が曲をかいていたのでは?それは本当ですか」

ジュリーは直接にはそれには答えない。
だが、「本当の作者(源泉)は隠れた形で存在している」ことは明らかで、おそらくかなり夫の「作曲・音楽」には彼女が関わっている(明らかに彼女がいなければかけないというレベルで)ことが伝わってくる。
楽譜を捨てる彼女の行動は、そのことを一度前提にしなければならない。
単なる伴侶であれば、夫の仕事を捨てることはないように思われる。
彼女は自らの名前で曲を発表することは考えてもいない。
最終的に、彼女の名前が創造者として前面にでたか否かについても映画ではわからない。それは「可能性」として提示されることに意味があるようにも思う。

以前イタリアに関する記事でも書いたが、現在のローマにある「マリア」の名前がついている(相当数がそうなのだが)教会は、もともと大地母神キュベレー神殿だった場所である。だからカトリックキリスト教は、ミトラス教の太陽神である「父なる神」に加えて、聖母マリア崇拝(聖母子の原型はエジプト起源のホルスとイシスであることも以前書いた)といわれている。

では、東方教会ではどうか..というと、そこではマリア崇拝ではなく、ギリシアの智慧の女神であるソフィアが崇拝対象になる。東方教会では、キリストの母であるマリアを信仰対象にはしなかった。そして、東方的なソフィア(智慧)を神聖視する価値観は隠蔽されるか、衰退していった。

私にとって「トリコロールー青の愛」は、そうした象徴性が、ストーリーに隠されている気がした映画だった。1人の個人のドラマであると同時に、歴史的なストーリー、分岐点、深い時間(先史時代を含む継承の流れ)を感じさせ、同時にまたそれは1989年ベルリンの壁崩壊後のヨーロッパがあらたに直面した「再生」の手がかりのように感じられた。


夫の愛人、法学・弁護士見習いで身篭っている(見かけもラテン系)愛人女性のほうは、ソフィアに対して「産む女としての「マリア」を思わせる。
(※マリアのイメージが彼女だといっているわけではなくて、意味の対比として)
そして現に、屋敷と名前はその「生まれてくる男の子」に継承される道筋が示される。彼女が示す「寛大な人」という言葉は意味深い。


こうして元々の系譜は世間から忘れられていくことも、この映画では描かれている。
再生した主人公ジュリーが自分の名で曲を発表したかどうかはそこは見た限りではわからないのですが、可能性・(来るべき可能性的な)が余韻として残されていると感じた。

またこの映画は現代のフランスを舞台にしているのにも関わらず、1900年初頭のような印象すら受ける。どこか時間の外側と、国家統合のカオスが渦巻いていた頃のヨーロッパに近い印象を受ける。(そして90年代初頭の東側もおそらく、似た動揺と転換に戦きながら再生しなければならない時期だったからかもしれない)

青、特に水面の青色と、そこに何度も身を沈める(泳ぐというよりも削ぎ落としているような印象)場面が繰り返されその都度、浄化のイメージ(洗礼的な)も重なる。

中沢新一「東方的」にはソフィア教会(マリアの姉であり、知恵の女神ソフィア)と東方由来の「とりなし」の存在が書かれているが、そんなことを思い出しながら観てこともできるように思う。

こうしたイコンが、ドラマの中に入り込み、90分だが数ヶ月過ぎたような気にもなる。最近あまり映画をじっくりみる機会もなかったから余計かもしれません。

余り深読み的な感想になるのも..と思いながら考察メモを。

序盤の緊張感、切り取られた瞬間性と視界による映像が見事。

娘(主人公)の存在を忘却してしまっている母親が常に限界に挑戦している人(バンジージャンプをする老人/何か悲愴的...)をテレビごしにみてるのもきっと、メッセイジなんでしょう。

映画の前にはドゥ・マゴのカフェオレを久々に堪能しました**
やっぱりここのコーヒーは美味しいです。

夜はバレエ・レッスンのお迎えに...
某フェスティバルのゲネプロもあります。
そして20日金曜はベジャール・ガラとベジャール・バレエ・ローザンヌの映像がNHKで放送されます。忙しい三月、近頃はまた一山こえると体調が崩れがちなのですが、行きたい企画展示や放送があるのは嬉しく思います。


渋谷での情報としては、山本六三展があります。
日程的に厳しいですが、できるだけ見に行くつもりです。
こちらは3/24−3/31までbunnkamraギャラリーにて。文化村とスパン・アート系から案内がきました。「メランコリア」の版画は欲しくなってしまう。
改めて山本六三さんの版画はデューラー起源だなと思いつつ。
幻想美術館(埼玉近代美術館)では「スフィンクス」「横たわるヘルマフロディトス」が展示されたのが記憶に新しいですが、今回も油彩作品を見られるのが楽しみです。



トリコロール/青の愛 [DVD]トリコロール/青の愛 [DVD]
出演:ジュリエット・ビノシュ
販売元:ショウゲート
発売日:2005-11-25
おすすめ度:4.0
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澁澤龍彦 幻想美術館澁澤龍彦 幻想美術館
著者:巖谷 國士
販売元:平凡社
発売日:2007-04
おすすめ度:5.0
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幻想美術館展の図録。山本六三さんの作品は、画集も出ていますが手に入れやすいのは平凡社のこちらではないかと思います。ルドン、モロー、アルチンボルドから酒井抱一まで2007年の展示作品の紹介。

イコノソフィア―聖画十講 (河出文庫)
クチコミを見る

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 スヴニール・ド・ラ・マルメゾン(オールド・ローズ)に早くもつぼみがついてきました。このバラは毎年早くからつぼみをつけます。
白みがかったピンクで、クォーター・ロゼット咲きのオールドローズです。
19世紀半ばの作出。

イングリッシュローズの新芽やつるばらの新芽ものびてきました。
それから宿根草はあたらしい芽が出てきて本格的な春の訪れを感じます。

バレエ公演放送に関して、以前からどうせならハイライト映像ではなく公演を放送してほしいと(しつこく)かいていましたが、3/20(金)NHK教育にて特集と公演コーナーで放送されます。

http://www.nhk.or.jp/art/yotei/2006/20090320.html

【特集】 
●「東京バレエ団公演 『ベジャール・ガラ』の見どころ」

【公演コーナー】 
‥豕バレエ団公演 『ベジャール・ガラ』

「ボレロ」はギエムが出演。東京バレエのダンサーでは平野玲さん、宮本祐宣さん、西村真由美さんなどが出演。放送後また感想を書きたいと思います。

 私が思うところ、存在論的哲学や神話、人間と世界の普遍性を主題に、現代と古代をモチーフとしてつなげているのはニジンスキー、ベジャールに共通するところです。
問題はベジャール亡きあと(後継者がいないといわれるベジャール)それをいかに継承するのか、ということでしょう。ベジャールについては、「ギリシアの踊り」「春の祭典」「火の鳥」、「ニーベルングの指輪」についても過去に記事に書いていますが、今回も放送を見た後にまた感想を書きたいと思います。

◆屮戰好函Εブ・モーリス・ベジャール 〜愛、それはダンス〜 セレクション」

「バレエ・フォー・ライフ」は音楽がクィーン。
エリザベット・ロスやジル・ロマンが出演。


 また、4/3の同番組はダニエル・バレンボイムとウェスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラが取り上げられます。バレンボイムの「悲愴」・・がウェスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラで演奏されます。

【特集】 
●「バレンボイム 平和への祈り」

【公演コーナー】 
 屮瀬縫┘襦Ε丱譽鵐椒ぅ犹愆 ウェスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラ演奏会」

<曲目> 序曲「レオノーレ」第3番 作品72a(ベートーベン)

管弦楽のための変奏曲 作品31(シェーンベルク)

交響曲 第6番 ロ短調 作品74「悲愴」(チャイコフスキー)

<出演> ウェスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラ(管弦楽)

ダニエル・バレンボイム(指揮)

◆屮┘襯汽譽犖抗攣予伝嫦脹藾娉顱


バレンボイムは、今年のニューイヤー・コンサートでも指揮をしました(バレエにはマラーホフも出演しましたね)はやいもので、既にこのDVD化されますが。
バレンボイムの書籍は、みすずからでているサイードとの対談集がおすすめです。



今週はようやく、昨年12月から開催を楽しみにしていたルーブル美術館展(国立西洋美術館:上野)<ヨーロッパ17世紀絵画>に行ってきました。

詳細はまた後ほど....とにかく感想がありすぎるので、画家ごとか世代ごとに書いたほうがいいかもしれません。

個人的にやはりルーブルということでフランス「冒険者の世代」つまり、内乱・戦争のためフランスでは活躍の場がなく、イタリア・ローマで活躍した画家たち、ニコラ・プッサンやクロード・ロラン、そしてフランス古典主義の画家、自然主義の画家たち(ルナン兄弟やジョルジュ・ラトゥール)が目当てでした。

感想を書きたいのは、まず
・ニコラ・プッサンとクロード・ロラン
・ルナン兄弟とジョルジュ・ラ・トゥール
・ドメニコ・フェッティの「メランコリア」(「メランコリー」)
・シモン・ヴーエ
・ジョバンニ・フランチェスコ・ロマネッリのアイネーイアスの主題とウェヌス
・カーレル・デュジャルダン「モッラ遊びをする人びと」→これはなかなか面白い絵です。この時代と主題の取り方がよくあわられている作品です
・17世紀ローマ派「聖ペテロの口述のもとに福音書を記述する聖マルコ」
→カラバッジョの影響がよく出ています
カラッチの工房の絵もきています。

最後のセクションにあるグリザイユ(淡色画)は本来天井にあったものなのでおそらく見上げる構図でみるとまた違ってみえるでしょう。持物などから描かれている人がすべて解読できそうな絵です。

クロード・ロランの額絵も売っていてポスターと一緒に購入。
エンボス加工がなかなか綺麗な効果をだしています。
あと今回ポストカードが豊富です!ほしい絵のポストカードも沢山売っていました。
印刷も絵画の色が比較的よく出ていると思います。

図録の絵も再現性が高いですが..やはり光の描き方、クロードの空気遠近法で描き出された風景、ルナン兄弟の人々の目の光、ラ・トゥールの描く人々と蝋燭の炎の光、シモン・ヴーエの鮮やかな色彩、本物の絵画は印刷や写真では得られない経験を与えてくれます。

会場はやはり混雑しますので、混雑を避ける工夫が必要だと思います。

展示は、最初がニコラ・プッサンから展示されていて、北方フランドル、スペイン、フランス(今回はやはりルーブル展ですしフランス絵画の成立(イタリア、フランドルからの影響を経て)を中心にみるのが個人的にはよいように思うのですが)、イタリア出身の画家たちなどなど割と国別・時代別にはならんでいないので、美術史的な流れや解説を会場の図録で読みながら見てもいいと思います。
美術ハンドブックなどがあるとやはり便利です。影響の受容と変容も面白い。


17世紀絵画をみる際に、「王立アカデミーの歴史」を読んでおくと、当時の絵の作成と絵画の位置づけ、画家の立場がよくわかると思います。是非。

デカルトの肖像も来ています。デカルトは哲学者として有名ですが実は数学者でもあります。デカルトをめぐる問いがそのまま近代、現代へと続いていくことを思うと最後のセクションで展示されている、ローデウェイク・デ・デイステルの哲学論文と天使と寓意像がかかれた絵は、なんだかシンボリックに見えてきます。

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写真は2004年くらいの4月末に長野県・白馬でとった写真。
生え始めのつくしが一面に宿の近くにありました。


山形孝夫先生の「砂漠の修道院」と「レバノンの白い山」を読み返しています。
「レバノンの白い山」は大変興味深い本で一気に読んでしまう+何度も読み返したくなる文なのですが。レバノンの環境、それゆえの特質・特性、風土と人の関わりを含めたテキストが纏められています。
「農作物が取れる大地がある」というのは凄い価値なのだということが解る。
私たちが当たり前と思っている、水資源や耕作に適した地質などそれ自体が「特質」なのだという思いに至ります。「ブルータス」で「農業」特集が早々と組まれたときは中々早いな、と感じたものです。経済不況化だからという理由ではなく、何が適しているのか(風土・気候・人の気質的にも)が重要な気がしています。
あまりにも当たり前にあると、その価値に気がつかないということもあるのでしょうが...
また季節の変化に触れることが減ると、そして元々日本の季節行事が農耕との関わりを起源にしているためと生活は「商戦」というシーズンが中心になってしまう。
この辺りは間々田先生の「消費社会論」にあるとおりです。
さらに個人的には「桜開花」にこだわりすぎるきらいも季節感の喪失だと思ってしまう。春に劇的変化をみせて美しいのは桜だけではなく、球根や宿根の草花こそが早春を告げるものでしょう。自宅では数日前からゆき柳が開花してきました。
咲く前の変化も、実に長い間少しずつ変化が現れているのです。

葉山 アゲハ亭:上山口の自然 「ツクシ」 - livedoor Blog(ブログ)#trackback


葉山アゲハ亭さんのblog記事で土筆(つくし)の写真があり、とても懐かしく思いました。
私は今の家がある市にずっと住んでいるのですが、春になると土筆とりをしてました。小学生の頃はとるだけで満足だったのですが、あまりにも大量に隣の空き地でとれるため(現在は家)つくしの佃煮を祖母と一緒につくって以来、中高生になっても春といえばつくし!ふきのうとうは家でとれるもので買うものではない、というのを思い出すのでした。
ちなみにこの市は人口34万人を超えるいわゆるベッドタウンで日比谷線・半蔵門で都心まで35分程度です。たぶん近所のひとも気がつかないような残り方でなのです。
実家が神社の杜に比較的近く自然ベルト的なものを共有していること、近くに自然園的な植物園があったこと、その場所がもともと私鉄系役員邸だったらしく裏庭には竹林があったことも関わるかもしれません。この話を市内の人にしても驚かれます。
一体何処にすんでいるんだという感じですが、本当に表向きわからない、ひっそりと自然がのこっている場所でした。

ところが昨年から某植物園が閉演して周囲も旧い家が壊されたり、周囲の茂みが刈られてしまいました。その茂みが消えたためか、植物園の広大な自然状態の敷地にすんでいた狸の親子が実家の庭にすみついていたと母親から聞きました。これには私もびっくりでしたが....。

ほんの少しの、人の手があまり入らない土地があれば、たくさんの生き物がひっそりとでも住んでいけること、同時に完全な住宅地になれば、雑草(とわれわれが思っている野草たち)も生えず季節の変わり目がわかりずらくもなり、人と他の生き物の距離もうまれるばかりなのだと感じます。
水元公園の東京都鳥獣保護区のような場所、それがもっと首都圏に増えるべきではないかと感じています。
郊外型ショッピングセンターの拡大などで相当の比較的手付かずな場所がアスファルトの下に埋もれました。

以前記事にも書きましたが都市と田園は違う役割をもっていて、それぞれ違う性質と景観を保っている、イタリアにいくと移動の都度実感できます。
ちなみに現在の開発の基盤になっているのは、戦後のいわゆる「スプロール開発」というものが原型です。


自宅のほうにはめじろ、ほおじろ、ひよどりなどが、果物や実をたべにきます。
トネリコの木は冬も葉がしげっているので小鳥には安心なようです。

最後につくしとりをしたのは、たしか5年くらい前に上高地・白馬をおとづれたときに、朝宿の周りでのこと。
夜は現地であった旅行者のみなさんと天体観測もしました。
その時もつくしは持って帰って自宅で調理して食べましたが、春の味は私にとってはつくし、そしてたけのこ(ほりたての)ですね。

春は苦みがある野菜が美味しい。




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上高地は本当に素晴らしい時間を過ごせます。2回訪れたことがあります。
静寂で力強く、清々しい、厳しくも美しい場所です。

ブログネタ
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ブログのカテゴリーに造ってほしいもの...ということで、まずは「舞台芸術」
(バレエ(クラシック・せみクラシック・コンテンポラリー、オペラ(イタリア語・ドイツ語・ロシア語・フランス語による))でしょうか。

おそらく「ぴあ」のカテゴリーわけ、ジャンルわけの影響が根強いのでしょうが、日本ではオペラは音楽カテゴリーに入っているのに対して、バレエは演劇・パフォーマンスカテゴリーに入っていることも、個人的にはかなりの違和感。

演劇は遡ると古代ギリシア、そしてローマ(詩の朗詠含む)それがヴィクトリア朝イギリスへと受け継がれていく部分もありますが、やはり「言語」によって表現するのが「演劇」だと思うのですね。境界上にあるジャンルほど、カテゴリーわけは単純ではないのですが。そうする限り、国立バレエ学校も、新国立劇場に専属オケがつくことも「まだ早い」という理由で先延ばしされるのでしょうか。
先送りにされるものが多いですね。
(先日アメリカ文学史でも少々取り上げた、ジェファーソン草稿には最初から入っていた「奴隷解放」も「まだ早い」という人たちによって消されてしまった。「まだ早い」といっている人にとっては「永遠にその時は訪れない」という巽先生のお話がとても興味深かかった。本当、その通りなのです...)


オペラ、バレエ、クラシックの領域をジャンルわけするよりも「舞台芸術」として扱ってもらいたいですね。もっといえば、本来、音楽と絵画芸術も接近しているもの。
絵画芸術は文学との関連が強いものです。
更にいえば、文学とはもともとは歴史をも含むものだし、舞台芸術は歴史性や社会史とも関連してとらえたほうが面白いものです。

周囲の方と話すとき話題になり、大抵同じ違和感をもっている方も多いと思います。

一応、ブログ村なども登録していますが、これも「これだ!」というカテゴリーが見つからなかったりです。多分、そういったカテゴリーで定義が曖昧なまま「雰囲気」だけでセレクトしているためだと思うのですが。
因みにジャン・ボードリヤールによれば「雰囲気」という言葉が溢れ出すのは1950年以降、消費が記号論によって転換しはじめるときであって、同時にアートがポップアートとして、限りなく消費と広告とファッションの中へ取り込まれていく時代に重なるといわれています。

ブログを書く人=消費者と見なしている傾向がもっとも強いのは楽天ブログではないでしょうか。実は更新していない旅行ブログも以前作ったのですがカテゴリーがきっちりきまりすぎていて、あからさまにターゲットを絞り込んでいる設定がみえるような気もします。

今日やっと3月初めの仕事は一段落。
やるべきことをやるまでは落ち着かない心境になりますが..

さて、春からのバレエ公演は
「東京バレエ45周年記念ガラ/エチュード/月に寄せる七つの俳句/タムタム」
「パリ・オペラ座バレエ学校公演」
「デンマーク・ロイヤルバレエ <ナポリ>(全幕)」
に行く予定です。
エチュードはマリインスキーバレエのガラでも公演され、世界バレエフェスなどでも公演される演目で楽しみですが、今回はゲストにサラファーノフ(マリインスキー)とフォーゲル(シュトッツトガルド)が出演します。
タムタムは習っている先生が出演される予定です。
月に寄せる〜はノイマイヤー作品です。(※今年はノイマイヤーフェスト)
ノイマイヤー作品については三浦雅士さんが文章を寄せいたのを読みました。

4月は春の東京大学公開講座にも参加する予定です。
私は興味ある分野中心に1日もしくは2日参加です。
これについては、また後日書きたいと思っています。

写真は玄関もよう替え。
ローラのクリフトン・コンソールテーブル、フレームと燭台、チェコのハンドメイドの花瓶。テーブルマットは、「アーツ&クラフツ展」の特設売店で売っていたモリスの「いちご泥棒」のパターン・デザインです。
アイビーを活けています。
ブラケットのライトは、ガレ・デザインです。
冬は赤を基調にしてみましたが、この時期は緑がほしくなります。

ルーヴル美術館展の特設会場では切手が売られるそうですね。
50円のシートで1500円。手紙好きなのでほしくなりますが、使うのが勿体無い。
しかしそれならば、国立博物館にある日本美術でも常に切手を作って、国立博物館のミュージアムショップ(質が高い)販売すればいいお土産になると思うんですけれど。定番の切手をもっと文化性を取り入れてほしいです。
先日奈良ホテルから「草枕だより」が届いて、春の奈良散策にまた行きたくなりました。


消費社会の神話と構造 普及版
著者:ジャン ボードリヤール
販売元:紀伊國屋書店
発売日:1995-02
おすすめ度:4.5
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再生産について―イデオロギーと国家のイデオロギー諸装置再生産について―イデオロギーと国家のイデオロギー諸装置
著者:ルイ アルチュセール
販売元:平凡社
発売日:2005-05
おすすめ度:4.5
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バレエに関して追記すると、「ルオー展」(汐留ミュージアム)の一角では、バランシン振付の「放蕩息子」(ニューヨークシティバレエ)のDVDが公開されています。
このDVDにはよくガラ公演などで上演される「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」も入ってます。「放蕩息子」はルオーを舞台美術に取り入れています。
ルオーは...、ボードレールの詩や批評との関わり、19世紀のフランスがおかれていた状況と絡めてみると面白いように思います。素描派の画家が好きな私なのですが。
ルオー展に関してはArt Life DiaryのHeyselさんに情報とチケットを頂戴いたしました。有難う御座います。

絵画的なバレエで、お薦めなのはパリ・オペラ座の「シーニュ」です。
絵画と記号、音楽と身体、まだこの作品に関しては文に書けないでいますがお薦めのDVDです。アニエス・ジローとカデル・ベラルビが素晴らしい。
日本では愛知万博の際に公演があったのですが、見に行けず後悔のきわみです。

UK-JAPAN2008に掲載された記事は08年3月末まで公式サイトの「blog」コンテンツで公開されたあと、国立国会図書館(WARP)に永久保存されることになっています。

それで個人的メモとして、英国の音楽、サブカルチャー、カルチャーを紹介した記事で掲載されていないものをUPしてみます。


http://ousia.livedoor.biz/archives/51550855.html
イングリッシュローズ/ディビッド・オースチンのばら

http://ousia.livedoor.biz/archives/51553555.html
マニックス/ミレニアム・カーディフ2000

http://ousia.livedoor.biz/archives/51514759.html
レディオヘッドとデッド・カンダンス
Rediohead・Dead Can Dance

そして12/31の17:00を過ぎたために掲載されなかったものが一つ!

忘備録的に一覧にしてみました。

ちなみにUK-JAPAN2008に掲載された記事でアクセスが多いものをメモ的に書いてみますと..

https://www.ukjapan2008.jp/XP/fd13514.html
ARTS&CRAFTS MOVEMENT ::ウィリアム・モリスとバーン=ジョーンズ
(元のブログ記事 http://ousia.livedoor.biz/archives/51547433.html)

https://www.ukjapan2008.jp/XP/fd11195.html
アーツ&クラフツ展 ウィリアム・モリスの思想と作品によせて
(元のブログ記事 http://ousia.livedoor.biz/archives/51513028.html)

ジム・ランビー アンノウン・プレジャーズ(原美術館でのプレビュー参加)
https://www.ukjapan2008.jp/XP/fd13285.html


英国ロイヤルバレエ「眠りの森の美女」
http://www.ukjapan2008.jp/XP/fd13350.html
ロイヤル版DVDと2008年日本公演、パリ・オペラ座のルグリとオーレリーの眠りを、象徴性と舞台美術・衣装の時代性などで比較してみたレビュー。
「眠り」はチャイコフスキー3大バレエでは一番好きな演目。
アリーナ・コジョカル(英国ロイヤル)のオーロラは素晴らしいです。
因みに「青い鳥」はオペラ座のDVDに収録されているバンジャマン・ベッシュが演じたものが好きです。英国ロイヤルの来日公演では日本人ソリストの佐々木陽平さんが青い鳥(ブルーバード)を演じました。

あとはメアリ・ルノーの小説http://www.ukjapan2008.jp/XP/fd13833.htmlについての記事などがアクセスが多いようです。(2009年3月)


  
gogia
 写真はティージング・ジョージア。

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先日記事にも書いた頂いた感謝状と記念品で頂いたウェッジウッドのグラスです。
グラスの底に「日本-UK」のロゴがエッチングで刻まれています。

ウェッジウッドのガラス製品はインテリアとしてもおすすめで、私は以前からガラス製の置時計をリビング用に使っています** オリーブ色でとても陽光が窓からはいると美しいのです。

帰宅後、セレモニーと助成金プロジェクトの内容が書かれた資料・プレスリリースを改めて読みました。とても興味深かいと感じたのは、温暖化と森林の生長期間に関する研究プロジェクトです。エジンバラ大学と筑波大の共同プロジェクトで、季節変動と気候変動に関して、樹木の変化をモニタリングして調査するというもの。
そして森林と二酸化炭素吸収について市民の認識を深めることを目指しているプロジェクトです。

私が思ったのは、日常的な問題として、化石燃料エネルギーは石油で40年程度、石炭でも200年で枯渇する問題があること。
しかし新聞調査などでは63%の人が「技術で解決できる」と答えていたので(昨年のデータ)驚いた記憶があります。確かに技術は目覚しく、しかも19世紀と20世紀半ばの石炭と石油の消費量の増加は急激すぎるものがあり、環境破壊や資源問題もそれと同等に深刻化しているのです。
技術による解決だけを目指すことは「他人任せ」の意識のあわられでもあるように感じます。このプロジェクトは、日常的な問題として、個々人が関わっていることとして、認識を高めるという点でとても興味深いものがあります。

「惑星的思考」のように、つまり、完全な解決や完全な実現は無理でも、惑星内にいる人々は誰もが、そのような問題に対して『応答すること』は可能であろうということ、それは志向とともに実践されなければならないことですから難しいですが、でも「不可能」ではないはずです。


そういったことにも関連して、このまだ解明されていない影響についての研究は大変興味を覚えました。

それから教えていただいたのですが、ウォーターハウスの回顧展が行われ、各国を回るそうですね。ぜひ日本にもミレイ展につづいて巡回して貰えないかと願ってしまいます。ラファエル前派の絵画がもっと紹介されると良いですね。
なぜなら、写実性と自然美と風景の調和、そして象徴性や物語性を含んでいる美術だからです。それ以降は主観や感性、個人の主張がつよくなる「ART」としての面が強くなっていく境界の一つのように思えるからです。

因みに閉幕式へは英国大使館公邸ということで、Lauraのミル・フルールのワンピースを着て行きました**


P1000838

写真は自宅リビングにて撮影したものです。
リビング写真はUK-JAPAN2008のローラ・アシュレイ・クリスマスチャリティの記事にも掲載しています。ラグとクッション、カーテンはローラです。

この部屋には、巌谷國士さんのラ・コストの写真作品、コーネリアスの小山田君から頂いたピック、マラーホフ、ニーナ・アナニアシヴァリから頂いたサインなど、リスペクトしている方々との記念品も飾っているのですが、そこに感謝状を置こうと思っています**

5
ガヤトリ.スピヴァクはジャック・デリダの英文訳者として知ってはいたものの、詳しく知りたいと思っていた。9.11以降のアメリカとアメリカニズムについては、主に藤原帰一先生の「デモクラシーの帝国」その日本での戦後の受容意識とアイデンティティという点では吉見俊哉先生「親米と反米」から大変得るものがあり、一昨年秋は藤原先生、吉見先生の公開講座で直接お話をきけたこともあり常に「グローバリズム」や「経済・消費社会」の現象を考える際には思い返してしまう問題です。

そんな背景もあり普段休めない土曜でしたが、巽孝之先生の「惑星思考のアメリカ文学史」の講演に参加してきました。
2時間、映像やハンドアウト、レジュメを使っての、アメリカニズム、モンロー宣言の4度の読みかえ(ブッシュ再任にまで至る)など大変有意義な講演を聞くことが出来ました。

ガヤトリ.スピヴァク(Gayatori Chakravorty Spivak)、そしてウェイ・チー・ディモク(Wai Chee Dikock)、グレッチェン・マーフィ(Gretchen Murphy)の理論批評について知るきっかけを頂いたように思う。

「アメリカ独立宣言書」(The Declation of Independence)の起源に関することは大変興味深かった。ジェファーソン草稿ではすでに黒人奴隷解放について記されていたこと、またその草稿がかなり赤をいれられた状態のものとなったこと、
「常に起源は隠蔽される」というキーワードが私の中にはあるのですが、アメリカ独立宣言においても、本来性が変容していることが解った。
「どのようにその言葉が理解されるかは、文脈次第」こうした書き換えが行われていることを実際に資料を通じて知ることができた講演だった。

of Gramatologyは家に元々あるので(the Johns Hopkins University Press版 80年代のもの)原文で読みすすめたいと思った。

巽先生の「メタファーはなぜ殺される」はすぐに読みたいと思った。


Of GrammatologyOf Grammatology
著者:Jacques Derrida
販売元:Johns Hopkins Univ Pr
発売日:1998-01
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アメリカ文学史―駆動する物語の時空間アメリカ文学史―駆動する物語の時空間
著者:巽 孝之
販売元:慶應義塾大学出版会
発売日:2003-01
おすすめ度:3.0
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メタファーはなぜ殺される―現代批評講義メタファーはなぜ殺される―現代批評講義
著者:巽 孝之
販売元:松柏社
発売日:2000-05
おすすめ度:5.0
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プログレッシヴ・ロックの哲学 (Serie′aube′)プログレッシヴ・ロックの哲学 (Serie′aube′)
著者:巽 孝之
販売元:平凡社
発売日:2002-11
おすすめ度:4.0
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階級を再考する―社会編成と文学批評の横断
著者:ワイ・チー ディモック
販売元:松柏社
発売日:2001-05
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Hemispheric Imaginings: The Monroe Doctrine And Narratives Of U.S. Empire (New Americanists)Hemispheric Imaginings: The Monroe Doctrine And Narratives Of U.S. Empire (New Americanists)
著者:Gretchen Murphy
販売元:Duke Univ Pr (Tx)
発売日:2005-06-30
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群島-世界論群島-世界論
著者:今福 龍太
販売元:岩波書店
発売日:2008-11
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http://baby.blogmura.com/tment_tbe/11283/wcnslwc2tfh5

5
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UK-JAPAN2008共同プロジェクト助成金と閉幕式に出席しました。
UK-JAPAN2008には940名の公認ブロガーが参加されていたとのこと、そのランキング10名に感謝状が贈られるとのことで私も参加して参りました!
UK-JAPAN2008運営事務局様のご招待でした、ありがとうございます。

デイヴィッド・ウォレン駐日英国大使から感謝状を頂きました。


公認イベント全般の紹介を観ながらミレイ展、英国ロイヤルバレエ、バーミンガムバレエ、ジム・ランビー展などなど参加したり記事を書いたイベントを思い出しました。ミレイ展は本当に素晴らしい展覧会でしたね、ぜひラファエル前派の画家の展示やテイト・ギャラリー展などまた開催されることを願っています。

会場では受賞ブロガーの皆様や関係者の方にもお会いできて、音楽やバレエ、UK-ROCK(レディオヘッドやマニックスなど)、紅茶などの話もできて2時間あっというまでした。記念品でウェッジウッドのグラスを頂きました。
陶器はロイヤル・ドルトンとウェッジウッドが好きなのでとても嬉しい記念品でした。(記念品についてはまた後ほど写真を載せられたらと思います、ガラス製品は昼間のほうが綺麗に撮れるので...)


写真は、セレモニーの後に振舞われたアフタヌーン・ティでのUK-JAPANを記念したケーキ。周囲のアイビーが爽やかですね!
ベリーがたくさん入っていて、このほかにもスコーン+クロテッド・クリームもとても美味しかったです。スコーンはスタッフの方に教えていただいたところ大使館のシェフが作られたとのことでとても美味しかったです。バラクラ・イングリッシュガーデンで食べるスコーンに似ていて。当然ですが、とても本格的でした。
ミルクティも美味しく頂きました。
P1000823

テラスに面したオープンルームにて。
公邸内に肖像画や風景画など多くの絵が掛かっているのが印象的でした。
インテリア+建築好きとしては、内装のモールディングやケーシング、古典様式とジョージアンの建築も観られて充実でした。
P1000821

青い飾りシャッターとファサードの柱頭の古典デザインが美しかったです。

庭には薔薇もあり、和風なアーチと薔薇の組合せが新鮮でした。
また薔薇の季節には緑もきれいでしょう....


http://family.blogmura.com/tment_tbe/11255/wcnslwc2tfh5


4
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Lady Hillindon,(レディ・ヒリングドン)は黄色い大きなばらで、茎と葉が緑ー紫がかっている薔薇です。香りも大変よい薔薇で、レンガの壁に合うという説明にひかれて2年前に購入。昨年は夏にシュートがのびて大きくなり、新芽の勢いも一番よい状態です。なんともうつぼみが...ちょっと早すぎる気もしますし、雨が多い時期につぼみがついても咲かないことが多いので少々心配。1917年の作です。
まだ鉢で育てていますが、そろそろ地植えにするか迷っています。

この時期新芽が育ってきますが、この時期に木酢をうすめてスプレーしておくと、病気に強くなり、4月以降の葉の色も鮮やかで健康に育つような気がします。
基本的に木酢とオルトラン(虫対策)だけで育てていますが、やはり新芽がでたら木酢をスプレーするのが丈夫に育てることに繋がるような気がします。

うつむきがちに咲くので、庭でさいている写真が少なく、切花にした写真(一昨年)を載せましたが本来は、オールドローズはやはり”庭に生きる花”(もちろん鉢植えでもベランダでも、切花ではなく、活きて咲く花という意味)なので、プラム色の茎と葉とのコントラストが出るような写真を今年は撮りたいと思います...)
薔薇は開花してるときに写真をとれるかどうかタイミングも難しいんですよね、大抵早朝(家を出るまえ)に撮ることが多いです。

ramaramaさんで見た「エコ・チャレンジ宣言」私もやってみたところ、結果は...”エコ・セレブ”とのこと。
セレブという単語には雑誌メディアでみるたびにうーん?と思うのですが、エコならばそれほど悪い気はしなかったものの、判定のコメントに納得。
「自らの懐を痛めてもエコしようとする云々..」確かに。
ちなみに夏の冷房設定はドライ27度で大丈夫です。冷房が苦手です。日本も夏の礼装はアロハかかりゆしにするべきかと。夏の電車に乗るたびにそう思います。

私が普段気をつけていることは仕事上紙も扱うので、古紙再生。雑紙も分別回収されるようになってよかったです。空き箱なども分解して回収に出します。
ハガキなどもネームオフで情報部分をカットして回収へ。
白色トレイはパルシステムを使うようになるとほとんど出ません。

しかしそういった資源回収系はエコ・チャレンジ宣言のチェック項目にはあまりのっていませんでした...。少々寂しい。
ペットボトル再生工場が閉鎖倒産してしまったというニュースはとても痛ましく何かが間違っていると思いましたがやはり生産販売サイドでリサイクリングまで行わないと中々解決には至らないと思うのです。
L.L.Beanなどで売っているナルジン・ボトルに紅茶をいれて持っていくことが多いです。
電気も、蛍光灯はデスク用しかつけていないのですが、白熱灯を使うと電気代が大変なのでパルックボール、ネオボール系の省エネ電球にほとんど切り替えています。
クリプトン球も、省エネタイプに切り替えられるところはなるべくそうしています。
IKEAでも省エネ電球を売っていますね。商品よりお高い場合があるのでちょっと複雑になりますが。

曇りの日の昼間は電気をつけず、キャンドルにするのが落ち着きます。

TVはほとんど普段観ないので、パソコンの使用を一日1時間減らすというチェック項目を頑張ろうと思いました。


イベントの最後として行われる、UKJAPAN2008日英共同プロジェクト助成金授与式および閉幕式が英国大使館公邸で行われますが、私も出席できることになりました。事務局から招待を頂きました。参加した折にはまたblogに記事を書きたいと思っています。
*掲載記事自体はUKJAPANサイトでも3月まで公開されております。


ところでNBSによると、東京バレエ団<ベジャール・ガラ>が、NHK「芸術劇場」でハイライト放送とのことです。
どうせならぜひ全部放送してもらいたいものです。
東京バレエはベジャールのレパートリーを取りいれて、しかも意匠に沿った公演ができるカンパニーなのですし、ベジャール追悼ガラコンサートということでぜひ全部放送してもらいたいものです。


□番組名:NHK「芸術劇場」(NHK教育テレビ)
□放送日:2009年3月20日(金)22:30〜24:45

同様にハンブルクバレエの公演もクラシック・ロイヤルシートで放送されればよいのに、と思います。

クラシックロイヤルシートでパリ・オペラ座の「プルースト」(ローラン・プティ)も放送してくれないかなと思っているのですが...。プティは、チャイコフスキーの悲愴の音楽で「スペードの女王」を作成し、以前これはボリショイの公演がNHKでも放送されました。

先日ソーン・クロフトのデトックスのコーディアルをカリス成城で買ってきました。
エルダー・フラワーもこの季節は美味しく感じます。
年度末で疲れもたまる時期なので、うまくリラックスしてのりきりたいところです。
生活の木では、グリーンボトルのコーディアルは扱わなくなってしまったみたいで、少々残念。ソーン・クロフトのピンクジンジャーもすきなのですが、グリーンボトルのジンジャーも好きでリピートしていました、ボトルもすっきりとしたグリーンで気に入っていたのですよね。コーディアル+フリザンテ(スパークリングのミネラルウォーター)がお薦めです**

個人的な近況としては週末、ピアノのスプリングコンサートがあり、チャイコフスキーの「ひばりの歌」、ヴィヴァルディの「春」、グリーグの「春に寄す」など先生の演奏を聞きました。イタリアではどちらかというと、四季の自然は絵画ではなくて音楽によって描写するのが常、などということを思い出しながら聴いていました。
イタリアのプリマヴェーラ「春」という概念はルネサンス期には、特に重要なモチーフと概念なのですが(単に季節の移り変わりという自然的な意味だけでなく)、今回耳にした厳しい北の春、北欧やロシアの、そこに託され表現された春の光が印象的だった。


それからギリシア-日本美術の流れ(ヘレニズムとガンダーラ美術)を纏めたりしていました。今年は阿修羅(八部衆)展もありますが、改めてあの時代の美術を調べていると大変調味深いと思います。これについてはまた奈良の写真を加えて記事にしたいと思っています。


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ところで、シルヴィ・ギエムがパリ・オペラ座から英国ロイヤルへ移籍したときは話題だった。カンパニーにはそれぞれ独自性があるけれど、両者の違いとして、クラシック・古典・ロマンティックバレエと、モダン、特にベジャールやキリアン、プレルジョカージュらの哲学的・記号論的なバレエを中心とするオペラ座に対して、ロイヤルは英国の伝統的な演劇的なバレエという観点が挙げられると思っています。
英国ロイヤルがドラマティックバレエと古典をレパートリーが多いことから、ギエムがロイヤルへ移籍した理由も理解できるように個人的に思われます。
ベジャールの「ボレロ」はジョルジュ・ドンのためにベジャールが振付けたもので、踊れるダンサーはベジャールから直接、ボレロの継承者として選ばれた人たち。
ギエムもその一人。ぜひ今回のガラ公演は公共放送で放送されるべきだと感じています。

<ボレロ>は踊る人の個性や人称性を消しながらもっともその人を生きさせるバレエだと感じる。永劫回帰と始まりと終わり、個人と世界の縮図なのだが、優れた舞踏は言語の意味を超えて存在する。そしてたちどころに消えてしまう芸術であって、ベジャールの作品は「映像」としては極めて断片的にしか残されていない。
バレエや舞踏の本質を考えれば、ベジャールの選択として「映像はのこさない」というそれは「正しい」選択なのだが、しかしもう一つの継承としての「記録」もされて「映像として保存されて共有できること」もやはり願うことが少なくない。