1DAY-25HOURS デザイン・フォー・ライフ

from ousia@web 高嶺(Takane)によるデザイン・フォー・ライフ. テキストと写真で綴ります.

May 2006

トロイカ

ハイブリット・ティ(四季咲き)の「トロイカ」
つぼみは紅色で、開花するとオレンジ色で強香。さらに咲くとピンクのグラデーションになる。とてもよい香り。

PS

つるばら「P.S デュポン」黄色から次第にクリーム色に。香りは中香でティ系。

雨が多いけれど、がんばってばら達が咲いてくれています。

今月〜7月中旬までは毎週1-3回出張が入る。
帰ってから6時半まで仕事なので一日が長い。

いやー子供が家で鼻歌歌うわけです、君が代の。
70年代生まれな私はちょいとびっくりです。
鼻歌で思わず出てしまうほど学校でヘヴィローテーションなのか?と引いてしまいますが、そうなると教育基本法・憲法に「愛国心」と書き込まれるのはただでさえみんな一緒にがモットーで、管理教育になりがちで能率重視でもない公立での教育に影響でそうです。

「姜尚中の政治学入門」

憲法は権力者の権限を制限するために制定されるのであり、そもそも愛国心や風土・伝統について触れるような性質のものではない、憲法でそれを明記しようというのはそれ自体、「憲法」が誕生した意味も、役割も分かってなさすぎる、ということが改めてよく解ります。

"「俺たち(国)も頑張るからおまえたち(国民)もがんばれよ」という意味あいを憲法に明記する事はあり得る"
などと言っている政治家もいますが、うーむ、
「俺たち(国)」ががんばらなかった場合や間違った場合、責任や処遇が曖昧ですが、国民だと「がんばらなかった」場合にペナルティや処分がストレートに来易いですね。ちょっと都合が良すぎるんじゃないかと思うんですがね...。

大体において昭和初期〜戦前・または日露戦争くらいの日本を指して「昔はよかった」という懐古趣味はあまり信用ならない。


「社会学入門」見田宗介

「人間はどう生きたらよいか」この問題について<「いつかはどうせ死ぬんだし」という死とニヒリズムの問題系><「どうせいつか死ぬんだから楽しまなくては」という愛とエゴイズムの問題系>がありそれを<論理と実証に基づいて>経験学的に追求するのが「社会学」。
何が必要か、それは「問題意識を禁欲しないこと」

”大人”になればなるほどに「そんな事考えたって仕方ない」と意見もありますが...本当にそうではない。現実的じゃない、といって理想論を超えられれないのは、問題意識が鈍っているのと、停滞だと思うのです。

メキシコでは「死者が帰ってくる祭りの日があり、その日は死者のためにごちそうをつくり、しかも誰からも招待されないかもしれない死者のために一人分よけいにごちそうを用意する習慣」があるそう。
(ラテン系の人を家に招待するとかならず友達もさそって2人呼んでも4人来る、そうやって交流が広がる、のだそうだ)
西洋的な合理主義では真っ先に削除されるのがこの「死者のひとり分」だが、その時、その社会からは本質的なものが失われることになる。
こうして考えると、やはり生活時間の速度が早まる度に、社会は得るものの代償として失うものがあるのでしょう。


西洋社会では、簡単に、生きている花を折ることができる精神構造なのだそう。
アジア・ネイティブアメリカンたちの間では、死者に花を手向ける時だけ花を摘むことが許されていた。
簡単にある種を絶滅させるのも、生存するものへのデリカシーの強さ、世界に対する感受性の強さが失われた地域に起こるのだという。名状し難い「ものとこと」について精一杯、実証していて、面白いです。

姜尚中の政治学入門
社会学入門―人間と社会の未来

新宿NSビルで実施された朝日新聞社主催・大学推薦・一般入試現状報告に今年も出席。講演は旺文社・教育センター長

配布資料は19年度の詳細データで価値が高いのですが、もう少し「これから先進学を迎える学生にとっての」という視点が盛り込まれていてもいいのかな、と毎度思ったりもします。
とはいえ「全入時代」という言葉自体が一人歩きしがちです。
かつての「受験戦争」という言葉同様に、それだけでは現象を無意味に煽るだけです。

かつて入試・試験とは学力試験であり、8割がそうでした。
現在は、推薦入試が半数を締めていて、以前に増して「大学のネームバリュー」は空洞化しているともいえる。
残念だが、大学の大多数の出口である「企業」が採用スタイルを変えない限りは変化が訪れない。
呆れるのは、企業の採用サイドが未だに「大学で何をしてきたかよりも、どの大学に入る為に高校時代に努力したかを重視する」という粗末な事を平気で公言している所が多いからです。

同時に思うことではあるが、多くの進学校では大学の名前を発表しても学部は発表されない。週刊誌のランキングはどはどこまでも軽々しい意図が見えるが、それとて現役進学数だけなのか、過年度生が入っている数なのか、明記している場合が少ない。

最後に資料に面白いことが纏めてありました。
18歳人口が減る一方で、大学は変化していくだろうという展望。

ヽ惱儻Φ羌ヾ悗箸靴討(本来の意味の)大学
⊇⊃Δ泙燭録Χ筏蚕僂鮟得するための大学(本来それは大学とは言えるのか)
6詰榲大学


おそらく、△鉢は、社会人入学なども含めてオープン化していく...とも思うのですが、そうなるとますます、働き方と生活の多用さが必要になると感じる次第。

−−実は「ゆとり教育」を導入した理由が、「生涯学習」とのリンクだったのですが、社会構造的にはまるで変化がない状態で教育だけを公が緩めてしまった。

教育が経済(社会ではない)に取りこまれてしまって随分と久しい。
そして更に窮窮としたものになっている感が強い。

大体、すでに卒論すら課さない大学が随分ある。
もっというと小論やレポートすら作成しないで卒業する学生がいる。

人文系の高校生のほうがよっぽどものを考えて、問題意識を持っていると感じる。
(埼玉県公立高校では春日部東の人文が卒論がある。またレポートも作成する、不動岡も大学1年生に求められるレベルのレポート小論を作成する)

GW中のお昼公演でセルゲイ・フィーリン、舞台美術が良さそう+娘が観たいという素朴な理由で上のほうの席で行きました。これが、完成度高い。

ステパネンコさんが来日不可能になってしまい(というかチケットの売れ方のも理由があったのではと思っている)更に数日前にキャスト変更。

ニキヤ マリーヤ・アラシュ
ガムザッティ エカテリーナ・シプリナ。共にリーディングソリストに変更。リーディングというのは、いわゆるソリストの中のファーストダンサーということなんでしょうね。

セルゲイ・フィーリンはノーブルかつしなやかな跳躍がとても観ていて気持ちがよい。脚先が綺麗、ソロル役の衣装は結構服に覆われているのですが、身体能力の高さと優美さがよくわかる、それだけテクニックも安定しているのでしょう。凄い。
観ていて美しいし、柔軟で伸びがある。歩く姿も表現を感じます。意外とこういう事って台詞のないバレエではとても重要。
舞台への惹かれ方に関わるのだと思う。


ガムザッティ/シプリナも登場からソロの場面が良かった。会場も沸いてました。
踊りの見せ場は2幕ですがイタリアンフェッテのあとのフェッテはちょっと苦しそうかなと思えましたけれど、ガムザッティ役のシプリナは演技も雰囲気も踊りも伸びやかで良かった。ラジャのお嬢で無邪気な優雅さの部分と、ガムザッティの強さがどちらも凄かったです。


ところでグリゴロービッチ版のこの作品、とにかく踊りの構成が豊富で次から次へと、見せ場があってとても面白かった。マイムも少なめで、踊りで構成されているのが見事。
バヤデールは、英国ロイヤル版(DVD)とマラーホフ版しかしらないのですが、このボリショイ版が一番みていて退屈しないというかバヤデールがより面白く感じられる構成と演出でした。ガムザッティが登場するシーンもいかにもラジャの娘という感じで、お付きの者たちに囲まれながら、ポアントで踊りながら、で華やか。この演出はよかった。

2幕で踊られるソロルのソロは、3幕の影の王国で踊られる為、2幕は新しいソロルの踊りが足されているそうで、ソロルの踊る場面も増えている印象。やや音楽はいいところなのに移動するだけ,,というような振付に?と思う場面があったものの、良かったと思う。
「黄金の仏像」はこの場面で踊られるので、その意味が正しいかどうかは分かりませんがしてバレエとしてはこのほうが落ち着くような気がします。しかしいつも思うけど仏を踊らせてしまうのだから、神をもおそれぬ大胆さですね...フランス人・プティパは。この踊り、楽しいから好きだからいいのですけどね(笑)丁度よい金色具合でメイクや装飾も自然でした。


「影の王国」は照明も幻想的で良かったです。影=魂と同義語らしいこの場面ですが、他の映像だととにかく厳か〜に踊られる印象が強いですが、ボリショイは、かなり歯切れのよいヴァリエーション(1−3)でした。コールドはあくまでも青ざめた静の美という感じなのですけれど、対比的に面白かったですね。ソロルの2幕に入るソロがここで踊られるので、バランス悪いとは思いません。
3幕のニキヤはとても綺麗でした。他の版で、寺院の前でパドトロワになるよりもここで踊りの見せ場があるほうが綺麗だと思いますね。


この日一番ブラボーがでていたのは「太鼓のおどり」2幕のソロやコールドの間にはいる民族舞踊的なコールドとソロですが、原始的で躍動的、なだけじゃなくて、観ていて踊り自体が美しかったです。このあたりがボリショイの醍醐味なのでは、と思いました。 あとでNBSのサイトをみたら、ボリショイのこの太鼓の踊りは有名で単独でも踊られることがあるとか。
全体的にみても群舞でもバリエーションでも、パの形はどれも綺麗で形が残りつつ、ダンサーそれぞれの身体能力の高さ、表現が綺麗だということのバランスが印象的でしたね。なんといってもコールドも体型もほとんど完全に揃っているし...
層の厚ささを感じた。

ニキヤとガムザッティはどちらも好演・熱演だったと思います。でも発表のままプリンシパルがニキヤとガムザッティを踊っていたら、バリエーションやソリストの踊りの部分が更にグレードアップしていたのだろうな、と思うとその点はほんのすこしだけ残念、贅沢ですけれど。

今日の東京シティフィルは、音量も演奏自体の質も良かったと思います。
バヤデールの編成は大がかりなのかも?指揮者の表現が適切なのかな、良かった!

忘れるところでしたが、衣装もよかったです。
チュチュが白に青や橙にグラデーションが入っていて、原色を使わない柔らかい中間色で、ダンサーたちに合っていました。頭飾りも自然で綺麗でした。
ニキヤの2幕での花籠の踊りの衣装、ワインレッド系(といっても落ち着いた色味で上品)の色遣いが効いてました。

パンフレットみていて、いつもよく分からない野人っぽい人たちが苦行僧だと初めて知りました...苦行僧のイメージがちょっと違うのではないかと思うのですが;;だから、ニキヤたちは聖水を彼らに与えるのですね...。

2幕まで前の席の方がすごく身を乗り出していて、がんばっても舞台半分に被る..声かけたら次の幕からは気を付けてくれたけど、やっぱりあまりにも乗り出されちゃうとねえ。歌舞伎座だと、「前傾姿勢での鑑賞は他の方に迷惑になりますので注意」みたいなことを開演前にアナウンスするけど、東京文化でもアナウンスして貰いたいです。
東京文化自体、席が前の人に被る設置の仕方で、オケコンサートにはいいのだろうがやはり総合芸術鑑賞向きではない部分も。

バレエは総合芸術で、それが完成の域になったのはロシアなのだった、と思う公演でした。満足。帝政ロシアを全肯定するわけではないけどプティパ作品はこのレベルで公演してこそのグラン・バレエ(19世紀クラシック・古典)なのかもしれません。

終演後は、近くのロシア料理「マトリョーシカ」に行ってグルジアワインや壺焼き食べました。ロシアンティーには赤ワイン・ジャム・蜂蜜が入っていてこれがまた美味しい。

つぼ焼き。中身は3種から選べて、私が頼んだのは、「海老ときのこと豆乳入り」きのこの風味が美味しいのだ。カボチャや根菜も入った豆乳シチューです。あつあつ。

e03b568b.JPGナポレオン皇妃ジョセフィーヌの庭園「マルメゾン」の名前がついたオールドローズ。クォーターロゼット咲きで「オールドローズらしさ」が人気のばらです。
私もまず、オールドローズが育てたくなって始めに買ったばらです。

去年は秋の花が咲かなかったので、念入りに世話をし..
2つとも鉢植えなのにつぼみが計40個もつきました!

春先の雨の影響でうどんこ病がでてしまいましたが、咲いてくれてほっとします。
香りがよくて、部屋に飾っているとほんのりと香るところもばらの魅力。

852d0453.jpgkozさんお薦めのギリシア料理/トルコ料理に行ってきました。

ギリシア前菜のハルミチーズ焼き?美味しかったです。
フェタとか淡泊なチーズが美味しいの。
スモークした帆立のカルパッチョも美味しかった。
というか全て美味しかったよ、恐るべしギリシア料理。。

お酒はギリシアビールとギリシアの松ヤニ入り白ワイン。
ウーゾは、ペルノの黄色みがない感じで味と香りはとても似ていた。どれも美味しい。

更に渋谷のトルコ料理のお店につれていってもらいました。
ここの前菜も美味しかったです。
焼きたてピタパンも美味しいのね。トルコアイスも食べたし、堪能でした。

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