1DAY-25HOURS デザイン・フォー・ライフ

from ousia@web 高嶺(Takane)によるデザイン・フォー・ライフ. テキストと写真で綴ります.

November 2007

10月は嫌になるほど時間がなく.
ヴェネツィア展には行けました。でも最終日だったのでティッツアーノとカナレット関連の品物は全て売り切れてた・・酷い!しかしパルマ展もそうだがヴェネチア展もあまり流行らなかったみたいですね。ヴェネツィア展はそれほど完成度の高い作品はなかったので仕方ないけど。パルマ展は本当にこれを見ないでどうするというものばかり・・・日本の展覧会趣味って本当に宗教画とは縁遠いものしか好きじゃないよね・・・でもそれならイタリア旅行で無理矢理ウフィッツィ美術館とかいかなくてもいいではないか。宗教画というよりも聖書モチーフはあれはヨーロッパ語圏の古典と思ったほうがよい部分があると思います。
テキスト・テーマから描いたイメージ、ストーリーや象徴はすでに記号・共通認識になっているから伝わりやすい・意外と個性が発揮できるという具合だから凄いものとそうでもないものが一目瞭然でもあるし。古くてもモダンなもの、時を超えているものがはっきり浮かび上がる。
日本人と米国人(世界のど田舎と云われている)が興味もないのにカトリック文化を見にいかなければイタリアももっと行きやすいのでは・・・というか時間とお金があってわざわざイタリアやフランスに行くのに少しは調べて行ったらと思ってしまう事が多いんですが・・・

前から何か即物的な目的や私利私欲だけの為できる事って大したことではないけど何か才能や能力の限界以上を事をしてしまうことって・・・やっぱりバッショネイト・・パトス的なものなんだろうと思う。

それとやはり初期ルネッサンスは抑圧されていた古代思想・文化に触れて驚喜したんでしょう・・その感動の仕方に感動する・・・。ラファエロ、レオナルド、ミケランジェロがこぞって仕事をしてたそれは相互に影響をあたえた結果だと思う。
イタリアの凄さ、唯一のものはルネサンスで完成と調和を見て、その後解体されていくことの凄さだそうです。自分の為だけにはそれほど一生懸命にはなれない、というか目に見えない力の作用は確かにある。

フェルメールは行けました。しかし解説パネルに相変わらず??となってしまう。
どうしてこう、技法と物質論なんだろう、いつも。
美学専攻ってこういう事で分析するのが最先端なのでしょうか。
同じ技術を用いても再現できない・他とは明かに違う、その部分こそが重要なんですが・・そういう、曖昧さを排斥する事が知識だとは到底思えないのです。

そして他の風俗画とは時間の捉え方がまったく違う、つまり見えてくる世界が違う。日常の中の普遍・永遠性をそこに持っている。
驚いたのはもの凄く明るい絵なのだが陰影もとても明るいのです。
暗さを表現しつつコントラストの為に明るい光を描き出すのは理屈はわかるのですが明るい室内で暗さとの対比なしでこの光を描く技術って・・・
近くでみてわかったことは、適度かつ非常に精巧なバランスでディフォルメされていることです。だから離れてみた時にものすごく印象が繊細だし遠くでみても印象がまったく同じ。。。

天野可淡展にはいけなかった。マリアは会場としては狭すぎて行くのが気が退けてしまった、というのと銀線でやった回顧展があまりにも衝撃だったのでその感覚のままでいいという気持ちが強かったせいもあります。
山本六三展の案内も来ました。でも行けないかもしれない。
11月半ばだったら行けたのに。

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ddf5e756.jpg前回は奈良ホテルに滞在しましたが今回は法隆寺までいくことを考えるとJRで移動しようと思い、日航奈良に滞在。

ならまちや商店街もやっと行ってみたけど、アユーラカフェというお店で最後御飯を頂きました。
東京のカフェ(厳密にいうと日本のは”カフェ”とは言えないのではと思うのですが、なぜならカフェとは本来は人と人が対話・意見交換する「場」なのであって、個人が単に”癒し・和み”を得る沈黙の場所ではないのです)も見習ってくれ、と思うようないいお店でした。量も丁度いいし大変美味。何よりも心使いが行き届いている。盛り付けも良かったです。
五穀米ごはんに銀だらの白みそだれのホイル焼き、オクラおひたし、おつけもの、サラダ、他におかず2種くらいとみそ汁、黒豆茶で1100だったかな。次もまた行きます〜。
http://www.ayura.org/index.htm


あとは東大寺絵馬堂前茶屋のきつねうどんはやっぱり美味しいです。
奈良は美味しいものが沢山あります。
日本酒と柿の葉寿司も美味しいですし。
ときどき食べたくなって平宗のこだわりの柿の葉寿司を注文してしまいます。

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四時半起きで奈良に早朝の新幹線にていってきました。

唐招提寺に初日行ったのですが、特別公開をしていてとても混雑。
バスも途中で下りて歩いたのですが入るまでに2時間も待つときいて、日を改めました。 翌々日行ったらすごく空いておりました、やはりあまりにも混雑していると、本来の場所として感じられないような気がして、特に初めて訪れる場所は。

朱印をいただいている時に社務所でお寺の方と話したんですが、大変親切にいろいろ説明してくれました。昨日列に並んだのだけれども、日を改めて来たというのに驚いてました。 今日はいつもの唐招提寺ですよと仰ってました。

とても嬉しく貴重な経験をさせてもらったのでこのブログ記事にも書きますが、お茶をいただいていたら、丁度いいから案内して貰ったら・・・と、なんと関係者以外未公開の金堂へ入れてもらえたのです。

丁度、屋根にあがっている鴟尾(しび)が下ろされて、保管場所に移されるところで、写真をとってもいいですよ、とのこと。天平時代のものは移されたところで、鎌倉のを。
「新しいのは私が作ったんです」案内してくれた方は新しい鴟尾を作られた職人さんで他にも東大寺など古寺の修復をほとんど手がけている山本清一さんでした。
思いがけず貴重な機会を得られました。

奈良や飛鳥の仏と対面するとき、来られて感謝しますという気持ちになる。
時間や空間に在り続けることを思います。
作られた人、守ってきた人の事、その他者性も感じることができる。。。
自分がいなくなったあともきっと存在しつづけるのだろうな、とそんな静かな気持ちになる。

また救世観音(秘仏)公開期間なので法隆寺へ。
諸説ありますが、救世観音=聖徳太子の姿を映したものと云われているものです。法隆寺は焼失しており現在のは再建されたもの.
当時上宮王家の鎮魂をしなければならないほど流行病が時の権力者一族を苦しめたから、、ただし力が蘇る事は困る、というジレンマのような仏が救世観音、ということらしい・・・

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一ついえる事は消失したものを立て直すのは当時の時の権力者が相当力をいれないと絶対になしえない、という事。そこまでする理由は何か?
記述だけではやはり歴史はわからない部分もあります、散逸したり消失・焼失した文書も多い。(ではなぜ現存している文書は「残ることができたのか」という問いも出てきます)

今回法起寺、法輪寺もあるいて周りました。
斑鳩ののどかな道をあるくのはよかったです。
空が大変に美しく、塔に映える。

今回は秋篠までいきましたが、とてもよかった。
庭は苔が美しくて広くて、静かでした。
はるばる歩いていってよかったなぁと思い。
途中地元の方に秋篠寺にはどの道で行ったらいいでしょう?と聞いてしまったが、すごく細い道を教えてくれて、この道がおすすめですよと。
本当にそのとおり!

東大寺・三月堂もまた行きました。閉まる10分前でしたがずっとそこにいた。特別な空間ですね・・・奈良は本当に好きな場所であり、都市でもあります。
歴史も文化もありながら、おおらかさがある。
物質中心かつ心性を排除した東京圏が失ったものが多くのこっている。
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奈良ホテルの朝がゆ

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ケーキセットは歴史あるティールム・夜はラウンジバーで。

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よく晴れた奈良・明日香。

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