1DAY-25HOURS デザイン・フォー・ライフ

from ousia@web 高嶺(Takane)によるデザイン・フォー・ライフ. テキストと写真で綴ります.

December 2008

アーサー王伝説については以前も少々書きましたがトーマス・マロリー卿が「アーサー王の死」として集大成したもので、最初に出会ったのはビアズリーの挿絵がきっかけでした。ケルト、中世騎士道、キリスト教聖杯伝説などが加わってものがたりになっているアーサー王伝説の映画でおすすめなのはジョン・ブアマン監督の『エクスカリバー』です。物語の要素に超自然的な事柄やケルト要素も反映されています。
以前ブーリン家の姉妹と英国映画(2008UKJAPAN)について少々触れた記事の追記です。

アーサーを騎士にする儀式的なシーンがとても印象的。
ランスロットのニコラス・クレー、エクター卿やケイ、パーシヴァルが従者から騎士になり、聖杯を探索する騎士として描かれるストーリーも好きなシーンです。モードレットも適役かと思います。アーサー王とグェネヴィアの結婚式やキャメロットの円卓のシーンも幻想的でとても美しい。何度となく観たくなる作品です。
アーサー王伝説は、失われたケルト文明が文化や主題となって後の世界に継承されている点がとても興味深いです。
音楽が「カルミナ・ブラーナ」(運命の車輪の輪・絶頂と衰退なのも効果的です。重要なシーンでは、物語の栄光と悲劇を暗示するように用いられます。

「アーツ&クラフツ展」(汐留)でバーン=ジョーンズのチョーサー挿絵を見て、以前「ビューティフル・デカダンス」展で購入した図録を改めて観ていました。文学要素と繋がりが深い19世紀ですが、来年2009年もこうした展示があるといいと思います。アレクサンダー・ポウプの著作のための挿絵や装丁デザイン、ロレンス・ハウスマンの『愛のヴィオル』(ロビンスン著)表紙デザインなどをみていると、やはり書籍と表紙デザインは重要だと思います。19世紀末は書籍や印刷出版が隆盛したためにデザイナーや画家が優れたデザインをパブリッシングに生かされてきまのがよくわかります。「消費」とは別のものづくりのポリシーが存在感を際だたせているのかもしれません。細密なデザインがとても美しい。

エクスカリバー [DVD]エクスカリバー [DVD]
出演:ナイジェル・テリー
販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日:2003-03-20
おすすめ度:4.0
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美神の館 (1984年)
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アーサー王物語〈1〉
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ビアズリーのイラストレーション (双書美術の泉 14)
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個人的に90年代はこうした企画展、シュルレアリスム、19世紀後半デカダンスから象徴主義に関するものが多かったせいか(10代後半から20代前半だったから特に?)現在の嗜好にも影響があるのかもしれません。個人的には2010年くらいからまた回顧と継承の動きがあるのでは、と思っているのですが。
(ルネサンスの後のバロック、その後の新古典主義などの流れのように、新しいものは前時代の見直しから始まるので...)

カルミナブラーナについてはバーミンガムロイヤルバレエの「カルミナ・ブラーナ」関連でも少々書いてあります。

寒空と乾燥が続いています..THONGCROFTピンクジンジャー、ROCKS&TREEのハニー&レモンの英国製コーディアルを購入してきました。寒い季節に紅茶に少量いれると温まります。UKJAPAN2008も12/31で終わり..美術や映画、舞台など中の記事が多かったように思いますが、日常生活上で愉しめる+お薦めのものについて少々追記を兼ねて書きたいと思います。

インテリアはローラのアートフレームやランプがお薦めです。DUNFUI NAIや古典主義的なデザインのフレームやキャンバスが特に好きです。部屋の雰囲気が和らいで空間が際だつような..絵画は部屋が重くなるというイメージがもしかすると日本のインテリアでは遠い存在のように思われているかもしれないのですが、アートフレームひとつで随分変わります。ポストカードを特別なフレームにいれてちょっとしたスペースに置くのも◎.キャンドルホルダーもお薦め。

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ステーショナリーはずっとナショナルトラストのものを使っていたのですが、数年前に銀座阪急からお店がなくなってしまったので残念。英国トラッド的な服もあったりして銀座にいくと必ず覗いていたのですけれど。ペンケースは今も愛用しています。

フレグランスはFLORIS(LONDON)を使っています。香りは気分転換も兼ねて使いますので人工的な香りでないものを選んでいるつもりです。花やお茶の香りだから無意識に選んでいるのかもしれません...

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コーディアルもそうですが、私が愛用してるのはLUSHのコスメ、菜(コンディショナー)、ハーバリズム(日本向けに米ぬかを使ったアイテム)、ハンドクリームも愛用しています。植物の力を生かしていてアンチアニマルテスティングのポリシー、安全でフレッシュで楽しい製品が多いです。
今年はメイクアップのBも上陸したので使っています。ケースや原料もフェアトレードです。

以前記事にもUPした写真のソファはアートフォーマ社(英)のものです。
http://www.ukjapan2008.jp/XP/fd13416.html

と改めて身の回りを見渡してみると随分と英国由来のものが多いと気がつきました。製品になるまでにも気を配っているものが多いからかもしれません。自然由来、環境に根ざしていることがポイントになっているのかもしれません。

UK-Japan 2008 WEB記事掲載


**過日、UK-JAPAN2008に掲載された記事の追記として19世紀末美術とアーサー王伝説、『エクスカリバー』について書きました。ラファエル前派に続いてこの辺りの展示がまた近く行われるとよいです。

今年も残り僅か..さて2009年に期待するイベントを音楽/美術をテーマに個人的にメモ。

【美術関連】from MORRIS to MINGEI アーツ&クラフツ展 東京都美術館
→モリスファンとしては必ず行きたい展示です。ロセッティのステンドグラス「聖ゲオルギウス伝」が観られるようなので期待しています。ゲオルギウス(george)は槍を持った聖人として描かれる戦士の聖人で竜を倒したという伝説に基づいている。ドナテッロの彫刻などで有名ですが、イングランドの守護聖人でもあります。
ステンドグラスは一時期英国では伝統が失われそうになり、ゴシックの教会も白く塗りなおされてしまったりとアーツ&クラフツ運動はそんな危機感が発端になっていた・・先日、汐留の展示も観てきましたが、来春から始まる都美術の空間を活かして晩年のモリスの生活空間として展示されるようでとても期待しています。額絵やレターセットなどのグッズにも期待。

ルーヴル美術館展 国立西洋美術館

→17世紀フランス絵画が公開ということで大変興味があります。
日本だとやはりまだ印象派が人気なのかもしれませんが、17世紀フランス絵画はイタリアと北方フランドル美術の良い部分を取捨選択して構築した黄金期といえるのではないでしょうか。古典主義作品が沢山みられるとよいのですが..個人的には、クロード・ロランが観られるとあって待ち遠しいですし、ニコラ・プッサン、ル・ナン兄弟の作品が来るとあって期待しています。ウスタッシュ・シュウルールの絵画なども来日公開されると良いと願っているのですがどうでしょう。

阿修羅展

→奈良好きなので、ここ数年毎年奈良を訪れていまして、薬師寺展にはいきませんでしたが、阿修羅360度で観られるということで期待しています。もともと教会や寺のためにつくられた美術や仏像、彫刻などはその建物と一体化してみるのがベストかつ正当であって、モノとして眺める対象ではない、とは思いながらも脚を運びたい企画です。一般的には京都のほうが人気が高い旅行先なのかもしれませんが、私は奈良が好きです。美術・建築・彫刻好きにはやはり奈良なのですよね。東大寺三月堂、法隆寺と斑鳩、西の京、秋篠など2泊して巡るのがお勧め。


【音楽】

*シュトラウス「こうもり」新国立劇場
*ロッシーニ「チェネレントラ」新国立劇場
*ヘンデル「ジュリオ・チェーザレ」 UKオペラ@シネマ
*メトロポリタン ライブ・ビューイング


ヘンデル・オペラのジュリオ・チェーザレはぜひ見たい作品、そしてメトのライブビューイングではアンジェラ・ゲオルギウーとロベルト・アラーニャ、ベル・カント歌唱がすばらしいテノール、フローレスが見られるので期待しています。
ベル・カントオペラに注目しているので、新国立の「チェネレントラ」に期待。チェネレントラは「シンデレラ」のこと。
先日記事にもかいた英国ロイヤルオペラ「こうもり」をみていて、シュトラウスはドラマ中心主義的になったオペラをもう一度ベル・カント的なものに仕立てて楽しめるように「こうもり」を書いたのでは....と感じた。アジリタの歌唱やカデンツ、短調にならない旋律美などやはり英国ロイヤルの「こうもり」は◎です。

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図録は大抵買うようにしています、絵を見たいのもありますが、解説、テキストを読みたいですし、意外と何年もたってから読み返して新な発見があったりもします。
UK-Japan 2008 WEBサイトに記事掲載!

追記として・・
2009年のバレエ公演で注目しているのは、すでにチケットを取っている「パリ・オペラ座学校」(現校長はエリザベット・プラテル)の4月公演、東京バレエ45周年の「エチュード」とノイマイヤー作品、デンマーク・ロイヤルバレエの「ナポリ」。「エチュード」はマリインスキー・ガラのプログラムで記憶に新しい演目。マリインスキーのレオニード・サラファーノフとシュツットガルドのフリーデマン・フォーゲルが出演するとの事。
デンマークロイヤルの「ナポリ」はおそらくこのカンパニーでないと全幕公演はしない演目ですし、踊りも見ごたえある場が多いので是非行きたいと思っています。デンマークロイヤルだったら「ラ・シルフィード」でも良かったというかカンパニーの持ち味が出る演目なのではないかと思うのですけれども、やはり「ロミオとジュリエット」(ロメオとジュリエッタ)は人気があるのでしょうか。

シェイクスピア作品は戯曲としてだけではなく、絵画やオペラ、音楽の題材として重要な役割をもっていると実感します。元々、文学と絵画、詩と音楽は相互に影響を与え、好敵手であって創作上のジャンルとしてそれほど離れていなかった。ミレイの「オフィーリア」「マリアーナ」もシェイクスピアであり、象徴主義もまた詩と絵画と音楽の接近による運動でこれも世界に広がっていった(象徴としての西洋での漢字の発見もこれに関係する)音楽は眼に見えないものであり、絵画は言語を用いない、だが有形無形に関わらずそこに美や意味が表現される。

ところでヴェルディ作品がロイヤルオペラやグラインドボーン音楽祭のDVDが多いのもシェイクスピアを忠実にオペラ化したことに繋がっているようも思う。
ロイヤルオペラのヴェルディ<トラヴィアータ>は19世紀のパリというヴェルディが想定した同時代的な作品として演出している。演技や舞台美術もドラマ性、人物像にあっているので完成度がとても高い。
オペラに斬新さを求めるあまりに作曲家や脚本家が想定したものとはかけはなれた舞台も増えている気がするが、やはり原点回帰、本来あるべき作品として上演するのが創作者と観客が観たいものなのではないだろうか。ロイヤルオペラの作品はどれも作品の魅力を伝る演出や美術になっていると感じる。

年末になるとジュゼッペ・ヴェルディの「レクイエム」(アバド/輸入DVDにある)が聞きたくなるのだが、ヴェルディはシェイクスピア作品をすべてオペラ化しようとした作曲家である。<マクベス>はオペラ史上画期的な作品でマクベス夫人に「歌わないで朗唱してください」と歌手に注文し、劇と音楽の一致を試みたのだが、なによりもヴェルディはシェイクスピアの描く「人間性」を忠実に表現したかったのだろう。人間の心理状態や感情を音楽と歌詞で表そうとし、<マクベス>のほかにも、<オテッロ(オテロ)>を作り、最期には喜劇である<ファルスタッフ>を作曲した。
オテロにも「乾杯の歌」があるが「トラヴィアータ(椿姫)」のような歓喜の歌ではない。しかも、そもそも<オテッロ>は敵役としてのイーゴに焦点をあて、悪人の人間性に焦点をあてて描きだしている。それにしても、イタリアオペラにかならず「乾杯の歌」が入るのは、やはりギリシア・ローマ経由でのディオニュソス的な影響なのだろうか?(などとオリエントからギリシア・ローマとの繋がりを思ってしまう)

ヴェルディは<リア王>などもオペラ化したかったが未完だった。
<オテッロ>を作ったのは、シェイクスピアに造詣が深い脚本家と出会ったからでもある。やはり、相互の理解から創作は生まれる、と改めて思う。そしてシェイクスピアが作品を書かなければ、ローマのカエサルや中世ヴェローナのロメオとジュリエッタの話などもポピュラーな形では残らなかったかもしれない。

<トラヴィアータ>については以前記事にも書いたアンジェラ・ゲオルギウーがヴィオレッタ、指揮がショルティの英国ロイヤルオペラの映像がお薦め。
舞台設定も19世紀パリのサロン、裏社交界の雰囲気が反映されている。アルフレードも、デュマの原作の人物と性格に近いと思う。ヴィオレッタの父はレオ・ヌッチで、ヴェローナ音楽祭の<リゴレット>タイトルロール同様好演している。


グラインドボーン音楽祭 ヴェルディ:歌劇《マクベス》全4幕 [DVD]
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英国ロイヤル・オペラ ヴェルディ:歌劇《オテロ》全曲 [DVD]
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UK-Japan 2008 WEBに記事掲載

イタリア・オペラ史
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大晦日から新年にかけて観たくなるDVDの一つでもあるMANICSのカーディフでのライブ映像。全英ベスト・ライブアクツなどにも選ばれているMANICSですが、私は初来日時のライブにも行っています。ミレニアムに行われたライブで、集まったファンのインタヴュー映像も印象的。「世界一正直な詞を書く」
冒頭の”YOU STOLE THE SUN FROM MY HEART”からこのライブに集まったファンとMANICSのパッションが伝わってくる。”TUNAMI”も素晴らしい...
MANICSは日本文学も多く読んでいて、谷崎潤一郎や太宰治などもよくインタヴューで話しています。デザイン・フォー・ライフはこのブログタイトルにも使わせてもらっていますが、グローバル、消費社会などなどのキーワードにもライフスタイルの選択が挙げられるように、日常生活でもキーワードになると思います。もっとも、歌詞を書いたニッキー・ワイアはもちろんもっと深い意味でこの言葉を使っていると思いますが。ニッキー・ワイアの実兄は詩人のパトリック・ジョーンズ。UK音楽誌では首相にしたい人に選ばれたりなニッキー・ワイアですが、実際政治学の学位を持っています。バレエや美術以外で個人的に今までもっとも感想やレヴューを書いたのも実はマニックスについてかもしれない。

とはいえ音楽にどの社会性を取り入れるのか否かというのは、なかなか難しい問題かもしれません、カミューが小説に描いた疑問やサルトルが「アンガージュ」と言った意味が問われるように...そういった意味では個人的に”IF YOU TOLERATE THIS YOUR CHILDREN WELL BE NEXT”は1980年代以降のポップミュージックの可能性の限界にある名曲だと思う。この曲の先は聞き手に託されている..と聞くたびに思う。ヨーロッパでこの曲がポピュラーなのはそんな理由があると思う。
しかしMANICSの音楽はジェームズの持つポジティヴさが生きていて音楽だけでも魅力だと思うのです。たとえば”EVERYTHING MUST GO”などのように!

個人がライフスタイルや人生をデザインする(自分たちで選択して)、そして自分の好きなものと世界が物質的な意味を超えて”豊か”になればいいと感じます。
ブリットッポップはポップミュージックの中でそういった役割を自発的にしていて、「人や意味ではなく物によって取り巻かれる現代人」が共有できるものなのだという思いがします。

リーヴィング・ザ・トゥエンティース・センチュリー [DVD]
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Forever Delayed
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Lifeblood
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フレデリック・ディーリアスは英国生まれの作曲家です。イギリスの田園風景をおもわせる豊かな曲。「河の上の夏の夜」「イングランド狂詩曲」「冬の夜」などが収録されている作品集。私がこのCD【ディーリアス 管弦楽集】を買ったのは10年近く前。ハープやオーボエの音色が印象的かつ幻想的。
1862年生まれで20世紀初頭まで作曲。ディーリアスの両親はドイツ人だったので、器楽曲が多いのも頷けるような。・・・
風景と情景を音楽で描写するディーリアスの音楽はとても絵画的ともいえるかもしれません。風や季節の大気が繊細な弦やフルート、ハープで奏でられる「春初めてかっこうを聞いて」は春先の風景を眺めるよう。小さなオーケストラのための音楽は、大規模なオケによる音楽とはまた違った味わいです。どれも10分ほどの曲なのでクラシックになじみがない方にもお薦め。
指揮はサー・トーマス・ビーチャム、演奏はロイヤル・フィルです。


UK-Japan 2008 WEBサイトに記事掲載!

ディーリアス:春初めてのカッコウを聞いて
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ディーリアス:管弦楽曲集
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ディーリアス:管弦楽曲集
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ディーリアス:管弦楽曲集第2集 夏のうた/アパラチア/ブリックの定期市
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メアリ・ルノーは、オクスフォードで文学を学んだ英国作家。ギリシア悲劇を主題にした小説を書き、映画「アレクサンダー」も彼女の三部作品がベースとして反映されている。

メアリ・ルノーが書くアレクサンダーの台詞には、世界国家(コスモポリタン)思想がとてもよく現れている。映画ではそれほど主題にされていなかったように思うし、むしろ、西洋的基盤を継承する「近代市民社会」の視点が反映しているので、アレクサンダーの言動はネガティブなものとして描かれている。この小説を読んでいて、サファブィー朝やオスマントルコでの人材登用が、出自や民族にそれほどとらわれずに能力主義だったのは、アレクサンダー時代のペルシアとのかかわりなどが由来しているヘレニズムの影響なのかもしれないと感じた。
ルノーの小説では両義性をとらえている。
この話はおそらく、映画、、よりもたとえばBBC作成「ROME」のようなシリーズとして描いたほうが生きてくると感じた。

歴史を知ることは現在を認識するためでもあり、過去を知ることは現在とその先の方向性の視野を広くできる。過去を知るときに、もっとも気をつける必要があるのは、現代的な価値観や合理性で価値判断しないことだ。それは事実を歪めた認識になり、その時代の人々の考えや価値観に近づくことを妨げてしまう。

メアリ・ルノーの小説が映画「アレキサンダー」の原作だと知ったのは(数ヶ月前に書籍をお薦めしてもらい)割と最近のことなのだけれども、それを読むと映画中では判然としなかった彼の遠征に含まれる思想がよく表されている。
形の上で征服や遠征といわれているが、彼が成し遂げたいのは「融合」なのだ。アレキサンダーが目指したコスモポリタニズム・世界国家の構想は一部ローマで実現されることになるが、キリスト教単一的な支配が強まるとその基盤は失われていく。
(この失われた基盤や学問はアレキサンドリアやビザンツ帝国で培われていく)

現在でも、オキシデント(西洋)から観た東洋(オリエント)は「征服されるべきもの」という認識が張り付いており、それは時々、「ハーレムの女たち」などのような題材で「征服されるべき女性イメージとしての東洋」として描かれたりもする。このことは、「オリエンタリズム」(サイード)で指摘されている通りである。

アレキサンドロスは、民族の融合と世界国家を夢見ており、実行した人である。
「私はアジアで婚姻するべきだと思っていた」勝者としての支配ではなく、世界国家のために民族の際を和睦(婚姻)によって同族とすることを望んだ。だが、彼らの部下は、納得できない。やはり、勝者が敗者を支配するべきだと考えていた。だがアレキサンダーは勝者としての支配という視野ではなかった。当時の彼の周囲にいた人々はそれが理解できなかった。
部下は当然ながら、王の妃はマケドニアの高位にある自分たちの娘こそがふさわしいと考えていた。次の王はマケドニア人であり自分たちの子孫がアジア人との混血の子孫を王としなければならないのは耐え難いと思っていたのだが、そうした構造は合理的な支配構造は生まれない。

『アレクサンダー』(映画)については立花隆氏のテキスト(http://moura.jp/scoop-e/mgendai/200503/)が大変参考になった。特に、アレクサンダーはプロメテウスだったというキーワードの指摘、メディア、ヘラクレス、アキレスと英雄と神話の悲劇の象徴性をアレクサンダーと重ね合わせて、映画の解読を行っているところは重要だと思う。
しかし、ストーン監督の描き方として(あるいはプトレマイオスに語らせている評価のさわりとして)やはり国家から離れたときに人間像としてのアレクサンダーを観るべきなのでは思ってしまう。現在のアメリカに重ね合わせた解釈は適当ではないように思う。
アレキサンダーのコスモポリタニズムの基盤を表している台詞がルノーの小説にはいくつもある。「最果ての地に住む未知の民族であろうと、長所があればそれに敬意を表さねばならぬ。ましてやそれを軽んじてはならぬ」こうした部分がアメリカのプロテスタント原理主義にはあるだろうか?

ところでこの映画の冒頭では、ウェルギリウスの「アエネーイス」(Aeneis)が提示される。
「アエネーイス」は、ホメロス「オデュッセイア」をモチーフにして書かれたローマ・アウグストゥス時代のラテン文学。ウェルギリウスもまた旅の途中で病死する。ウェルギリウスの主題は、ダンテに引き継がれ、定点を失って流浪する人の精神性を書き残している。ウェルギリウスは「アエネーイス」を死後焼くように命じたが、アウグストゥスは整然の約束どおり出版させた。この書物は11年にわたって12巻書かれており、ダンテの「神曲」もまた長い追放期間に書かれた作品である。
アレクサンドロスも未完の業の途中で病死し、やはり12年という年月を「故郷」を持たないまま旅を続けた。映画では故郷”Home”を常に捜し求めるアレクサンドロスが描写されていた。「アレクサンドリアが自分にとっての故郷だ」というプトレマイオスに対して、「私には解らない」と応えるシーンが象徴的だった。

ブルクハルトは世界主義(コスモポリタニズム)を「個人主義の最高段階のひとつだと言っている。ダンテは「私の故郷はおよそ世界である」と言い「私はどこにいても、太陽や星の光が眺められないでしょうか。どこにいても高貴な真理について、瞑想できないでしょうか」と書いている。こうしたコスモポリタニズムは、ナショナリズムの対極にあるように思う。民族と言語による統一と他者性の排除は19世紀の植民地主義と20世紀の第二次世界大戦やジェノサイドにも関わる。
おそらく、作者ルノーはこうした民族や言語や人種による全体性や他者性の排除を問題にしながら、アレクサンダーのコスモポリタニズムを捉えて描いている。
オリエントからギリシア、ローマの支配や価値観、宗教性と東方文化、中世からオスマン朝の特性を思い出しながら興味深く読める小説となっている。

アレクサンダーは、王継承権を問題にされたときに、「純粋なマケドニアの世継ぎか否か」を常に問われて、純血純粋なマケドニア人というも出自にこだわる習慣を改めたいと思っていたのではないだろうか。
部族社会はアジアだけでない。というよりもむしろ、血筋や地縁、階級の出自に拘っていたのはむしろ西洋である。(ルノー自身は南アフリカで反アパルトへイト活動も行っている)
和睦と婚姻による結合でしか統合・調和できないと考えていたのは果たして「ばかげたこと」なのだろうか?私はそうは思わない。アレクサンダーは、勝者による敗者の支配、出自による蔑視といった慣習、他者の排除などを改めたいと思っていたのだろう(またはそれでは真に統一はできないとわかっていた。この支配と寛容は後のローマ帝国で一部実現する。)
・・・そうしたことは、自己保存のみを目的にして、自らに対して保守的な人には理解しがたいのかもしれない。アレクサンダーの目指した民族の融合や調和による統一と支配の基盤にあったは、「個人の発見」だったのではないか。

それと同時にこの映画で思うことは、洋の東西の見えない境界線があるということ。
「レバノンの白い山」で山形孝夫先生がシリアがひとつの境界線であるといっていたが、それは東の境界線はおそらくアレクサンダーがこれ以上進めなかった、つまりどうしてもギリシア的な規範や価値観を受け入れられなかったインドの地なのかもしれない。もちろん、ヘレニズムはガンダーラ美術に影響を与えているのでそういった意味では伝わっている。が、基本的な世界認識の構造が違うのかもしれない。これは別に、ギリシアをインドが理解できないということでは全くなくて、異なる構造をもっているのではないかという疑問が起こる。形式的には共通しているが、本質が変容しているのではないか...

そういったことを含めて映画を見直すと面白かったが、「アレクサンダー」(映画)では後半のアレクサンダーが何を考えているかが、台詞がはしょられている部分が多く、そのせいかわかりにくいと感じる人が多いのかもしれない。私も劇場版をDVDで観ただけでは気が付かなかったことが多々ある。
テーマはアクションでは表現されない映画の要素だから、重層的なテーマは見る人によって受け取られたり、見落とされたりする。立花隆氏が3回半みた後にやっとわかったと書いていたが、その通りである。そういった映画は完成度とテーマの深さに対して、概して評価が低いのも最近の傾向かもしれない。
ルノーの小説では、ペルシアの考えやマケドニア/ギリシアの考え方や価値観がバゴアスとアレキサンダーによって語られる部分が多い。
だからこのシーンが欠落していくと、人と王としてのアレクサンダーが何を考え、何をしようとしているのか、また王の苦悩とともに何を成し遂げているのかが解りくにくなってしまう。映画ではすべてが「英語」で語られているのだが、言語の多元性も実は重要だと思う。高位のマケドニア人や高位のペルシア人はギリシア語を解する。ダレイオスもギリシア語に通じており、バゴアスもギリシア語ができる。
兵たちは、マケドニア語を使い、ロクサネも宮廷のペルシア語とは違うペルシア語を使う。

バビロンのシーンで、ペルシア語の音楽的な響きが聞けたら、議論の場でギリシア語が聞けたらどんなにいいかと(無理な)希望を抱いてしまう。

ルノーの小説は英国では72年に出版されたロングセラーで、第二部だけが邦訳(堀たほ子さんによる翻訳)されて中央公論から出版されている。UK-Japan 2008 WEBに記事掲載

Funeral Games (Vintage)
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The Persian Boy
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Fire from Heaven
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The Nature of Alexander
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The Nature of Alexanderはメアリ・ルノーによるアレクサンドロスの評伝。
Fire from Heavenの扉にあるテキストによると1983年にケープタウンでルノーは亡くなった。オリエント史からローマに至る視点で眺めるとアレキサンダーが行ったことと意図の先行性と意義が解るように思う。

何度かblog等でも書いていますがオリエント史や神話伝承については小川英雄先生の本がとても面白いので、ローマやギリシアとの繋がりの面でもお薦め。

ローマ帝国の神々―光はオリエントより (中公新書)
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世界の歴史 (4)
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ブログネタ
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日英交流150周年の2008年という年にUKJAPANのWEBサイトに自分が好きなものについて書いた記事が掲載されたことは嬉しかったです。11月ごろに事務局の方からメッセイジを頂き、ミレイ展などの絵画展感想が掲載されました。英国ロイヤルバレエ、ロイヤルオペラの感想やお薦めなども改めて書く機会となりましたし、クリスマスのコラボレーションチャリティなど沢山イベントもチェックできました。

ブロガーに登録したのが遅かったのですが充実でした!ジム・ランビーのプレビューやユニクロコラボTシャツにも当選して、もっと沢山時間があればいろいろ他のイベントにも参加したかった、という思いが強いです。丁度今年は7月末から冬にかけてとても忙しかったので...3月までまだまだイベントもあるので12月末で一応終了となってしまうのは残念ですが、英国の魅力、伝統と革新の両面を感じられる年だったと思います。

個人的には今年は夏頃にG.ライルの本(みすず書房から邦訳出てます)を改めて読んで、目的達成の為の方法知、革新という面での英国の基盤を感じ納得した部分が大きかったように思います。

以上ピックアップテーマで投稿します。

UK-Japan 2008 WEBサイトに記事掲載!

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写真は毎年初夏に訪れているバラクラ・イングリッシュガーデン。蓼科/2008年6月頃撮影しました。ガーデンとフードコートで買えるスコーンや英国製のジャム、雑貨なども楽しみな場所です。

The Concept of Mind
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心の概念
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アーツ・アンド・クラフツ展ではウィリアム・モリスとモリス商会の壁紙や書籍、ファブリック、タピストリー、ランプなど大変見ごたえがあった。
壁紙では初期からのデザインの変容が興味深い。最初期のデザインは、直線的な配置で<ひなぎく><石榴>などは規則性のある配置でモチーフがどちらかというと単独で配されている。これがだんだんとアラベスク文様を意識した曲線のバランスが美しいデザインに変容していく。


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以前、実際に使ったことがある<柳の枝>も展示してあった。イギリスの自然の風景からインスピレーションをえた柳の枝のモチーフが、アラベスク文様として見事に調和しているデザインと色彩。
また<イスファハン>に代表されるようなアラベスクも美しい。かつて澁澤龍彦が「フローラ逍遥」の薔薇の項でとりあげた”イスファハン”の庭の薔薇。偶像崇拝を禁じているイスラーム美術は、唯一の中心から生まれる美を幾何学と植物のモチーフであらわした。イランのブルーモスクに代表される様式美だが、モリスはモダンデザインとして取り入れている。
<るりはこべ> <ばら>などの壁紙、ベルヴェットに印刷されたモチーフの見本帳なども展示してあった。
書籍は『チョーサー作品集』が眼をひいた。木版モリス、挿絵バーン=ジョーンズ。
本文と挿絵が一体化した書籍、その原本が見られる。
またウォルター・クレインの「シルク・ダマスカスのドイリー」は花の擬人像がモチーフ。ブルー・ベルなど英国に伝統的な象徴性を持つ花が扱われているのはミレイ[オフィーリア」に描かれた花々と共通している。抽象概念は女性の擬人像として描かれるのが西洋美術の伝統。あの「自由の女神」も「自由」という概念そのものの「イメージ化」であって、「自由の女神」でははいのだから!

天使像も女性的に描かれるのではなく、ビザンティンを思わせる中性的な天使像として描かれていて、東方との再会を果たしているように思う。

アメリカまでのアーツ&クラフツ運動を取り扱っているが、やはりとりわけ、<芸術と手仕事><工芸と芸術/生活と芸術>に主題をおいたモリスからモリス商会の作品に惹かれる。チェアの展示も貴重。

額絵は柘榴やひなぎくがあったので購入。
アラベスク的な文様の<いちごどろぼう>や<ばら><るりはこべ>なども欲しかった。このデザインにあうフレームも一緒に買えると実はいいのですが。ポストカードもミニフレームとセットであるといい。携帯ストラップもモリスの<柳の枝>なのですが(頂き物)ペンケースが使いやすそうで◎でした。

ところで会場にもあったがモリスの壁紙はリリカラの壁紙で比較的容易にリフォームや自宅建築の際に取り入れられる。通常輸入の壁紙はボーダーなどで一部取り入れるのだが、リリカラではモリスの壁紙(ラルフローレンの壁紙なども)があり、モリスのグリーンやブルーの壁紙を取り入れられる。壁紙などは自分で選ぶのが本当に楽しい。モダン、クラシックどちらの空間にも合う実感があるし、何より自然な色彩を用いているので気分が落ち着くのです。
UK-Japan 2008 WEBサイトに記事掲載


汐留ミュージアムで1/18までとの事。会期中もう一度行けたらよいと思っています。


モリスとバーン=ジョーンズがオクスフォードで出会い、ラファエル前派とアーサー王伝説に関わって、中世書物を復活させようとしたことに関しては、写真と図版入りで紹介されている『本と人の歴史事典』(柏書房)高宮利行先生の本がお薦めです。


図説本と人の歴史事典
図説本と人の歴史事典
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英国で改良されたイングリッシュローズはオールド・ローズの色彩と香り、モダンローズの四季咲き(通常バラは6月初夏に一度だけ咲くが春から秋まで繰り返し咲く)を組み合わせたバラです。イングリッシュローズは、デイビット・オースチンがクラシックローズを改良した薔薇で、クラシックローズの薔薇のよさと育てやすさを融合させたもの。初心者にも扱いやすく、それでいてクラシックローズの美しさや香りを楽しむことができます。
私が育てているイングリッシュローズは、数種類あります。最初に購入したティージング・ジョージアは香りと中輪の花が見事なバラです。エイブラハム・ダービーはアプリコット色と香りが素晴らしく、1年中繰り返し咲く薔薇です。今年購入したのはLDブレスウェイトという薔薇で、これは真紅の大輪の花が咲き、とてもよい香りがします。オールドローズも育てていますが、やはり手入れはイングリッシュローズが楽です。
鉢でも薔薇は育てられますし、ぜひ植物が好きなかたにはお勧めしたいです。
色や香りがすばしいので、クラシックローズとイングリッシュローズを育てて花瓶にいけはじめると、もう花屋の切花用の花では満足できません・・・

クラシックローズで気に入っているのは、スヴニール・ド・ラ・マメルメゾン(フランス)とヴァリエガータ・ディ・ボローニャ(イタリア)。
イングリッシュローズは、病気にもつよく、手入れが比較的簡単でこのクラシックローズの趣を楽しめます。伝統と改良という面でも英国的だと思えてきます。

オースチンのばらはどれも素晴らしいですが、とりわけ”オースチン”の名前がついたものがお勧めです。デイヴィット・オースチンの薔薇は家族や大切な人の名前を付けているので選ぶときの参考になります。たとえば、パット・オースチンなど。

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ティージング・ジョージアとエイブラハム・ダービー

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LDブレスウェイト

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5月から6月はばらの季節。
イングリッシュローズは一年中咲く「繰り返し咲き/四季咲き」に改良してあり、秋おそくまで花と香りを楽しむことができます。
一輪いけるだけで部屋が明るくなります。

因みに、仕事も忙しい...ので世話は週末や早朝に行っています...
今年は春先の雨が少なかったので、沢山花が咲きました。
年明けから2月まではこれまた早朝などに剪定などしないとなりませんが、春に花が咲くとその甲斐があるというものです。

本では”The English Rose”(オースチンの薔薇)が出ています。

aa9f8eb9.jpg先日記事に書いた英*メリーソートのテディベアについてUK-Japan 2008 WEBサイト掲載されたので、ファンとしてCHEEKY BUBも紹介します。BUB、つまりこれはベビー、お子様向けのメリーソート・ベア。やわらな手触りでソフトな素材でできていて安全ですしお値段も手ごろ。
でもちゃんと、右足にメリーソートのタグと、ウィッシュボーンが刺繍されています。耳にも鈴が入っています。MERRY THOUGHT(メリーソート社)は1930年創造の老舗テディメーカー。個人的にチーキーの表情とロゴデザインも大好きです。

英国好きな方や、何か特別なものをあげたいと思っているかたはベビー用ギフトに添えたりするとよいのではないでしょうか。

写真はCHEEKY BUBと同じ色のルドゥーテの薔薇のフレームを一緒に撮影**

UK-Japan 2008 WEBサイトに記事掲載!

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ラファエル前派の画家、イブリン・ド・モーガンはバーン=ジョーンズと同時代人の女性。この画家が描いた『死の天使』。ミレイが中世テンペラ画の世界や質感、精神性に回帰しようとしたのに対して、モーガンはフィレンツェのフレスコ画に惹かれてその作風を取り入れている。
モーガンが描く天使は”死の天使”天使はメッセンジャーの役割をもつが、生も死も司る。生のメッセンジャーがたとえば「受胎告知」だとすればこの天使は草刈鎌をもつ天使。しかしその表情や絵全体の雰囲気は穏やかで優しい、慈悲の聖母のモチーフのようでさえある。。背景のトスカーナ風の糸杉(レオナルドの絵にもたびたびみられるような)やはり15世紀イタリアの絵画に描かれるような草花。細やかな表現と輪郭がスフマート(ぼかし)で描かれた調和性、この絵が19世紀末にかかれたとは思えないほどだ。印刷ではなく、実際に見られたらさらに発見できるように思える。
またラファエル前派の画家の作品が大規模にみられる機会があると良いと思う。

私がこの絵をみたのは図書館美術史関係の書庫にあった『Angels』〔ローラ・ウォード著〕という本で、オールカラーで絵が見られる上に、説明も細やか。「天使の起源」について、キリスト教はもちろんだが、セム系一神教(ユダヤ教、イスラム教、キリスト教)の起源としてのエジプト多神教にまで遡って歴史が書かれていて大変面白い。以前、聖母子像の起源は子を抱くイシスだと書いたが、この本でも触れられていたし、翼のあるものを聖視するのはホルス由来なのではないかと書かれていた。ヘルメス(メリクリウス)のサンダルに羽があるのもそのためである。東西や宗教は文化と歴史をたどるとそれほど乖離したものでもない。人と世界と繋ぐ役目あるいは、クッションのような役目をメッセンジャーとしての天使が負っていたのだろう。ユニコーンや天使は実在しないタイプにすぎないといえるかもしれないが、人がそれを生み出したのは「心性」のバランスとして必要があったからなのだと思えてくる。
クリスマスが近いからかそんなことを思ってしまった。

話がずれたが、イヴリン・ド・モーガンはサンドロ・ボッティチェリの作品に惹かれたのだという。「フローラ」ではやはりボッティチエリの「プリマヴェーラ」の花の女神「フローラ」を思わせる女性が描かれている。ボッテイチエリの作風は盛期ルネサンスでミケランジェロに受け継がれるが、19世紀にはモーガンが技術でも作風でもテーマとしても受け継いでいるのがわかる作品だと思う。私はモーガンの作品には、背景や人物の表情からレオナルドの<受胎告知>と共通するものを感じた。優れた作品に描かれるものが、次の作品を生み出すのだと思う。

天使の姿―絵画・彫刻で知る天使の物語
天使の姿―絵画・彫刻で知る天使の物語
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bd1a7d4f.jpg大掃除を兼ねてすこしずつ模様替えをしています...クリスマスイブに限定のベアが届くというDAKSのフェアの老舗テディベアとは”メリーソート社”のものです。
日本ではテディというとシュタイフのようですが、私は10年くらいメリーソート社のファンですね。幸福をよぶウィッシュボーンという鳥の胸の骨の形をしているそう。チーキーやパンキンヘッドなど、テディベアでもちょっととんがっていて愛らしいものが多いのです。
写真は引越ししたときに記念に買ったチャリティの限定ベアで「リンダマリンズ」
耳に鈴が入っていてお気に入りです。

メリーソートのサブバックやペンケース(をあげた友人はメイクポーチにしていましたが)クリアファイルなどのステーショナリーも愛用しています。

UK-Japan 2008 WEBサイトに記事掲載!

ご参考までにメリーソートと限定チャリティベアリンダマリンズについての過去記事**

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 12/13からはじまるジム・ランビー展@原美術館のプレビューイベントにUK-JAPAN公認ブロガーとして12日(金)に参加してきましたので当日のレポート+展示の感想などをUPしたいと思います。プレビュー当日、17:50に原美術館エントランスに集まったあと、18:20分よりジム・ランビーからの挨拶があると事務局の方からご案内を頂き、いよいよ美術館内へ。
 まずは、エントランスホールから一番近いギャラリーに入ると、ジム・ランビーのクリエイトした空間の象徴ともいえるビニールテープによる床の幾何学模様が目に入る。曲線を多用した半扇形のモノクロームな規則性。いつも見慣れている原美術館の白い壁にフローリング、ダウンライトのライティングとは異なった空間がすでにそこにある。キャプションをみると「白鳥座」・・・天井には真鍮や金属枠、木製フレームなどさまざまな形状デザインの鏡を組み合わせてできた星座オブジェが。異素材から生み出されるジム・ランビーの「星座」はランダムなようで、でも創意のもとに統合しており、下から見上げる私たち「観るもの」を映し出している。同時に床のパターンも映しだされていて面白い。そして、床面に一部埋没してるような立方体のオブジェ。鉱物や鉱石のキューブのようなイメージをもつがよくみると、LPレコードの背表紙部分が!ヴァイオリン・コンチェルト、ABBA、エビータなどジャンルも様々、ミックス感覚が楽しい。コンクリートで固められたこのキューブ状のオブジェは廊下やギャラリー、美術館の1階、2階とあちらこちらに配されている。一部埋没したものはギャラリーの空間の「外部」(みえない世界)がまだあるような視覚効果に繋がる。鏡にうつしだされた面に映し出された”世界”はもうひとつ+プラスαの世界のように思えてくる。
それは次のギャラリーにも展開されている。椅子を積み上げ、鏡の破片で作られたバックのオブジェが飾られたカラフルなアートにも現れている。ふと不思議な気持ちになったのは座面が無く、きっちり半分に「切り取られた」ものを、観ている私たちはそれでも「椅子だ」と認知して楽しんでいるということ。目の前のアートを観ながら、目にした私たちは自分のイメージを同時に記憶や視覚を通して「見て・感じて・作って」いるのだ!未知の世界というタイトルが次第に実感できてくる。ここでも床の白黒のテーピングで作られた規則正しいパターンが印象的。ピンク、ライムグリーン、水色、フューシャピンク、などポップな色使いで丁寧にペイントされた”椅子”のイメージと融合している。全体に白いライティング(白い発光LEDライト?)がされ、カラフルなペインティングや、鏡を使ったオブジェを輝かせているのも印象的。

原美術館のギャラリーを周り、今まで写真でしか見ていなかったジムランビーのアートを体験していると、セレモニーのアナウンスが流れたのでホールからライトアップされた庭へ。プレビューイベント参加者にはワインやフルーツジュースなどがサーブされる。普段と違う夜の原美術館の後庭は虹色にライトアップされていて美しい。イタリア産の赤ワインを頂きながら、一緒にイベントに出席したブロガーさんたちと感想や美術の話をしたり、ジムランビーの去年の展示の内容や、ラファエル前派・ミレイ展の話をしていると、いよいよジム・ランビーと英国大使、原美術館からの挨拶が。日英150周年、そして昨年につづいてのジムランビー展の開催、原美術館開館28年以来はじめての英国アーティストの展示であるお話が聞けてとても充実した時間でした。床のテーピングを手伝った日本の学生の方や展示のアシスタントをされた方への感謝のコメントなど暖かいコメントが印象的。19:00すぎからは音楽活動やDJもしているジム・ランビー自身によるDJも始まって、アート+音楽の両方の体験ができるという充実した時間だった。

 2階のギャラリーには、ドアに複数のドアノブがいくつもついた作品。白い壁にビビットな赤や黄色、青のドア。ブラスや陶器のノブ、レバー式のノブなど、ランダムにつけられたドアは「あらゆる方向性への開放」を思わせるデザイン。わずかに開いているように作られた開かないドアもまた、床に埋没したまたは突き出しているキューブ状のオブジェのように、見えている空間にはみだした世界を感じさせて面白い。通常目にする「三次元」の空間をすこしだけ超えてみせてくれる感覚が愉しい。そして2階には人物の白黒ポスターに油彩をコラージュした作品がいくつかある。油彩は北方絵画の静物画に描かれるような花々。薔薇やチューリップなどが埋もれるようにコラージュされた花々から人々の表情が覗く。「一言で言えばフローラ」という澁澤龍彦氏が言った言葉が脳裏をよぎるようで、同時にボッティチエリの「プリマヴェーラ(春)」で花の女神フローラに変容するその瞬間に口から花々が溢れ出しているというあの象徴性を思い出していた。抽象美術の魅力は「意味」を超えていることだと思う。勿論、質問することができてもランビー自身はきっと自らのアートの「意味」を語らないだろう。アーティストにとっての「意味」はすでに作品の中に溶け込んでいるのだし、きっと優れた作品ほど幾通りにも、解釈できるだろうから!

 ジム・ランビー展に行って思ったのは、見る角度や立つ位置、部屋の回り方によって「見えかたがまったく違う楽しみがある」ということ。カタチとして作り出されたものの中には、語られる以上のイメージがあり、だからこそアート作品をみたときには、見ている私たちはいつもと違う世界を体験しているのだから。
キューブの中にあるLPジャケット(Mの字がさりげなくモチーフになっている?)にどんなレコードが隠れているのか、そこからメッセイジが読み取れる様な楽しみなど、何より実際に観て・体験してみることをオススメしたいです。
http://www.ukjapan2008.jp/events/20081213_100399j.html
忙しない時間が増え、冬景色が深まっていく季節ですが、カラフルなイリュージョン体験ができます。

UK-Japan 2008 WEBサイトに記事掲載!

ブログネタ
2008年を振り返りましょう! に参加中!
12月は忙しい!ので振り返る余裕もなく...という状態なのですが、思い起こしてみて良かった、日常の糧になった!と思えるような展示や舞台の個人的なリストを。

展示/美術 ベスト3

*ジョン・エヴァレット・ミレイ展(ラファエル前派)bunkamura
*ウィルヘルム・ハンマースホイ展 国立西洋(上野)
*西洋絵画の父 ジォット展    損保ジャパン

とにかく、ミレイの代表作が集められたミレイ展はすばらしかったです。最近は、1-2点目玉?になる絵画をもってきて大規模な宣伝をしている割にはあまり....という展示も多いのですが、とても見ごたえがあった。今でも<マリアーナ>、<両親の家のキリスト>、アカデミー時代のデッサン、そして<オフィーリア>などの細部がよみがえるようです。本当にこうした絵画は実物を観ないと得られない経験・出会いがあります。印刷では再現不可能な技巧と色彩と存在感だと思います。
*ラファエル前派の画家 イヴリン・ド・モーガンについて
UK-Japan 2008 WEB記事掲載


舞台/バレエ
*パリ・オペラ座 「ル・パルク」bunkamura
*エトワール・ガラ bunkamura
*シュトゥット・ガルド バレエ 「オネーギン」東京文化
*英国ロイヤルバレエ 「眠れる森の美女」

英国ロイヤルは「シルヴィア」も行きたかったのですが、日時が合わずに残念でした..がDVDが発売されているので嬉しいです。「オネーギン」もぜひDVD化して欲しい演目です。レティシア・プジョルのル・パルクが素晴らしかった。エトワール・ガラでのリアブコ、イリ・ブベニチェク、マチュー・ガニオ、ルンキナと勿論ルグリは素晴らしかった。

書籍・文献関係と旅(写真)など(夏以降忙しくてあまり出かけられていませんが)についてはまた次回に....
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*写真は7月ごろ撮影した蓼科(バラクラ)の庭。


以上、ピックアップテーマにて投稿します。

UK-Japan 2008 WEBサイトに記事掲載!

クリスマスは自宅でえびときのこのグラタン、ボルチーニとアスパラのリゾット、野菜とかにのゼリー寄せなどを作る予定です

先日記事に書いたUKJAPAN英国デザイナーによるコラボT当選...bfad5b70.jpgUKJAPANからコラボレーションTが届きました!アーティストとユニクロのコラボレーションTシャツです。こういったコラボレーションが増えるとTシャツデザインも豊かになってよいと思います。
 A t-shirt is more than just at-shirt. It's an expression of who you are. Where you've been.What you love. That's the UT philosophy.
 タグからもデザインTのスピリットが伝わります。


物質主義を超えて、クリエイティヴなものが目指すものをシンプルに伝えてくれる。ビビットな黄色にパープルとグリーンの配色写真がボーダーになっていて、手前には歯車のようなモチーフ。中心にはもう一つのサークルのモチーフ(フィルムのよう?)。デジタルとアナログのようにも見えてくる。どのようにみえるかは観る人によって異なるのがPOPデザインの愉しみでしょう。ヴィジュアルが観る人の脳や心性とマッチして産まれる効果。バックプリントには the light eurgeons...

写真はとどいたTシャツです。アートフレームはローラアシュレイ・HOMEのもの**
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ミレイ展、ジヨット展につづき期待している展覧会はウィリアムモリスの展示があるアーツ&クラフツ展とサンドロ・ボッティチエリの作品が見られるらしい丸紅コレクション展。ウィリアムモリスの展示会は来春1月から都美術で行われる模様。

ラファエル前派のダンテ・ガブリエル・ロセッティらとの接点があるモリスは産業革命の反動ともいうべきモリス商会を設立。大量生産、機械生産が世情だった英国で、生活を芸術とするためにアーツ&クラフト運動を行った。
インテリアやテキスタイル、家具が好きな方ならおなじみだと思うが、モリスの壁紙やパターンは自然のモチーフである草花や植物をベースに文様化してある。その色彩は自然界にある色を使っている。パターンは自然であるが幾何学的な規則性もあり、細密とディフォルメのバランスが良いためかモダン、クラシック両方の空間にマッチする。


英国では極端な機械論や効率化の構築的な部分も強い一方で、それらの価値を問い直し、中世や前近代的な伝統や価値を復活させ受け継ごうとする意思が素晴らしいと思う。ベアトリス・ポターなどもそうだが、培ってきた技術や美はつよい意思と実践で守らなければ失われてしまう。そういったものはとても美しい。

自宅でもモリスの壁紙を使っている。インテリア小物もモリスの製品をいくつか使っているがあきがこない。会場で売られるグッズで文具や額絵やティタオル(アイリッシュ風なリネンなどの)があればぜひ買いたい、スカーフやティッシュケースなどもあると良いと期待・・・しているのは、モリス展のチラシ・フライヤーが大変デザインが良いためでもあります。そのチラシをみると家具なども出展されるようなので期待している。
変形版で印刷の色も映え美しい。

ところで、モリスは、マルキストかつ、プロレタリアート思想を支持しながら、中世の価値を認め、インテリア製品や美しい書籍(本とは機能だけではない。フィレンツェの写本を例に出すまでもなく、それ自体が特別なものなのだから)を作り出した。重要なのは、モリスがプロレタリアートの解放のために生活と芸術を一致させようという意思をもっていたこと。

大量消費や個人消費が飽和状態にまでなっている現代(私化現象)だが、モリスが行っていたことは今と同じことがいえるのではないだろうか。つまり質を追求すること。しかもそれは、単なる富裕層のためや「売り上げという数字」を目指すものではない。

優れたアートは思想を実践させる。アートは感性だけで生み出せるものでもなく、技術だけでもなく、思想、その人の考えや思いを実践の形として見せてくれる。「時代を超えているもの」「普遍的なデザイン」というのはそういうものであり、同時に時代をも反映するのだと感じる。

モリスやモリス商会については『ウィリアムモリスの全仕事』が詳しく、彼らが何を大切にしていたかがよく解ると思いますので、ぜひ展示に行かれたら図書館などで読んでみて欲しいです。

図説|ウィリアム・モリス―ヴィクトリア朝を越えた巨人 (ふくろうの本) (ふくろうの本)
図説|ウィリアム・モリス―ヴィクトリア朝を越えた巨人 (ふくろうの本) (ふくろうの本)
ウィリアム・モリス 2009年カレンダー
ウィリアム・モリス 2009年カレンダー
ウィリアム・モリス―ラディカル・デザインの思想 (中公文庫)


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追記
自宅(ヴァニティ/洗面室)に使用したモリスの壁紙についてはカテゴリから記事写真が見られます。同じものが舞浜イクスピアリのガーデンサイトから2階に上がる階段でも使われていますね。

今年はRadioheadのベスト版がリリースされた。「パブロハニー」(1st)から聴いているので感慨深いのと同時に、彼らが3rdアルバム辺りから出していたテーマが、つまり彼らが訴えていた問題が露見したのも今年だったから余計思うところが多い。

イギリスのアーティスト DEAD CAN DANCEの紙ジャケット盤が今年再発売されている。多くのブリットポップには、パーソナルなものと少なからず告発を含んでいる。時代性を映し出し、音楽は世代を超えて残る。心地よさを超えて、世界に対する繋がりをリスナーに与える力がある。

中東アラブ−ペルシアとカタルニア、中世を調べているうちに、思い出してDEAD CAN DANCEを聴き、、そしてグローバル化について調べているときに久し振りにレディオヘッドの「パブロハニー」と「ベンズ」を聴いていました。
久々に耳にし、とても新鮮でもあった。レディオヘッドを聴くためのキーワードは、チョムスキーであり、グノーシスでもある。一見パーソナルな詩に見えても、そこには世界やそれを「当たり前」と無意識にみなす人に対してのアラートであり、声にならない叫びでもある。

当時は単に「好き・良い・他では得難い」という理由で聴いていたのですが、今改めて聴くとなぜ好きだったか理由がわかってくる。
そして少し納得。

いずれも英国アーティストかつ、しかもカウンターカルチャー。

DEAD CAN DANCEは「AION(エイオン)」を聴いていたのですが、中世ヨーロッパはアラブ、中東、北アフリカ、との繋がりの中で初期ルネサンスまで文化的発展を遂げていく。そのコアな部分があるし、それは近代以降のの改良主義、進歩主義、経験主義では捉えられないものだから。
回顧主義ではなく、それはもっと広い意味でとてもポップなものだと思う。
再生としての回帰であり、根源と同時に進む方向を指し示して円環する音楽性。


レディオヘッドから当時チョムスキーを読んだりするようになったという事も関係するのだが、やはりレディオヘッドは鋭い。
グローバル化する中で、「自分が属している以外のこと」に関心を持たなくなり、全体的な利害よりも、商業的利害が優先されて、個は分断されていく。日本では2000年代からようやく問題視されてきたようなことをすでに93年くらいには作品として明確にうちだしている。 しかもポップカルチャーとして、メッセイジソングではない形で、斬新にしかもこちらも回帰性を備えた柔らかさで奏でられる。

レディオヘッドは、初来日の川崎クラブチッタ、二回目の渋谷WESTもよく覚えている。特に川崎の初来日時は、公演後にたまたま駅近くでトム・e・ヨークやジョン・グリンウッドに会って二言三言直接離すことができたから余計にそう感じる。全てを見つめている透明な眼差しが印象的だった。
やはり『パブロハニー』から『ザ・ベンズ』の辺りと、『KIDA』は特別なアルバムだと感じる。今年は集大成的なアルバムも出たが、もう少し彼らの音楽性については語られるべきものがあると思う。行き先の見えない静かなカオスと可能性、それらは語られない間は享楽的に「忘れられ」ていて、覆われているだけなのだ。


DEAD CAN DANCEも今年は紙ジャケット仕様で再発売され、奇妙な一致で思い出したように聞いてしまった。
ザ・ベスト・オブ
ザ・ベスト・オブ
Aion
Aion


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先日記事にも書いたローラのクリスマス・チャリティ商品ミルナーのファブリックで作ったブックカバーの文庫本サイズを追加で購入しました。とてもつくりがしっかりしていて、リボンの栞も使いやすいのです。ティッシュケースポーチも使い勝手がよさそうなので購入予定。ファッションのほうでも対象アイテムがあり、グレイスシリーズというらしいのですが、気になったのはローラのサイトには写真がのっていないのですがヴェルヴェットで透かし模様になったワンピースorスカートです。ローラのスカートにシンプルなニットなどをあわせてすっきり着るのがすきなのですが、ワンピースも劇場によく行く身としては重宝しています。デザインや色がやはり日本のものとトーンが違うので気に入るものが多いです。カーテンを選ぶときもやはり素材と色がポイントでした。日本のメーカーのものは、化繊と色あいがこのみでなく...
話がそれましたが、気に入ったものを買うことでチャリティにもなるのが良いですね。製品にはチャリティのタグがついていてukjapanのロゴが目印です。
http://www.laura-ashley.co.jp/pop/charity/2008product.html

ちなみに現在の文庫の中身はローデンバックの『死都ブリュージュ』窪田般弥先生の訳のものです。

象徴主義は産業主義と機械の蔓延、そして印象派への批評もあり1831年の象徴主義宣言から端を発しますが、この流れの前段階としてラファエル前派の活動が位置づけられ、また20世紀のシュルレアリスム宣言にも繋がる文脈となるのがとても興味深いです。

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ローラで購入した球体のデコール。と今年の秋冬シーズンのクッションカバー。
ローラの赤は気に入っています、落ち着く赤だからでしょうか。
中央の額絵は、ベルギー象徴派のジャン・デルヴィル作品。主題は古代ギリシアのデメテールを奉ったエレウシス。花々の影とギリシア建築が印象的。

書籍といえば、ローラのデザインについても出版されています。あまり知られてはいないような気もしますので掲載します。

ローラ・アシュレイ―デザインに捧げた人生
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bunkamuraル・シネマ他で公開中の『ブーリン家の姉妹』は今年秋行きたいと思っている数少ない映画の一つ。予告編をみたときから観たいと思っている映画。
ケイト・ブランシェットの『エリザベス』を観た人なら時代背景や人物の系譜なども解りやすいと思う。


ブーリン家の姉妹の感想にも書いたが
『エリザベス』の冒頭シーンと『ブーリン家の姉妹』のオープニングは繋がりを持った情景で構成されている。宮廷と郊外の田園風景。権力と策謀と戦争に対する豊かな自然美の中の子供時代という対比も印象的である。

映画を観たあとから歴史背景や文化史を調べるのも面白いし良作の映画は知るきっかけに出会える。

英国映画でお薦めなのは、2005年キーラ・ナイトレイ出演の『プライドと偏見』(Pride & Prejudice)もある。英国英語・語学関係から薦められることも多い映画だと思う。

他に少し古いが、ジョン・ブアマン監督作品『エクスカリバー』も英文学系で薦められることがある映画。個人的には「キング・アーサー」よりもこちらを観てもらいたいと常々思っているところ..
台詞が大変英語らしくてよい。アーサー王伝説、失われたケルト、サー・トーマス・マロリーの詩、英雄譚の構造と物語なども感じられる。ここでもカルミナ・ブラーナが効果的・象徴的に使われている。

過日、UK-JAPAN2008に掲載された記事の追記として19世紀末美術とアーサー王伝説、『エクスカリバー』について書きました。ラファエル前派に続いてこの辺りの展示がまた近く行われると良い。


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